49 「人間種が再び頂点に立つ」
ナギは拳を握りしめた。
指が白くなるほど、力を込める。
内側は燃えていた。
体のすべての細胞が、耐えられない真実を知っていた。
物語の作者――あの哀れな人間たちは、
いつも同じことを書いていた。
いつも。
いつもだ。
「人間が勝つ。一人で。独りで。支えなんかいらない。
悪魔だろうと、神だろうと、軍勢だろうと――関係ない。
全部、なんでもできる。」
それが彼らの描くもの。
ずっと、そうだった。
目の前に誰がいようと、どうでもいい。
強い悪魔だろうと、
不死の神だろうと、
賢いエルフだろうと、
獣人だろうと――
全部、脇役だ。
物語の「英雄」を飾るための、ただの背景。
ナギは何度も見てきた。
地球で。
アニメで。
マンガで。
ゲームで。
本で。
人間は、いつも頂点にいた。
力も。
知恵も。
精神も。
主人公が人間なら、そんなの関係ない。
いつもそれは、嘲笑に変わった。
他の種族は苦しみ、死に、壊される。
そして人間だけが頂点に立つ。
「くそくらえのテンプレ……」
ナギは歯を食いしばり、そう思った。
そして今、この世界で――そのテンプレが生きていた。
エルフの森は、魔法でも、闇の力でもなく。
ただ、人間が自分たちを頂点だと信じたから。
世界のすべてを。
他の種族を。
ただの障害物として消し去ろうとしたから。
滅んだのだ。
ナギの内側で、作者への憎しみが煮え滾る。
毒のように。
彼らは「物語」を書いた。
人間が永遠のソロヒーローとなり――
悪魔も、神も、エルフも、獣人も、
ただ人間の偉大さを引き立てるための背景でしかない物語を。
彼らの宇宙は――
人間以外をすべて嘲笑う巨大な冗談だった。
ナギはそれを読んだとき。
見たとき。
プレイしたとき。
毎回、感じていた。
そして今。
現実で再び、それを見ていた。
彼は深く息を吸った。
顔は石のように無表情。
だが内側では――
痛み。
軽蔑。
怒り。
すべてが締め付けていた。
誰が人間に、そんな物語を書く権利を与えた?
誰が作者に、哀れな「英雄」の理念のために命や文化を壊す力を与えたんだ?
突然、ナギの視線が動いた。
通りのはずれ。
一人の騎士が立っていた。
若く、軽い鎧をまとい、ヘルメットを脇に抱えている。
隣には、地元の少女。
二人は声を潜めて何かを話していた。
「……それで、鍛冶屋に行ったんだ。新しい刃を見せてくれてさ。」
「本当?」少女がくすっと笑う。
「うん、見たことないやつだった。」騎士が肩をすくめた。
ただの会話。
なんでもない日常。
だが、ナギには――
その一言一言が、
神経を削るような軋みに聞こえた。
頭が唸り、こめかみが脈打つ。
「作者……人間……汚物……」
思考が千切れ、絡まり、圧迫する。
耳鳴り。
心臓が激しく鼓動する。
ナギの目が、足元の石に止まった。
屈み、拾う。
何も考えず。
何も計画せず。
一歩。
二歩。
少女が何かを言い、騎士が首を振った。
「おい、なんだ――」
一撃。
骨の鈍い音。
叫び声。
血が石畳に飛び散る。
ナギは叩き続けた。
何も聞こえない。
ただ、自分の荒々しい息。
そして――頭の中で響く轟音だけ。
石はまだ手に温かかった。
まるでナギの怒りを吸い込んだかのように。
血――濃く、粘つく――が指を伝って流れ落ちる。
頭の中には、恐ろしいほどの静寂が響いていた。
「これだ……ついに。
言葉じゃない。
思考じゃない。
行動だ。」
倒れた体を見下ろし、ナギは奇妙な安堵を感じた。
同情ではない。
罪悪感でもない。
ただ――窒息の後の一口目の空気のように。
甘く、軽い空虚だけ。
「お前は喋っていた。
生きていた。
ここに立って、笑って、彼女の手を触る権利があると思っていた……
だが、お前は人間だ。
他の連中と同じ、汚らしい存在だ。」
「お前たちの作者は、無敵だと書いた。
どんな力も超えると謳った。
そしてお前たちは、世界が自分たちのものだと信じ込む。」
「だが俺は――その幻想を打ち砕く者だ。」
ナギは拳を握った。
べたつく掌の中で、石が砕けるのを感じる。
怒りはまだ消えていなかった。
いや――本当の意味で、息を吹き返し始めていた。
「俺は正しいことをした。
こうあるべきだ。
一人、また一人、倒れていくがいい。」
「人間が英雄じゃないことを――俺が教えてやる。
人間は汚物だ。
そして俺は、その自惚れた顔を拭い去る手になる。」




