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110 「穢れの深淵」


鉱山の闇は、まるで生き物のように松明の光を飲み込んでいた。

空気は重く、淀んでいる。

古びた埃。

湿った岩の匂い。

そして…何か甘ったるくて、腐臭を放つ異様な香り。


トンネルの壁は、かつては綺麗に整えられていたはずだ。

だが今、深い亀裂が無数に走り、黒く粘つく樹脂が滲み出している。

その光景は、まるで鉱山そのものが傷つき、血を流しているかのようだった。


アイレラが先頭を歩く。

彼女の手のひらでは、冷たく紫がかった炎が揺らめいていた。

その光は、不自然な影を壁に投げかける。

まるで死んだ鉱夫の亡魂が、蠢きながら踊っているかのようだ。


炎の光は、前方十歩ほどを辛うじて照らす。

それより先は、完全な闇。

闇が全てを支配していた。


「ふぁ、なんちゃって!」

アイレラの声が、静寂を破る。

「めっちゃ低レベルダンジョンっぽい雰囲気じゃん!

匂いまでバッチリそれっぽいし。

ボスだけは、この退屈なデコレーションよりマシだといいな!」


その時、音が聞こえた。

無数の羽音。

低く、しつこく、響き合う。


そして、匂いがさらに強くなった。

甘ったるい腐臭。

ほとんど耐えられないほどに。


そして、彼らはそれを見た。


トンネルは突然広がり、岩を粗々しく削り取った小さな空洞に繋がっていた。

そこは、まるで悪夢の展示場だった。


遺骸。

単なる死体ではない。

残されたものだ。


骨だけになった骸が、不自然にねじれた姿勢で横たわっていた。

鎧は脱がされておらず、ただ無残に切り裂かれている。

鋼の胸当ては内側から裂かれ、まるで缶詰の蓋のようだった。


錆びた血の跡が、床をべっとりと覆っていた。

濃厚で、粘つく絨毯のようだ。

その中には、何か白っぽくて、チーズのようなものが混ざっている。


あちこちに武器の破片が散乱していた。

折れた剣。

砕けた盾。

そこには、かつての紋章が、今は意味を失って刻まれている。


だが、最悪だったのは兜だ。

ほとんどの兜には、まだ頭蓋骨が詰まっていた。

そして、どの眼窩からも、どの格子の隙間からも、毛むくじゃらで太った巨大なウジ虫がうごめいていた。


ウジ虫は這い出し、溢れ出し、最後の肉片を貪っていた。

黒光りするハエの群れが、その饗宴を覆うように飛び交う。

生き物のような、蠢く毛布を作り上げていた。


あの羽音は、この腐敗の饗宴から発せられていたのだ。


ブラリックは顔をしかめた。

喉に詰まった塊を、必死で飲み込む。


エリサ姉妹は凍りついたように立ち尽くしていた。

唇が無言で祈りの言葉をつぶやく。

骨よりも白い指が、聖印を握り潰す勢いで締め付けていた。


ミライは顔を背け、うつむいた。

吐き気をこらえるように、肩が小さく震えている。


だが、カイレルとアイレラだけは違った。

冷ややかで、学術的な興味を湛えた目。

彼らはその悍ましい光景を、まるで標本を観察するように見つめていた。


カイレルは身をかがめた。

ブーツのつま先で、ひっくり返った頭蓋骨を軽くつつく。

そこから、十数匹のウジ虫がどろりとこぼれ落ちた。


「シルバーランクか」

彼は無関心な口調で言った。

「ギルド、最近ずいぶん甘くなってるな。この惨状を見ろよ」


彼は骨ばった指を伸ばし、数体のスケルトンを指さした。

それらは、未だ長大な両手剣を握りしめていた。

一振りの剣は、床と天井の岩の間に突き刺さっている。

まるで持ち主が狭い空間で振り回そうとして、永遠にその場に固定されたかのようだ。


「馬鹿ども。傲慢な間抜けの集まりだ」

カイレルの声には、軽い軽蔑が滲んでいた。


「狭い地下トンネルに、まるで広場の閲兵式にでも出るような装備で突っ込んでくるなんて。

こんな長剣じゃ、振り回せない。

狭い場所で素早く突くなんて、なおさら無理だ。

ここじゃ短剣やナイフ、せいぜい手斧が必要だったのに。

だがいや、彼らは『英雄』だからな。

どうしてもデカくてピカピカのおもちゃが欲しかったんだろうよ」


「ああ、なんて分かりきった展開だ」

カイレルが吐き捨てる。

「いつも笑えるよ、他人の傲慢さが自分たちの墓の肥やしになる瞬間ってさ。

まぁ、肥やしとしては上等な出来だな」


彼は背を伸ばした。

マントを軽く振り、まるで存在しない埃を払う仕草。

「遊びは終わりだ。このウジウジした雰囲気、だんだんイラついてきた。アイレラ」


彼女は即座に振り返った。

手のひらの紫の炎が、命令を待つように揺らめく。


「ここに巣食う連中を全部叩き起こせ。

地上に追い出してやれ。

メイントンネルに一発、強烈なのをぶちかませ。

もうこの黒い腸みたいな場所を這いずるのはうんざりだ」


「了解」

アイレラの声は短く、鋭い。


彼女は下へと続く黒い奈落のトンネルに向き直った。

手のひらの紫の炎が、一瞬にして消える。

その瞬間、すべてが完全な闇に飲み込まれた。


次の瞬間――

彼女の両手に、目がくらむような白いエネルギーの球が凝縮した。

強大な魔力が空気を震わせる。

まるで暖炉の煙突を吹き抜ける嵐のような唸りが響き渡った。


ウジ虫がキーキーと鳴き、

ハエの群れが慌てて飛び散った。


「小出力の炎軸」


それは単なる炎の攻撃ではなかった。

純粋なプラズマエネルギーの集中光線。

第五の魔法円の技。

岩石すら蒸発させる、圧倒的な力だ。


光線は音もなく闇を貫いた。

そして、トンネルの奥で――

轟音が炸裂した。


すさまじい熱波が鉱山を駆け抜ける。

壁を焦がし、有機物を一瞬で灰に変えた。


崩落の轟き。

目覚めたモンスターの咆哮。

無数の得体の知れない音が奥から響き合い、

鉱山が生き返ったかのようにうごめいた。


爆発の余波で舞った埃が床に触れる前に、

アイレラはすでに次の動作に移っていた。

彼女の指が空中に複雑なルーンを描く。

周囲の空間が、微かに震えた。


「集団転移」

第六の魔法円。


世界が一瞬、縮こまった。

そして、再び広がる。


鉱山の息苦しい閉塞感は消え、

岩の尾根を吹き抜ける冷たい風に変わっていた。


彼らはそこに立っていた。

数分前、「鋼の牙」と話していたあの場所に。


地下、鉱山の入口の黒い穴から、

濃い煙がもうもうと立ち上った。


そこからすでに、

怒りに満ちたうなり声が響いてくる。

爪が石を引っかく、

キリキリとした不快な音がこだました。


カイレルは腕を組み、

退屈そうな劇の監督のような目つきでそれを見つめた。


「上出来だ」

彼の声には、どこか楽しげな響きがあった。


「さて、一番面白いパートだ——

どんな獲物を巣から追い出したのか、見せてもらうか。

せめて俺の時間を無駄にしない程度の相手だと良いんだがな」


親愛なる読者の皆さん!


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冒険を続けるための最高の応援です。


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