23 「最後の静寂、最初の戦い」
英雄たちは侍女や従者に導かれ、静かに自室へと向かった。
宮殿の長い廊下は、古びたタペストリーで彩られていた。
蝋燭の柔らかな光が壁を照らし、荘厳で静かな雰囲気が漂う。
弟子たちは静かに歩を進め、時折、今日の出来事を囁き合った。
ミズキは豪華な装飾に目を奪われながら、心の奥で不安が揺れていた。
ナギは少し離れて歩く。
その冷たく落ち着いた姿は、感情を隠した影のようだった。
誰かが小さな声で新しいクラスや能力について語った。
別の者は疲れ果て、一人きりになりたいと願っていた。
部屋に足を踏み入れると、広々とした空間が広がった。
温かな光と花の香りが、明日への試練を前に安らぎを与えた。
扉が閉まった瞬間、誰もが感じていた。
明日、運命を変える試練が待っていることを。
ナギは静かに自室の扉を閉めた。
カチリと錠が鳴る音が、静寂に響いた。
壁のフックに、過去を背負ったバッグをかけた。
その重さは、彼の心と共にある。
ふかふかのベッドに腰を下ろす。
疲れた体が、温もりと柔らかさに沈み込んだ。
ナギはゆっくりとバッグを開いた。
スマホ、パワーバンク、ヘッドホンを取り出す。
音楽を流し、慣れ親しんだメロディに身を委ねる。
その音は彼を、遠い記憶の彼方へと連れ去った。
ナギは目を閉じた。
音楽が部屋を満たし、彼を過去へと引きずり込む。
苦く、色褪せた、まるで別の世界のような記憶。
地球では、彼は「何者でもなかった」。
貧困と終わらないバイト。
灰色の毎日が、彼を締め付けた。
壊れた心。
疲れ切った体と絶えない病気。
勉強しても報われず、学位など夢のまた夢だった。
授業を休みすぎた。
荷物を運び、わずかな金を稼ぐためにシフトを重ねた。
それでも、未来は見えなかった。
待っていたのは、オフィスの檻。
平凡な社員として、疲れ果てた顔に紛れる影。
ナギはそれを知っていた。受け入れていた。
自分の存在を憎んだ。
その重さに耐えながら、生きていた。
だが、今は…
すべてが変わった。
ナギはゆっくりと拳を握った。
この世界が、彼に二度目のチャンスをくれたのだ。
心の奥で、炎が灯った。
偶然じゃない。夢じゃない。
彼は力こそがすべてを決める世界に飛ばされた。
ここでは、誰かになれる。
昨日まで「何者でもなかった」彼でも。
英雄になれる。
王国のために戦い、
もしかしたら…世界を救うことだって。
かつて暗い部屋で見たアニメのようだ。
「ありがとう、宇宙!」
心の底で、ナギは叫んだ。
唇がわずかに震えた。
かすかな笑みが浮かぶ。
長い間信じなかった夢。
今、ようやく形になり始めていた。
ナギは初めて、それを確かに感じた。
ナギが目を開けた。
そこは戦場の地獄だった。
焦げた大地。血に染まった赤黒い土。
月の光の下、騎士やオーク、数百の亡魂が横たわっていた。
焼け焦げた剣や鎧が、灰の中で鈍く光る。
「…夢?」
ナギは呟いた。
だが、鼻をつく血の匂いはあまりにもリアルだった。
息をするたび、胸が重くなる。
空気が死の臭いで満たされていた。
――その時。
死体の山の頂上に、影が立ち上がった。
黒い鎧。
ボロボロのマント。
兜の下から覗く、燃えるような真紅の瞳。
まるで地獄そのものが歩き出したようだった。
そいつの手に握られた剣は、闇のような黒。
影はゆっくりとナギの方を向いた。
「…お前、誰…?」
答えはなかった。
ただ、足音。
もう一歩。
その動きは大地を震わせた。
ナギの心臓を締め付けた。
――突然、頭の中に甲高いシステム音。
【警告! 不明な敵を発見】
【称号:「血の王」】
「…は!?」
ナギは声を漏らした。
血の王?
冗談だろ?
こいつ、ここのラスボスかよ!?
だが、影は止まらない。
真紅の瞳がナギを突き刺す。
暗黒の剣が、ゆっくりと持ち上がった。
一瞬後――
剣が振り下ろされる。
夢か、現か。
ナギは答えを知る間もなく、剣が空を切り裂いた。
――咆哮。
空気も時間も切り裂く、すさまじい音。
黒い鎧の影が獣のように跳び上がる。
ナギに襲いかかった。
「――アアアアアアッ!」
ハッと目を見開く。
冷や汗がこめかみを伝った。
心臓が飛び出しそうに暴れていた。
視線が暗い部屋をさまよう。
恐怖の源を探した。
「…何…あれは?」
ナギは頭を抱えた。
慌てて体をまさぐる。
傷はない。
なのに、感覚が残っていた。
まるで、あの敵をすでに知っているかのよう。
「なんで…俺、あいつに会った気がしたんだ…?」
記憶の奥で、像がチラつく。
黒い兜の奥、燃える真紅の瞳。
鎧を伝う血の滴。
骨まで響く咆哮。
だが、思い出そうとすれば、像は霧のように消える。
誰かが記憶を塗りつぶしているかのようだった。
ナギは両手で顔を覆った。
こめかみに冷たい汗がべっとりと。
「…あれは…俺の…」
思考が途切れる。
見えない壁が立ちはだかった。
大きく息を吐き、枕に沈み込む。
外は夜の重い静寂。
今日一日の重みが肩にのしかかる。
明日はきつい。
それだけは、確かだった。
「…まぁ、朝になれば…なんとかなるか…」
小さなつぶやき。
深い息。
意識は闇に沈んだ。
――それでも、夢の奥底で、
何かがナギを見つめ続けていた。
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