50 「影の逃走、残された人性」
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ナギは力なく立ち尽くした。
体が震える。
頭は――起きたことを受け止めきれない。
足元には、騎士の体。
血にまみれたまま、動かない。
内側で、何かが引き裂かれていた。
冷たく眠っていた何かが――
良心のようなものが――
叫びながら飛び出した。
「何……くそくらえ!?
俺、何を……やったんだ!?
あああ!?」
彼自身、何が起こったのかわからなかった。
心の暗い部分が主導権を握り――
彼はただ、傍観していただけ。
パニックが動きを縛る。
急いで、ナギは石を投げ捨てた。
ゴロゴロと転がり――
通りすがりの者に当たる。
視線が一瞬、彼に向いた。
騎士のそばで、少女が気を失って倒れている。
街は生き続けていた。
人々は通り過ぎる。
血や叫び声を、慣れたように無視して。
こんなことは、この街では望む以上に頻繁だった。
だが――視線が少しずつ、確実にナギに集まっていく。
不安が背を這い上がった。
「ここから……消えなきゃ……」
ナギは歯を食いしばり、信じられない思いで呟いた。
壁の影に踏み込む。
英雄の力が体を包む。
姿が、他人から見えなくなる。
影の中の影。
まるでそこに最初から存在しなかったかのように――
闇に溶け込んだ。
心臓は激しく鼓動する。
アドレナリンは引かない。
自分が何をしたのか、まだ完全には理解できていなかった。
だが、一つだけはっきりしていた。
これは始まりにすぎない。
そして――今すぐ逃げなければ。
取り返しのつかないことになる。
ナギは細い路地を滑るように進み、影に溶け込んだ。
一歩一歩が静かで、ほとんど気付かれないものだった。
顔は石のように無表情。
だが、内側では嵐――怒り、衝撃、痛み――が彼をバラバラに引き裂いていた。
彼はロリエルのことを考えていた。
華奢な体。
彼に心を開き、信頼してくれたこと。
その思いが、今は特に鋭く胸を刺した。
――もし彼女が、俺のこんな姿を知ったら?
石畳を踏む足音が、犯行現場から彼を遠ざけていく。
街はいつもの喧騒で息づき、建物の間を滑る影に誰も気付かなかった。
「見せるわけには……いかない……」
ナギは自分に囁いた。
「こんな俺を、誰にも……見せられない。」
心の奥では、暗い部分がまだ叫んでいた。
――「お前は正しいことをした! 本物の怪物が誰か、教えてやったんだ!」
だが、もっと弱い、子どものような部分は恐怖に震えていた。
――「お前……何をしたんだ?」
ナギは拳を握った。
手が震えていた。
さらに進む。
影に溶けながらも、怒りはまだ消えていなかった。
通りを進むごとに、一歩踏み出すごとに、自分を取り戻そうとする。
だが、わかっていた。
この日は――彼を永遠に変えた。
そして、心の奥。
意識の端でひとつの考えが閃いた。
ロリエルの元に戻らなきゃ。
彼女には真実を知る権利がある。
……いや。
ひょっとしたら――
彼女こそが、俺がまだ人間でいられる唯一の理由になるかもしれない。
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