107 無限の闇への招待状
霧がまるで生き物みたいに、渋々太陽に押し退けられる。
谷に広がる戦場の惨状がバッチリ見えた。
ゴブリンの死体がゴロゴロ転がり、地面は血と泥のドロドロ沼。
ふらっと見かけた奴なら、「すげえ! 英雄の勝利!」なんて感動するかもな。
でもさ、実際はただのルーチンワーク。
雑草抜くのと変わんねえよ。
まあ、雑草がベトベトの血撒き散らすことなんてないけどな!
「上から見ると、めっちゃ迫力あるよな!」
仲間の一人がニヤッと笑う。
「地元の奴、俺たちの『強さ』にビビるぜ、絶対!」
ハハ、確かに。
でも本当の仕事はここからだ。
岩だらけの斜面を登る。
風がビュービュー吹き荒れる。
まるで山が「来んなよ!」って拒んでるみたい。
ボロボロの雲が裂けて、今回のターゲットが見えた。
クラルガンドの古い要塞の廃墟だ。
かつて「難攻不落」だったアーチは、
今じゃ巨人の折れた牙みたいにポツンと突き出してる。
その奥に、黒い坑道の口がデカく開いてる。
光をガッツリ飲み込む、ヤバい雰囲気。
漂ってくるのは、古い埃と湿った石の匂い。
……それと、なんか金属っぽい臭いも?
カイレルの赤い目が、冷たく周囲をキッと睨む。
黒い手袋の手が鋭く上がった。
「止まれ。」
感情ゼロの声。風が一瞬で呑み込む。
でも仲間はピタッと停止。
敬意? ちげえ。本能だ。
こいつ、いつも一歩先を見てる。
アイレラの暗い仮面は影に溶け込む。
斜面の下をじっと見下ろす。
まるで飛びかかる前の獣。動かねえ。
「見て。」
葉擦れより静かな囁き。カイレルには聞こえた。
廃墟の下、陽の当たらない死の領域。
そこに打ち捨てられたキャンプ。
ヤバい光景だ。
傾いたテント、ひっくり返った鍋。
ドロドロの残飯がこびりついてる。
黒焦げの焚き火跡。
まだ熾火がチラチラ、細い煙が揺らめく。
まるで罪人の魂みたいだ。
「足跡、めっちゃ新しい。」
エルフの追跡者、リアナリスがしゃがむ。
細い指が湾曲ナイフの柄に触れる。
先祖の魔法で研ぎ澄まされた感覚。
見えないものすら捉える。
「でも……人間の気配、ゼロ。
誰もいねえ。死体もねえ。」
ブラリック、ボロボロの胸当てを着込んだ屈強な戦士が、額をギュッとしかめる。
戦場慣れした目が、暗い坑道の入口を鋭く捉えた。
「パニックで逃げたか……それとも強制的に追い出されたか。
どっちにしろ、クソくらえな話だな。」
ミライのリュートが、陽気なメロディを無理やり絞り出そうとする。
でも、風が音をブチ壊し、情けない「ピンッ!」に変えた。
シスター・エリサは聖印をギュッと握り、光の女神に祈りを囁く。
顔は真っ青、ガタガタ震えてる。
「ハッ、祈りかよ。マジで心温まるな!」
カイレルの内心がチクリと笑う。
「本気で偉大な存在が、こんなちっぽけな俺たちを助けるって信じてんのか?
暗闇で遊ぶ子供みたいだ。
ベッドの下に本物の怪物がいるのに、気づかねえでさ。」
カイレルは剣の刃にゆっくり指を這わせる。
唇に、なんか楽しげな薄い笑み。
でもその目は、氷みたいに冷たい。
「どうやら、俺たちより先に雇われた『幸運な連中』を見つけたみたいだな。
あのキャンプの惨状からして、奴らの訪問……超失礼だったっぽいな。」
彼は首を振って、仲間に向き直る。
赤い瞳が、蛇みたいに細まる。
「面白い疑問だよな?
依頼主にとって、どっちが高くつく?
仕事ミスった最初のバカどもか、
それともその尻拭いする俺たちか?」
アイレラが小さく頷く。
霧の滴が仮面でキラッと光る。
まるで盲目の目の輝きだ。
「誰かまだあそこにいるかも。」
声は氷みたいに冷たい。
「警告か……それとも囮か。」
その瞬間、風の唸りがピタッと止まる。
山が息を潜め、耳を傾けてるみたい。
静寂の中、坑道の奥から音が響く。
声じゃない。唸り声でもない。
石が擦れる、乾いた機械音。
スッ、スッ、スッ……
リズミカルで、一定。
まるで骸骨の数珠を弄ぶ指か、
山の心臓で歯車が回る音。
「ハッ、家の主人がご挨拶だぜ。」
カイレルの内心がニヤリと笑う。
「なんて親切な奴。
そろそろ自己紹介の時間だな!」
カイレルは暗い入口に顔を向ける。
唇の笑みがさらに広がる。
不気味なくらい不自然だ。
「やっと面白くなってきた。
準備しろよ。
奥深くへの観光ツアーが待ってるぜ。」
その楽しげな口調。
仲間たちの青ざめた顔とは真逆。
もう気づいてる。
本当の危険は谷間じゃねえ。
ここだ。
山の石の抱擁の中。
軋む鋼が囁く場所。
その囁きが約束するのは——
果てしない闇だけ。




