34 「秘密の力――仲間も知らない真実」
宮殿の石造りの広場は、降り注ぐ陽光に照らされ、白く輝いていた。
つい先ほどまで――
レオン王子の号令と兵たちの喧騒で満ちていた大庭園。
だが今、そこに広がるのは…
張り詰めた空気と、静かな緊張だけだった。
王子レオンはすでに馬で北方の国境へ。
軍勢と共に進軍し、この国の北方軍全体を自ら率いている。
残されたのは若き召喚者たち。
任務はただ一つ――迫り来る戦いに備え、新たな力を自らのものにすること。
広場には学生と教師たちが集まり、拳を握りしめていた。
魔法使いや騎士たちが鋭い目で見守り…
まるで地面さえも、静かに鼓動を刻んでいるかのようだ。
そして――
最初に姿を現したのは、一人の男。
険しい顔、右眉を横切る傷。
背の高いその男こそ、騎士団長ラグノルド。召喚者たちの訓練を任された人物だ。
「――こっち見ろ、子犬ども!」
鋼に剣を打ち付けたような声が広場に響く。
「ここは学校でも遊び場でもない」
「今日から――」
ラグノルドの声が広場を切り裂く。
「お前たちの体と魔力は、限界まで酷使する。
戦場で生き残る方法を学ぶまではな」
整列する学生たちを鋭く見渡す。
ごくりと唾を飲む者。
目をそらす者。
…だが、ナギだけは変わらない。
いつも通りの、どこか怠そうな顔。
「まずは――力の確認だ」
ラグノルドが広場を指さす。
標的、訓練用マネキン、そして巨大な石板が並んでいる。
「順番に、自分の実力を見せてもらうぞ」
最初に呼ばれたのはユウジ。
肩を回し、前に進む。
伸ばした手の先に――
鮮やかな青い球体が浮かび上がる。
次の瞬間、轟音と共に発射。
訓練用マネキンは粉々に砕け散った。
「――悪くない」
キャプテンが短く言う。
「だが、力だけで制御できなければ…それは死への道だ」
続いて、ミズキ。
彼女はそっと目を閉じる。
黄金色の魔法陣が足元に浮かび、線が輝きだした。
…ドンッ!
地面から鋭いクリスタルが突き出し、石板を貫く。
広場の端で見守っていた騎士たちが、思わず顔を見合わせた。
— 地の魔法の珍しい形態だな…
そのうちの一人が、小さくつぶやいた。
そして――ナギの番。
彼は肩をすくめ、落ち着いた足取りで一歩前へ。
足元の地面が…わずかに震える。
空中には、暗い火花がパチリと走った。
「今のは…何だ?」
ユウジが小声で尋ねる。
「ふむ…」
ラグノルドが目を細めた。
「これは――面白くなりそうだな」
ナギは広場の中央へ歩み出る。
その表情は落ち着き払って、
まるで自分には関係ないかのよう。
「さあ、見せてみろよ、坊や」
庭の端にいた騎士が、にやりと笑う。
「何か一つでいい。
時間を無駄にしてないって証拠を、な」
ナギは――ふぅ、とため息。
ゆっくりと手を差し伸べた。
…一瞬、何も起こらない。
ラグノルドの視線に、かすかな苛立ちが混じる。
だが、その瞬間――
ナギの手の上――
空気が、ゆらりと揺らいだ。
…まるで、空間そのものが歪んだかのよう。
かすかな「黒い波」が走る。
そして――二十歩先の石の板が、
…スッ、と真っ二つに割れた。
閃光も、轟音も、ない。
ただ静寂の中に…冷たい結果だけが残る。
「…何だ…」
ミズキが、小さく息を漏らす。
だが誰かが言葉を発する前に――
石のひび割れが、じわ…じわ…と広がっていく。
まるで「見えない腐敗」が浸食していくように。
数秒後――
石板は完全に崩れ、黒い灰と化した。
ラグノルドは鋭い足取りでナギに近づく。
その顔は、先ほどまでとは別人のように厳しい。
「…どこでそんなことを覚えた?」
「たまたま出たものです」
ナギは落ち着いて答える。
だが、その瞳の奥に――影が走った。
(見せるべきではない力だ…)
騎士たちは互いに目を合わせる。
そのうちの一人が、小さくつぶやいた。
「これは…虚無の魔法に、あまりにも似すぎている」
「虚無」――
その一言が、広場にこだまし…
経験豊かな兵士たちさえ、眉をひそめた。
「やめろ!」
ラグノルドの声が、剣で盾を打つ音よりも鋭く響く。
彼はナギの肩を掴み、ぐっと一歩前に出た。
「俺について来い。今すぐだ」
ほんの数秒前まで囁き合っていた召喚者たちも――
今は黙り込み、仲間が連れ去られていくのを見ている。
普段なら口を挟むユウジでさえ…
声を出せなかった。
…
二人は武器庫を通り過ぎ、
城の裏門へと続く、狭い廊下に出る。
ここなら――好奇心旺盛な目から離れられる。
ラグノルドは足を止めた。
「よく聞け」
低く、しかし鋼のような声。
「今の行動は…禁止されている」
ナギは目を細める。
「禁止? ただ――」
「君は虚無の力を使った」
ラグノルドが遮る。
「この世界で最も危険な力だ。
…呼応を引き起こす可能性がある」
「呼応?」
ナギが問い返す。
だが、答えは返ってこなかった。
代わりに――ラグノルドが一歩近づく。
ほぼ至近距離まで接近した。
「言うことを聞け。
絶対に…わかるか?
絶対に他人の前で見せるな。
仲間の前でさえもだ。
特に…ミズキの前では絶対に」
ナギは眉をひそめた。
だが、その瞳には一瞬の推測が浮かぶ。
「なぜ、彼女の前で?」
ラグノルドは視線を止める。
真実を話すべきか、迷っているようだった。
「彼女の才能だけが、虚無を止めることができる。
もし知ったら…命じられれば、
彼女はそれを止めようとするだろう」
ラグノルドは背中で手を組み、
ナギの理解していない様子をじっと見つめた。
老練な戦士の顔には、咎めも苛立ちもない。
ただ、静かで――重い真剣さだけ。
「分かるか、坊主」
彼はゆっくり口を開いた。
「俺は、お前が生きてきたより長く戦場にいた。
英雄も怪物も見てきた…
時には、同じ人間の中に両方がいたこともある」
ナギはわずかに眉をひそめた。
だが、口は閉ざしたままだった。
「今、お前が見せた力はな…」
ラグノルドは目を細めて続ける。
「純粋な力だ。
しかし――他人には理解できぬ力だ。
理解できぬものは…恐れられる」
彼は一歩近づき、声を落とす。
ほとんど打ち明けるように、こう言った。
「昨日、一緒に飯を食ったやつらでさえ…
明日には、お前の背中に刃を突き立てるかもしれん。
悪意からじゃない。
お前が危険だと、誰かに言われるからだ」
ナギは視線を横に向けた。
「で、ミズキは?」
小さく尋ねる。
「今言ったばかりだろ、ああ。あいつもだ。
命令が下れば…義を選ぶ」
ラグノルドは頷く。
「武器を持ち、誓いに仕える者は――そういうものだ」
ラグノルドは重い手を、ナギの肩に置いた。
「だが坊主…
それはお前が一人だということじゃない。
お前の力は珍しい、確かにそうだ。
でも――それは呪いじゃない。
コントロールできていればな。
お前が主人のいない武器になるところは見たくない」
一瞬、老練な戦士の顔に
意外な温かい笑みが浮かんだ。
「だから、俺のアドバイスだ。
全力を見せるな。
人々に、お前に慣れる時間を与えろ。
まず人間を知ってもらえ、英雄はその後だ」
肩を離し、数歩下がる。
「覚えておけ」
最後に、低く、重く言った。
「信頼なき力は、首にかかる鎖だ。
信頼は――勝利よりも時間をかけて築くものだ」
ラグノルドはそう言うと振り返り、
ゆっくりと去って行った。
ナギはその場に立ち尽くし、
自分の手をじっと見つめていた。
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