表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
135/135

118 「鋼鉄は虚空と出会う」

場に、気まずい沈黙が落ちた。

ギルドの空気すら、どう反応していいか分からないみたいだ。

あの破壊のオーラを纏った巨漢の戦士が、ついさっき「読めない」って白状したんだから。


あまりのバカバカしさに、みんなの恐怖が、朝霧みたいに少しずつ溶けていく。


カイレルはぱちぱちと何度か瞬きした。

情報を飲み込むのに必死だ。

ライトの手にある紙切れに目をやり、次にその仮面の、いつもの凍りついた表情をチラリ。


思わず、口から言葉がこぼれた。


「つまり……お前は……その……」


カイレルは大きく手を広げて、さっきのコル・トゥルをぶっ飛ばしたことを示す仕草をした。


「あんなことできるのに、紙一枚読めないってのか?」


ライトの赤い目が、キラリと光った。

なんだか少しむくれてるみたいだけど。

ま、きっと光の加減だろ。


(壊すのは本能だ。原始的。)


(でもこの……ぐちゃぐちゃの線っころ)


彼は軽い嫌悪を込めて紙を振ってみせた。


(これはもう、抽象だ。よっぽど面倒くさい)。


後ろから、プッと吹き出すような音が響いた。


さっきまで神経が張りつめて今にもぶっ壊れそうなブラリックが、もう我慢の限界だ。

顔を手のひらにぐしゃっと埋めて。

でも、肩がプルプル震えてるのを見て、誰だって分かる――涙が出るほどゲラゲラ笑ってるんだ。


アイレラでさえ、手で口元を押さえて、にやけ顔を隠そうとしてる。


【状況分析:対象オブジェクトが恐怖レベルの低下を示唆。感情「娯楽」への移行。不意打ちだが、潜在的に有用な変化。結果を固定せよ。】


ライトは彼らの反応をじっと見つめていた。

頭を少し傾けて、まるで珍しい生態を観察するみたいに。


「これ、面白いのか?」


純粋で機械じみた好奇心を込めて、彼は尋ねた。


少し離れたところで立ってた**ブラリック**が、プッと鼻を鳴らした。


「お前みたいな奴にゃ、どんな依頼もくだらねえって感じるだろ! 怪物なんか一瞬で灰にしちまうんだからよ」


「なあ、ライト。五匹の迷子ヤギを、視線一つで焼き払えんのか?」


赤い目が、戦士の方へスッと向いた。


「できるさ」


「でも、なんでだ? あいつらは怪物じゃねえよ。せいぜい……うるせえだけだ」


ギルド内に、再びくぐもった笑い声が広がった。


恐怖はすっかり吹き飛び、現実離れした不条理な空気に、みんな飲み込まれていく。


「わかった」


カイレルは後頭部をボリボリ掻いた。

この化け物じみた力と、日常のヘタレっぷりが、妙にチグハグだ。


「なあ、ちょっと……座ってろよ? なんか飲むか?」


彼は期待の眼差しで飲み物のカウンターをチラリ。

酒が、この重苦しい空気を少しでも溶かしてくれりゃいいのに、と心の中で祈る。


ライトはカウンターの方へ、ゆっくり頭を向けた。

赤い目が、エールの樽にじっと留まる。


(信じらんねえ。これが夢叶う瞬間か! ギルドだぜ、冒険者ども、アニメみたいなリアルライフ!)


一瞬、ためらったかと思うと、彼の姿勢に、ふと物思いの影が差す。


「……飲むよ。んで、飯はあんのか?」


カイレルには、予想外の安堵がドッと押し寄せてきた。

慌てて頷く。


「もちろんだ! 肉にパン、チーズ……何でも揃うぜ!」


「よし」


ガリガリと擦れるような声が、なんだか穏やかに響いた。


「感謝するよ」


「最近の……俺は、俺は、俺は……どれだけ経ったか、もう覚えちゃいねえ。奈落で過ごしたんだ」


「食うのは、あの辺の化け物の肉だけ。味はクソまずくてよ、胃を溶かすんだぜ。水を使わねえと。そいつは同じ奈落から湧いてくるヤツだけどな」


彼は、そんなことを、道端の宿屋で腐ったスープに文句言うみたいに、さらっと口にした。


ギルド内に、死のような静けさが落ちた。


暖炉の薪がパチパチと弾ける音だけが、耳に残る。


書記見習いのエリーは、顔色をますます失くした。

まるでスローモーションみたいに、ゆっくり床に崩れ落ちた。

気を失っちまったんだ。


マルティンの顔は、まるで生きたハリネズミを飲み込んだみたいな、歪んだ表情。


普段は動じないブラリックでさえ、口をぽかんと開けてライトを凝視してる。


手は、無意識に自分の腹に伸びてた。


どれだけ……どれだけ時間が経ったんだ……奈落で……化け物の肉を食らいながら……。


カイレルの思考が、棘みたいに頭に刺さったまま、抜けねえ。

恐怖のスケールが、飲み込めねえんだ。


滑る石の奈落――あれは伝説だぜ。

エリート騎士団の部隊すら、戻ってこねえ場所。

なのにこの……このライトは、ただの森でサバイバルするみたいに、そこで生き延びてたのかよ。


「俺……わかった」


カイレルの声が、再びガラガラに掠れた。


「マルティン! 一番いい席だ! 一番いい肉を! んで……んで、最強のエール! 今すぐよ!」


ライトは、周りの衝撃なんか、まるで気づかねえ様子だ。

いつもの形式ばった礼儀正しさで、こくりと頷いた。


一番でかい暗い隅っこのテーブルへ向かう。

影に溶け込むようなその姿。


残ったのは、灰の中の残り火みてえに、薄暗がりでチラチラ光る赤い目だけ。


怯えきった使用人どもが、右往左往しながら、次々と料理と飲み物運んでくるのを、じっと見下ろしてる。


あいつら、まるで古代の神に生贄捧げるみたいだぜ。


カイレルの命令が、鞭の音みたいにビシッと響いた。


混乱した使用人どもが、右往左往し始める。

すぐに、テーブルが湯気立つ料理の山となった:豚のすね肉、パン、チーズ、エールの壺。


ライトはテーブルの上座に、どっしり腰を据えた。

暗い影が、光を飲み込むみたいに微動だにしない。


パーティーメンバーたちは、向かいの席におどおどと座り込む。

まるで、腹ペコのドラゴンとフォーマルディナーに招待された気分だ。


「えーっと……いただきますよ」


カイレルが、喉に何か詰まったみたいな声で言い、まずパンをちぎった。

ブラリックは肉にガッポリ食らいつく。

ライトはチーズを丁寧に摘まみ、シスター・エリサは祈りの呟きを漏らしながら、「客人」にチラチラと怯えた目をやる。


ライトは、じっと彼らを観察してた。

それから、手をスッと上げて、ブラリックがさっき切り分けた肉の塊を、さらっと掴んだ。



「おい!」


戦士が、ムカムカした声で飛びついたが、カイレルの視線に、ぴたりと口を閉じた。


ライトは肉をマスクにそっと寄せた。

静かな沙沙という音がした。

灰が烏炭からこぼれ落ちるみたいに。

そして、肉の塊が、ぱっと消え失せた。


「……毒じゃねえ。叫ばねえ」


ガリガリと擦れる声が響いた。

何か、ぼんやりとした満足感が、かすかに滲んでる。


「腐敗の洞窟の漏斗蜘蛛の後じゃ……これは、まあ食える。悪くねえ」


気まずい沈黙が、ぽっかりと広がった。


「え、えっと……気に入ったみたいで、よかったよ」


カイレルが、ぼそぼそと呟いた。


「俺の来た世界じゃ、食い物がこんな……無邪気に匂うなんて、滅多にねえんだ」


ライトは淡々と続けた。

視線が、パンの塊に落ちる。


彼はそっと触れた。

すると、パンが黒い灰に崩れ落ち、たちまち空気に溶け消えた。


「パンか。普通のパン、久々に味わうぜ」


シスター・エリサが、ごくりと唾を飲み込んだ。


「あんた……あんた、ただの食べ物を焼き払うの?」


彼女は息を吐くように、震えた声で言った。


赤い目が、ゆっくり彼女に向いた。


「噛む必要なんかねえよ。エッセンスを吸収すりゃいい。時間節約だ」


「時間……それが俺たちのすべてだ。でも味は感じるぜ。体を通るんだからな」


ブラリックが、暗い顔で鼻を鳴らした。



「まあ、チャプチャプ音立てねえだけマシか」


ライトはそれを、無視した。

エールの壺を掴んで、自分の前にどんと置く。


中身の暗い液体が、ピタリと止まったかと思うと、たちまち蒸気の渦になって、ふっと消え失せた。


「酔いの飲み物か。興味深い」


「お前ら、これ飲んで忘れようってのか? 弱くなるため? 妙な習慣だな」


アイレラがついに我慢できず、くすくすと小さな笑い声を漏らした。


「神様……あんた、普通の飯を初めて見たみたいな顔してるよ。生まれた時からダンジョンで腐り肉食わされてたの?」


ライトは、ゆっくり彼女の方へ頭を向けた。

赤い視線に、底知れぬ深い影が、チラリとよぎった。


「腐り肉じゃねえよ。それよりマシなヤツ」


「時々……昔は喋れたヤツを」


その言葉の後で、もう誰も箸を動かしたくなくなった。


カイレルは、ようやく本質を悟った。

彼らの客は、ただ強いだけじゃねえ。


壊れてるんだ。


それが、何より怖えよ。


ライトの言葉の後で、息苦しい沈黙が重くのしかかってた。


それが、突然、ぶち破られた。


入口から響く、でかい自信たっぷりの笑い声。

重い鎧のガチャガチャ音。

ブラリックでさえ、ビクッと肩を震わせた。



ギルドの分厚い樫の扉が、勢いよくバーンと開き放たれる。

壁にガツンとぶつかる。


三人組が、玄関口にドカッと現れた。


たった三人。

それなのに、空間全部を埋め尽くすみたいだ。


鏡みたいに磨き上げられたアダマンチウムの鎧が、陽光を反射してまぶしい。

マントには、最高位の証――「金剛の槌」の赤いバッジが輝いてる。


王国中の誰もが知ってるパーティーだ。


リーダーの、髭面の巨漢が、背中に二刀流のハンマーを担いで、部屋を見回す。

見下したような視線が、カイレルにピタリと止まった。


「おおっと、こりゃあ『暁の影』じゃねえか!」


その声は、岩崩れみたいにドスドスと轟いた。


「聞いたぜ。お前ら、何か変な生き物狩りに行ったんだとよ。毛皮でも持ってきて自慢か? それとも、また空振りで、偉そうに空手で帰ってきたのか、このクソ野郎ども!」


ゴルムの取り巻き――敏捷な女弓手と、贅沢なローブを纏ったガリガリの魔導士男――が、鼻で笑うように嘲る笑みを浮かべた。


カイレルは、背筋にゾクッと冷たいものが走るのを感じた。

なんか言い返そうか、説明しようか。

でも、言葉が出る前に、誰かが先手を打った。


部屋中の視線が、一斉に集まった。

「金剛の槌」のリーダーの、あの嘲笑の目も、つい引き寄せられる。

暗い隅っこの方へ。あそこに、ライトが座ってる。


アダマンチウム級の冒険者、ゴルム――その名だけでゴブリンどもの群れがビビり散らす男――が、眉をひそめた。

危険に慣れきった目が、ギュッと細まる。


いつもの脅威はねえよ――魔力のオーラも、筋肉の膨張も。

でも、見えるのは、ボロボロの黒い鎧だけ。

異常なほど、ピクリとも動かねえ姿。


そして、影の中でチラチラ光る赤い目。

あれは、恐れも、挑発も、興味すらねえ。


ただ、床の埃を見るみたいに、ゴルムを眺めてる。


「おいおい、お前らの隅っこに、どんなクソ人形隠してんだ?」


ゴルムが、でかい声で吠えた。

鋼鉄の手袋に包まれた指が、ビシッとライトを指し刺す。


「新しいお守りか? 見たところ、何回かぶっ殺されてんのに、まだウロウロしてんじゃねえか」


部屋の静けさが、完璧なものになった。

暖炉の灰が、ポロッと落ちる音すら、耳に響く。


ライトは、ゆっくり、めちゃくちゃゆっくりと、頭を向けた。

凍りついた仮面のヘルムが、今度は真正面からゴルムを捉える。


赤い目が、アダマンチウムの巨漢を、じりじりと睨みつける。

スキャンしてるみたいに。値踏みしてるみたいに。


「アダマンチウムか……」


低い、ガリガリ擦れる声が響いた。

まるで壁そのものから漏れ出るみたいだ。


「固え素材だ。俺の世界じゃ、これで……いい的を作ったもんだ」


一拍、置いた。


そして、次の言葉が、空気に氷みたいな、無感情な好奇心を乗せて、ぽっかり浮かぶ。


「お前も、固えのか?」

この未知なる物語の旅路に、

「ブックマーク」という道標を頂けますと幸いです。


そして、もしその旅が少しでも貴方の心に響いたなら、

「5点評価」という最大の賛辞を賜りたく。


何卒、宜しくお願い申し上げます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ