44 「朝の光、隠された真実」
ナギは彼女の笑顔を見つめ、胸の内で感情がぐちゃぐちゃに混ざり合った。
心臓が速く脈打ち、息が詰まる。
「ダメだ……こんなの、間違ってる……」
彼は突然、彼女の手から腕を引き抜いた。
「もういい!」
声は思ったより荒々しく、大きく響いた。
ロリエルはビクッと震え、笑顔が消えた。
だが、彼女は引かず、ただ驚いたように彼を見つめた。
ナギは立ち上がり、部屋の中をまるで檻に閉じ込められた獣のように歩き回った。
こめかみをぎゅっと押さえ、なんとか思考を掴もうとした。
「お前……俺のこと、なんも知らないだろ。
お前が見てるのは……ここにいない誰かだ。」
彼は笑った。
だが、その声には喜びがなかった。
ただの苦々しさだけ。
「俺が救い主だと思うか? 違う。
俺はあいつらと同じだ。
いや……もっと悪い。」
ロリエルはベッドに腰を下ろし、足を床に降ろした。
彼女の瞳は穏やかだった。
ナギの声が怒りに満ちていても、動じなかった。
「でも、あなたは私を助けてくれた。
守ってくれた。
それは本当のこと。」
「黙れ!」
彼は振り返り、拳が震えた。
「誰も救うつもりなんてなかった!
俺はただ……」
言葉が喉に詰まり、大きく息を吐いた。
「ただ、できることをしただけだ。」
静寂が漂った。
聞こえるのは、二人の息遣いだけ。
ロリエルは彼を見つめた。
怒りではなく、悲しみと理解が混ざった目だった。
「たとえ自分が自分の敵でも……
あなたが私のためにしてくれたことは、変わらないよ。」
ナギは凍りついた。
唇が震えたが、言葉が出てこなかった。
一瞬、迷子のような、子どものような表情を浮かべた。
だが、すぐに顔を背け、頭を下げた。
もう一瞬でも耐えれば、完全に壊れてしまいそうで怖かった。
「ここで待ってろ。飯を頼んでくる。」
ロリエルは少し身を起こし、唇がわずかに震えた。
「……ありがとう。」
ナギは答えなかった。
短く頷くだけだった。
そして、廊下に出た。
酒場は活気づき始めていた。
主人はビールの入ったピッチャーを持ち、眠そうな下働きのガキを怒鳴りながら階段を下りていた。
ナギは主人に近づき、カウンターに銀貨を二枚放った。
「飯を。二人分。すぐだ。質問はなしで。」
主人は軽い驚きを浮かべたが、肩をすくめただけだった。
「へっ、金貨も銀貨も使い放題だな。一分で用意するよ。」
ナギは部屋に戻った。
ロリエルはベッドに座り、慎重に背を伸ばしていた。
彼女の瞳には、昨夜と同じ光が宿っていた。信頼と、驚きが混ざった表情。
ナギは再び椅子に腰を下ろし、彼女の視線を避けた。
ナギの後ろから、ガキがトレイを持ってやってきた。
木の皿には湯気の立つパンとスープ。
隣には干した果物が二つ三つ。
「そこに置け」と、ナギは短く言った。
ガキはトレイをテーブルに置き、急いで部屋を出た。
ドアをそっと閉める。
部屋には再び静寂が戻り、今度は温かい食事の匂いが空気を満たした。
ロリエルは少し照れくさそうに身を起こし、髪を整えた。
彼女の指は、皿に手を伸ばすとき、かすかに震えた。
「私……食べてもいい?」
「そのために頼んだ」と、ナギは低い声で答え、彼女を見なかった。
ロリエルはスプーンを手にし、慎重に一口目をすすった。
温かさが彼女の顔に広がり、一瞬、表情が柔らかく、穏やかになった。
「……おいしい。」
ナギは元の椅子に座り、背を壁に預けた。
視線は窓に向けていたが、横目で彼女が食べる様子を見ていた。
「あなたは?」ロリエルが静かに尋ね、ナギの方を向いた
彼は息を止めた。
そんな質問を予想していなかったかのように。
「後でいい」と、そっけなく切り捨てた。
ロリエルは少し首を傾げたが、何も言わなかった。
彼女の視線には非難がなかった。ただ静かな受け入れだけ。
彼女はゆっくり、音を立てないよう気をつけながら食べ続けた。
ナギは動かず、座ったまま。
まるで、食欲と、胸の奥で疼く痛みと戦っているかのようだった。
音を立てないよう、慎重に。
スープの香りが、朝の光と混ざり合う。
部屋に差し込む光が、すべてを穏やかに見せた。
やっと、静けさが訪れたようだった。
ナギは黙って見ていた。
瞳は暗いままで、だがその奥で何かが揺らいだ。
彼女は顔を上げた。
ナギはゆっくりと彼女の向かいに座った。
肘をテーブルに置き、両手を絡ませた。
顔に影が落ち、冷たい目つきが彼女を突き刺した。
「教えてくれ」と、彼は低く、感情をほとんど感じさせない声で言った。
「どうしてこうなった? どうして、そんな目に遭ったんだ?」
ロリエルは凍りついた。
手に持つスプーンが小さく震えた。
そして、部屋に新たな静寂が広がった――
これから語られるべき真実を前にした、張り詰めた静寂。




