42 「地獄の記憶に囚われて」
ナギは椅子に座ったまま、眠りに落ちていた。
ロリエルは穏やかに息をしている。
長い間感じなかった、痛みのない眠り。
部屋は静かだった。
外から、古い建物の梁がキシキシと軋む音がかすかに響くだけ。
その静寂の中で、ナギの意識は再び引きずられた。
あの場所へ――地球へ。
夏。街は暑さで溶けそうだった。
ナギがバイトで入ったレストランは、焼いた肉と油、そして汗の匂いに満ちていた。
Tシャツが背中に張り付き、疲れで手が震える。
それでも、重いトレイを何十往復も運ばなきゃいけない。
「おい、ナギ!」
マネージャーがどなった。
ハゲ頭に脂ぎった顔の男だ。
「何ボケッとしてんだ! 3番テーブル、10分も待ってるぞ! さっさと動け、クソくらえ!」
「死ねよ、クソ野郎……」
と頭の中で毒づいた。
でも、口に出たのは「はい」とだけ。
ナギは急いで動き出した。
我慢した。仕方ないから。
家では母さんがまた病気で、弟には新しい教科書が必要だったから。
ナギは学校でも「黙る影」だった。
この世界でも、同じだった。
誰も感謝しない。誰も気づかない。
だが、その日、レストランのドアが勢いよく開いた。
騒がしい一群がどやどやと入ってきた。――かつての同級生たちだ。
金持ちの息子や娘たち。
ピカピカのスマホ、高級な服、でかい声。
笑いながら、まるで世界が自分たちのものだとでもいうように。
ナギは慌てて顔を背け、キャップを深くかぶった。
「見つからないでくれ……ただ、通り過ぎてくれ……」
だが、運命はいつものように、彼を嘲笑った。
「お? ちょっと待てよ……」
誰かの声。
「それ、ナギじゃね?」
次の瞬間、笑い声が一層大きくなった。
「マジで!? ここでバイトしてんの? ハハハ!
まあ、驚かねえよ。ずっと地味な奴だったしな。」
「おい、メニュー持ってこいよ、ウェイター!」
かつてクラスの女王だった女子が、嘲るように言った。
その言葉は、まるで拳のようにナギを殴った。
喉に何かが詰まった気がした。手が震える。
ナギは無言でメニューをテーブルに置き、ただ耐えた。
「消えちまえたらいいのに……」
ナギはハッと目を覚ました。
酒場の部屋が再び視界に戻った。
薄暗いランタンの光、リアレルの穏やかな息遣い、静寂。
だが、ナギの心臓はまるで戦いを終えたばかりのように激しく脈打っていた。
「ここでも……別の世界でも……あの影たちは俺を離さない……」
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