43 「信頼の光、闇の果て」
ナギは目を開けた。
酒場の天井が、軽い風にキシキシと軋む。
外から湿った空気と煙の匂いが漂ってくる。
彼は顔に手をやった。
額は汗で濡れていて、まるで長い距離を走り抜いた後みたいだった。
すぐそばの狭いベッドで、ロリエルは穏やかに眠っていた。
彼女の息遣いは均等で、ほとんど音を立てない。
ナギは一瞬、羨ましげに彼女を見つめた。
こんなにも穏やかに眠れるなんて……
俺は、またあそこにいる。
我慢できなかった。
ナギは静かに立ち上がり、少女を起こさないよう気をつけながら、廊下に出た。
そこは誰もいなかった。
古い床板と、小さな窓から漏れる弱い光だけ。
ナギは壁に手をつき、歯を食いしばった。
「クソくらえ……」
と、声を抑えながら囁いた。
「ここでも……やっぱり、俺を離さない。」
指が震えた。
怒りと絶望が、胸の中で渦を巻く。
「奴隷、ウェイター、笑いもの……
あの世界から抜け出したはずだ!
俺は……やっと自由になったはずなのに!」
彼は突然、拳で壁を叩いた。
板が情けなく軋む。
「なんでだよ……」
ナギは目を閉じ、息が乱れるのを感じた。
「なんで、あいつらの顔がまだついてくるんだ?」
目の前で、かつての同級生たちの嘲笑が再びちらついた。
笑い声、言葉、侮辱。
あのすべてから逃げ出したかった。
ナギは重く床に崩れ落ち、両手で頭を抱えた。
胸の内で何かが締め付けられる。
まるで二人の自分が戦っているようだった。
一人は「普通」になりたがり、
もう一人はすべてを壊してやりたいと叫ぶ。
「……くそっ。このままじゃ、俺、ぶっ壊れる。」
その瞬間、暗闇の中で、彼はかすかに笑った。
空虚で、ひび割れたような笑い声。
「いや……もうとっくに壊れてるのかもな……」
顔を上げた。
小さな窓から、月明かりの細い帯が差し込む。
その暗い光の中で、ナギは囁いた。
「この世界が俺にチャンスをくれるなら……
みんなくそくらえって黙らせてやる。全部。」
彼はそのまま、長い間そこに座っていた。
やがて、息が少しずつ落ち着いてきた。
そしてようやく、部屋に戻った。
ロリエルのそばに再び腰を下ろす。
今度は、彼女の救い手としてではなく、
自身の闇に沈まないようもがく一人の人間として。
「落ち着け……せめて今だけでも……」
その瞬間、ナギはかすかな動きを感じた。
細い指が彼の腕に触れた。
最初はおずおずと、まるで拒絶を恐れるように。
それから、しっかりと握った。
ロリエルはまだ半分眠ったまま、
彼の肩に頬を寄せ、かすかな笑みを浮かべていた。
ナギはビクッとした。
「な、なんだよ……」
言葉は途中で止まった。
彼女の視線とぶつかった瞬間。
ロリエルの瞳は、眠気でまだ少し霞んでいたが、温かく、本物の光を放っていた。
恐怖でもない。疑いでもない。
それは、ナギが最も予想していなかったもの――感謝だった。
いや……信頼さえも。
「目が覚めたの」
彼女は囁くように言った。
「あなたが……独り言を言ってるのが、聞こえた。」
ナギの背筋が凍った。
「お前……聞いてたのか?」
彼女は小さく頷き、彼の手を離さなかった。
「あなたの心、重そうね。
全部はわからないけど……戦ってるんだよね、あなた。」
ナギは目を伏せた。
胸の内で何かが引っかかった――怒りと恥ずかしさ、そして奇妙な安堵が混ざり合った感覚。
「お前……わかってない。
俺は……いい奴なんかじゃない。」
ロリエルは少しだけ笑みを広げた。
声は柔らかかったが、揺るぎない響きがあった。
「だったら、なんで私を助けてくれたの?
たとえ自分が壊れてると思っても……私はずっとそばにいるよ。」
ナギの息が乱れた。
手を振りほどこうとしたが、ロリエルの指は意外なほど強く彼を握っていた。
「なんで……なんでそんな目で見るんだ?
俺のこと、なんも知らないくせに……」
ナギの胸に、長い間感じなかった異物が芽生えた。
それは怒りでも、痛みでもなかった。
そしてそのことが、何よりも彼を怯えさせた。




