21 「戻れない扉の向こうに」
温かい黄金の光が彼らの顔を包み込んだ。
天井は影に溶け、数百のクリスタルシャンデリアが揺れる光でキラキラ輝いている。
壁には古の戦いを描いたタペストリー。
足元には、雲のように柔らかな絨毯が広がる。
レオンが先頭に立つ。
肩をピンと張り、歩みは堂々としている。
松明の炎の揺らめきで、彼の姿は一瞬、獲物を追う猛獣のようだ。
その後ろに、教師と生徒たちが静かに続く。
「もっと近くに来い。」
レオンの声が低く響く。
「ここには、見てる目が多すぎる。」
脇の通路から第二の姫、エリシアが優雅に現れる。
朝焼けのように明るい絹の長い髪。
複雑な三つ編みに丁寧に編み上げられている。
深い藍色のドレスは、夜空を映したようだ。
銀の糸で精巧に刺繍されている。
その微笑みは柔らかく温かい。
しかし、目は鋭い。
冷たく知的な光で、未知の相手の心の奥まで見透かすようだ。
「レオン王子。」
エリシアが優雅に一礼する。
「客人を案内する名誉をいただき、光栄です。」
「今日、このホールで、皆さんを名誉あるゲストとして歓迎します。」
ヒソヒソと囁き合う。
目の前の壮麗さに心奪われ、思わず視線を交わす。
一部は今すぐネットに投稿したかった。
でも、帰る場所がないことを忘れていた。
中に入ると、ナギは無数の視線を感じた。
豪華なドレスの貴婦人から厳格な軍司令官まで。
みんなが鋭く見つめている。
ここにいるのは、偶然じゃない。
長くて重厚なテーブルの周りには、権力と影響力を握る者たちが座っている。
莫大な力を持つ者たちだ。
レオンが先頭を歩く。
自信たっぷりで、軽やか。
まるでこの城の壁の中で育ったみたい。
(実際、そうなのだ)
エリシアが隣を歩く。
チラッと生徒たちを見ながら、値踏みしている。
誰が挑戦してくるか。
誰が素直に従うか。
全員が席につくと、エリシアが口を開く。
「今日の宴は——」
「ただの歓迎パーティーじゃない。」
「自分を試し、この世界がゲームじゃないと知る機会よ。」
「どんな勝利も、どんな敗北も——」
「必ず結果を伴う。」
焼き肉、香草の魚、パンの盛り合わせ。
グラスには芳醇なワインの香りがふわっと漂う。
でも、レオンとエリシアは料理にほとんど興味なさそう。
二人はチラッと視線を交わす。
そして、静かに動き出した。
「さて。」
レオンが近くの生徒たちに話しかける。
「明日、選択肢を与えられたら、どうする?」
「元の世界に戻るか? それとも、力と地位が約束されたここに残るか?」
「そんなチャンス、向こうじゃ絶対ないぜ。」
質問は落ち着いているが、明らかに罠が潜んでいる。
一部の生徒は盛り上がり、別の生徒はピリッと緊張する。
「私は残る!」
短い栗色の髪の少女が即答する。
「あっちじゃ…私、なんでもなかった。」
「でもここなら…誰かになれる!」
「面白いわね。」
エリシアがそっと微笑む。
「あなたは?」
その視線が、筋肉質な腕の長身の少年に向く。
「俺は戻る。」
少年が眉をひそめて答える。
「ここ、危なすぎる。」
(レオンが少し首をかしげる)
「危ない…か。」
「安全でも、灰色の檻で一生過ごす覚悟はあるか?」
彼は視線を外した。
やがて、レオンとエリシアは慎重に質問を投げ始めた。
まるで目に見えないチェスの駒を動かすように。
時には丁寧に、時には軽い皮肉を込めて。
時には何気なく、相手のプライドをチクッと突く話題を振る。
「あなた、名声を夢見てるわよね?」
エリシアが一人の少女に柔らかく微笑む。
「でもその代償が…血だとしたら?」
「正義を求めるって言うな。」
レオンが一人の少年に言う。
「その正義のために法を破らなきゃならないとしたら? どうする?」
宴が終わりに近づく頃、ホールには特別な空気が漂った。
興奮と緊張が混ざり合っている。
生徒たちは気づき始めた。
自分たちがすでに値踏みされているって。
今この瞬間、王座の味方になるか、足手まといになるかが決まっているかもしれない。
(レオンが口を開こうとした瞬間)
ナギの声がホールのざわめきを切り裂いた。
「お前らの話聞いてると…本当に戻りたいやつがいるのかって思うぜ。」
ナギが椅子の背にもたれ、冷たくニヤリと笑う。
「命がスマホより安いあの場所に。」
「金もコネもない、ただの知られざる空っぽの世界に。」
一瞬、静寂が広がる。
生徒たちがピタッと固まる。
グラスのワインの波紋が静まった。
「俺、そういうやつ見てきた。」
ナギが続ける。
「必死に戻ろうとするやつら。自分を英雄だと思ってるのか?」
「でも結局、戻ってもまたパシリ…オフィスの灰色のネズミだ。」
「理不尽な上司の怒鳴り声、聞くの楽しいか?」
「何度も何度も何度もバカにされて!」
「戦場で英雄として死ぬ方が、職場のクソ野郎の叫び声聞くよりマシだろ!」
「そんなの夢見るのは…」
ナギが目を細め、言葉を選ぶように。
「…理想主義者だけだ。」
誰への当てつけか、みんなわかった。
ミズキの目が鋭くキラッと光る。
(ミズキが激しく立ち上がる)
「あんたは……!」
震える拳をギュッと握りしめる。
「この世界を、ゲームだと思ってるの?」
「血や死がロマンチックだってのか!?」
声は震えている。けれど、それは恐怖からじゃない――怒りによるものだ。
「あの世界で、地球で、私たちには家族も友達も、普通の生活もあった!」
「なのにここでは……私たちはよそ者で、いつ命を奪われてもおかしくない!」
ミズキが再び手を振り上げる。
ナギが鋼のように強くそれを捉える。
瞳に冷たい、ほとんど獣のような炎が揺らめいている。
「手を折られたいか?」
静かに、しかしミズキの瞳をまっすぐ見据えて問い詰める。
「やめない!終わらせない!」
彼女は叫び、瞳に涙が光る。
「あんたは力の為に、私たちから“人間”であることを全部奪おうってのか!?」
「止めろ」
レオンが立ち上がり、硬い口調で言い放つ。
声は大きくないが、鋭い刃のように静寂を切り裂く。
「議論はこれ以上無用だ」
「そして忘れるな……」
「戻れる者など、誰一人いないということを」
(レオンの声が静かに響き渡る)
「召喚の儀式は単なる扉ではないと、既に言ったはずだ」
声は静かだが、底冷たいものが潜んでいる。
「お前たちの魂の根源そのものを変え、この世界へと縛り付ける」
「戻るということは……魂を引き裂くことに等しい」
「たとえ神ですら、お前たちを元の世界へ帰すことはできん」
「お前たちの進路は……ただ前へ、だけだ」
ホールの誰かがはっと息を飲んだ。
数人の生徒たちの顔から血の気が引いていく。
まだ帰れる希望を捨てきれずにいたのだ。
レオンの言葉が消え、重い沈黙が部屋を支配する。
空気が押し潰されんばかりに張り詰める。
ゴクリと唾を飲み込む音が一つ。
固唾を飲んで見つめる生徒の視線が、王子からナギへと移る。
「じゃあ……帰る道は……ないのか……」
隅に座っていた少年が、ぼそりと呟く。
「ママ……パパ……」
「おい、そんなこと言うなよ!」
別の生徒が、目を爛々と輝かせて割って入る。
「考えろよ!これはチャンスだ!」
「アニメみたいに強くなれる世界に来んだぜ!」
「魔法も、神器も、名声も……!」
「子供の頃に夢見たことばかりじゃないか!」
(長髪の少女が護符を握りしめる)
「あんた、頭おかしいんじゃないの?」
息を詰まらせるように言った。
「いつ殺されるかもわからない場所よ!?」
「だからこそスリリングだろうが」
別の生徒がニヤリと口を挟んだ。
「弱きは滅び、強きは生き残る。這い上がる意味があるってものだ」
言葉が重なるたびに、緊張は高まっていく。
明らかにナギ側に傾いた生徒も現れた。
その瞳には既に野心の炎が灯っている。
互いに視線を交わし、力の滋味を予感しているようだ。
一方、他の生徒たちは俯き加減で杯を握りしめている。
暗澹たる表情を浮かべている。
その眼差しはただ一つ「俺たちは望んでない」と訴えていた。
教師たちは互いを見交わした。
一人が小声で呟く。
「力の話をすれば、こうなるという見本だな……」
「否、弱さの結果だ」
もう一人が冷たく応じた。
やがて最後の料理が運ばれる。
笑い声や杯の音が静まり、レオンが立ち上がった。
シャンデリアの光が彼を照らす。
食堂に集う全員の視線を一身に集める。
話し声はぴたりと止んだ。
「諸君らに告ぐ」
彼の声は落ち着いており、しかし確かな響きを帯びている。
「今日、君たちはこの世界への第一歩を踏み出した」
「力を少しばかり知り、その味を覚え、運命を共にする者たちと出会った」
彼は一呼吸置き、聴衆に言葉を噛みしめる時間を与えた。
「だが明日からは……」
その眼光が冷たく、鋭く変化する。
「明日からが真の試練の始まりだ」
「力、決意、勇気……それらが問われる。脅すつもりはない。覚悟を求める」
ゴクリと、誰かが緊張で唾を飲む音がした。
「今夜は」
再び声音を柔らかく戻して、彼は言った。
「しっかりと休むがいい」
「廷臣が居室まで案内する。力を蓄えよ……」
「明日の朝、多くの者に、未だ経験したことのない試練が待ち受けているからな」
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