117 「真紅の監視者」
その瞬間、入口に立つライトが軽く首を動かした。
マスクの下の真紅の瞳が、壁の武器ラックや固まった冒険者たちをゆっくりと見回す。それはまるで博物館の展示物を眺めるような、冷たく観察する動きだった。
だが、それだけで十分だった。
カイレルは喉に詰まった塊を飲み込んだ。隠すのは無意味だと悟った。嘘は侮辱と受け取られかねない。その結果は想像もつかないほど恐ろしい。
「これは…ライトだ」
カイレルが囁く。その声には絶望と警告の深淵が響いていた。マーティンは思わず身を引いた。
「彼は…そこにいた。あのモンスターからまともな戦利品が残らなかった理由だ。そして今、彼は…我々の“客人”だ」
「客人」という言葉には、苦々しい皮肉が込められていた。その意味はあまりにも明白だった。
客人ではない。監視者だ。彼らの恐怖に満ちた帰還の原因であり、結果そのものだった。
マーティンは凍りついた。長年の事務職の経験で培った鋭い頭脳が、瞬時に全てを理解した。
ボロボロの冒険者パーティー。まともな戦利品の欠如。入口に立つ歩く悪夢。
そして、カイレルのあの目――追い詰められた獣のような目。
老人の顔はすっかりやつれていた。彼はゆっくりと、まるで自分自身に言い聞かせるように頷いた。震える手で契約書に「完了」の印を押す。印が木のカウンターに打ち付けられる音は、張り詰めた静寂の中で耳をつんざくほど大きく響いた。
「分かった」
マーティンが静かに言った。その瞳にはもはやパニックではなく、魂を凍らせるような諦観が宿っている。
「『客人』だな。了解した」
「ギルドは…彼に必要な…全ての“便宜”を図るよ」
ホールに漂う静寂は依然として重苦しかった。だが、その性質が変わりつつあった。
恐怖が徐々に、焼けつくような不健全な好奇心に取って代わり始める。皆が入口に立つ動かない影を見つめ、何かを待っていた。爆発? 呪い? 命令?
だが、ライトはただ立っていた。仮面のような顔をわずかに傾け、燃えるような赤い瞳がギルドの内装をゆっくりと眺め回す。まるで子どものような飽くなき好奇心で。
彼の視線は煤けた燭台に、壁に掲げられた紋章入りの旗に、粗削りだが頑丈な木のテーブルに留まった。まるで一つひとつの細部を頭の中で評価し、記録しているかのようだった。
[観察:建築は原始的だが機能的。木材と石が主。美的レベルは低予算のファンタジー酒場に相当。雰囲気…本物だ。]
彼の頭の中でそんな言葉が響いていた。
やがて、彼の視線が大きなコルクボードに落ちた。色とりどりの羊皮紙が無数に貼り付けられている。
刹那、彼の姿勢が変わった――背筋が伸び、かすかな驚きの波動が彼から放たれた。
「ほう」
低く、軋むような声が響いた。大きくはないが、死のような静寂の中ではその一言がゴングの音のように轟いた。
彼はゆっくり、どこか不確かな足取りで一歩、また一歩と進む。依頼の貼られた壁へと向かった。
その動きは、あまりにもシンプルで人間らしいものだった。それがあまりにも予想外で、アイレラは恐怖と魔術的な好奇心が入り混じった目で彼を見つめていた。
しかし、純粋な本能が反応を引き出した。彼女は勢いよく一歩踏み出し、彼の手首の少し上を掴んだ。
「ちょっと、どこ行くの?」
彼女の声は鋭く響き、自分自身の大胆さに驚いた。指の下の肌は、まるで磨かれた石のように硬く冷たかった。
だが、死んでいるわけではない――その下には、膨大な抑え込まれたエネルギーの脈動が感じられた。
ライトは立ち止まり、ゆっくりと彼女の方に顔を向けた。真紅の瞳が細まり、彼女の手が自分の腕に触れているのをじっと見つめた。
その姿勢に脅威はなかった。ただ、深い驚愕だけがあった。誰かが自分を物理的に止めるなんて、考えすら及ばないほど突飛な出来事が、彼にとって怒りではなく、興味を呼び起こしていた。
「そこの依頼を見たいんだ。いいかな?」
彼は奇妙な、形式ばった礼儀正しさでそう言った。まるで子どもが魔法の言葉を覚えて繰り返すように。
アイレラの胸の内で何かが揺れた。恐怖ではない。別の何か。尊敬? この…存在に対して? 彼が尋ねたから?
彼女はゆっくりと彼の手を離した。自分の行動に論理的な説明が見つけられないまま。
「ん…まあ、いいよ」
彼女はそう呟いた。声には自信のなさが滲んだが、すぐにそれを振り払った。
ライトは短く、まるで機械のような頷きを返すと、壁に向かって歩き出した。彼は掲示板の前に立ち、まるで巨岩のように動かなくなった。
一分、二分、五分…十分。彼は微動だにせず、ただ真紅の瞳が羊皮紙の文字を、まるで人間離れした速度でスキャンするように素早く動いていた。
死人のように青ざめたマーティンとの重苦しい会話を終えたカイレルは、その奇妙な光景に気づいた。
頭をよぎったのは、冷静で疲れ切った考えだった。
「もし彼が俺たちを殺したかったら、すでに十回はやってた。妙な奴だ、くそくらえ…」
カイレルは意を決し、全ての意志を拳に握りしめて、動かない影にゆっくりと近づいた。
「何してるんだ、英雄?」
彼はそう尋ねた。声には、さっきまでの恐怖が響かないよう、必死に抑えていた。
ライトが勢いよくカイレルに顔を向けた。真紅の瞳が、まるで電灯が点滅するように鋭く光った。
すると彼は、どこか滑稽なほどぎこちない仕草で、掲示板から一枚の羊皮紙をむしり取った。近隣の村での盗賊捕縛の依頼書だ。
黒い手袋の指でそれを指し示す。
「文字が読めねえ」
軋むような声が響いた。そこには初めて、純粋で、まるで日常的な苛立ちの色が混じっていた。
「この記号…クソくらえ、さっぱり分からん」
カイレルは口をあんぐり開けたまま固まった。死と腐臭をまとう歩く災厄から、こんな言葉を聞くとは思ってもみなかった。
古代のモンスターを一瞬で消し飛ばすほどの強者が…文盲だと?
ホールに、押し殺した笑い声が漏れた。すぐに咳き込む音に変わった。
ギルドを縛っていた恐怖の鉄鎖が、一瞬だけ緩む。皆の間に呆然とした困惑が広がった。
カイレルの頭には、新たな、ゾッとするような考えがゆっくりと浮かび上がっていた。
「彼はただ強いだけじゃない。…異質だ。俺たちの言語や文字すら、彼には暗闇の森なんだ」
その気づきは、彼が示したどんな力よりも恐ろしかった。
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