38 「壊れたドレスと始まる物語」
エルフの少女は震えながらも、なんとか立ち上がった。
ドレスはボロボロに裂け、肌は痣と擦り傷だらけ。
それでも、その瞳は澄んでいた。
まるで、内なる炎が再び燃え上がったかのように。
ナギはすでに数歩進み、細い路地へと向かっていた。
振り返らないその背中は、まるでこれがただの通りすがりの出来事でしかないと言わんばかりだった。
この瞬間が、彼女の運命を決めるなど――考えもしないように。
「ま、待って……!」
少女の唇から、か細い声が漏れた。
弱々しい声。
だが、その中には疲れを突き破る力が宿っていた。
一歩。
また一歩。
足は震えていた。
それでも、彼女は彼を追いかけた。
ナギは足を止めた。
ゆっくりと振り返る。
フードの影に隠れた彼の目は、冷たい光を放った。
「助けただけだ。それで終わりだ。
一緒に来る必要はない」
彼は低く、抑えた声で言った。
「わかってる……」
少女の声は震えた。
でも、彼女は背筋を伸ばした。
「でも、ここに残ったら、また捕まる。
あの檻には戻りたくない!」
群衆が二人を見つめ、息を呑んでいた。
ざわめきが広がる。
「あの男……誰だ?」
「影が、勝手に動いたぞ!」
ナギは一瞬、沈黙した。
心の中で二つの感情がせめぎ合う。
一人ですべてを切り捨て、歩き続けたい衝動。
そして、彼女の瞳と視線が交錯した瞬間、胸の奥で感じた、奇妙で静かな温もり。
ナギは顔を背け、再び歩き出した。
「好きにしろ」
と、そっけなく言い放った。
エルフの少女は拳をぎゅっと握った。
唇が震え、彼女は小さな声でつぶやいた。
「なら、ついていくよ。」
彼女はよろめきながらも、ナギの後を追った。
足はフラフラだった。
それでも、決して遅れなかった。
ナギは黙ったままだった。
追い払おうともせず、振り返りもしなかった。
だが、心の奥底で、気づいていた。
これは――新しい物語が始まる、分岐点だと。
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