105 「最強の冒険者団」
折れた角の朝
酒場「折れた角」は、夜を名残惜しむようにゆっくり目を覚ます。
焼きたてのパンと燻製肉の香りが、昨夜の暖炉の煙を少しずつ押し退けていく。
窓の外では港が騒がしい。
鍛冶屋の金槌の音、商人の叫び声、荷車のキーキー音。
カイレルが最初に降りてきた。
髪は少し乱れているが、足取りは堂々としている。
奥のテーブルにはアイレラ。
いつもの仮面で表情は隠れ、
目の前には熱いハーブティーのマグ。
湯気が銀色に揺らめいていた。
そこへ、ブラリク・ストーンヴィルがブツブツ文句を言いながら割り込んできた。
「依頼人が報酬で嘘ついてたら、そいつのドア持って帰るからな」
「ドアだけ?」
ミライがマントを羽織りながら、だるそうにからかう。
「お前、軟弱になったな」
リアナリスは影のように静かに座っている。
だが、その目は鋭い。
「カイレル、何が待ってる?
鉱山、ただごとじゃないって言ってたよね」
カイレルはギルドの羊皮紙を広げた。
「南の鉱山だ。現地はもう入口を封鎖してる。けど……何かが出てきてる」
銀等級のチームは誰も引き受けなかった。
「だからアダマント級の俺たちに高額報酬ってわけ」
彼は淡々と付け加える。
アイレラはハーブティーを一口。
「つまり、ただのモンスターじゃない。もっと賢い何かだ」
「で、いつものように保証はゼロ」
ミライが楽器の弦を弾く。
隣のテーブルがビクッと揺れた。
「朝から俺たちをハナから諦めてる感じ、嫌いじゃないぜ」
「装備は二重チェックだ」
カイレルが言った。
「地下通路用の物資、松明、対魔法のアミュレット。
もしただの獣じゃなかったら、即興で戦うしかない」
ブラリクが頷いて立ち上がる。
「鍛冶屋に行くぜ。俺のハンマー、あの化け物に会う時ピカピカにしてやる」
アイレラも立ち上がり、カイレルに視線を投げた。
「追加の封印符も用意する。
石の下に何が潜んでるか、誰にも分からないからね」
太陽が顔を出し始めたばかりなのに、港の通りはもう騒がしい。
塩の値段で揉める商人、
路地裏で目を覚ます浮浪者、
夜の衛兵と交代する警備隊。
カイレルは先頭を歩く。
長旅に慣れた自信たっぷりの足取りだ。
アイレラは少し後ろ。
黒いマントが石畳を滑り、まるで壁から離れた影のよう。
ミライは短いメロディーを口笛で吹く。
ポケットの中で短剣がチリンと鳴るリズムを刻む。
リアナリスは音もなく進む。
視線は屋根のわずかな動きも逃さない。
ブラリクは最後尾。
大きな足音でドスドス歩き、
朝日を浴びてハンマーが銅色にキラリ。
広場の泉のそばに、五人の影。
濃紺のマントに金のユリが刺繍されている。
マントの下には胸当ての輪郭。
剣は自由に下がっているが、柄には最近研いだ跡がある。
彼らが現れると、商人たちの声がひそやかに。
傭兵じゃない、レレント家の騎士だ。
中央の男が一歩進み出る。
黒髪に白い筋、背は高い。
鉛色の目、ゆっくりとした自信ある仕草。
「アダマント級『夜明けの影』か?」
声は張り詰めた弦のように響く。
カイレルは軽く首をかしげた。
「誰が聞いてるかによるな」
「レレント家のゲルモンド卿、公爵夫人の腹心だ」
男はわずかにアイレラへ頷く。
「やっと会えた。首都でも噂の連中だな」
カイレルは答えず、
アイレラの仮面越しの視線が騎士たちを滑る。
その短い沈黙に、近くの商人がゾクッと身震いした。
ゲルモンドが手を上げると、
部下が真鍮の留め具がついた小さな箱を持ってくる。
カチッと錠が開く。
中には金のコインが詰まった袋が、柔らかく光る。
「前金だ。残りは完了後」
カイレルは中身に目もくれず、言った。
「詳細を」
ゲルモンドは一瞬黙る。
周りの耳を気にするように、低く口を開く。
「南の鉱山。最初は小さな落盤だった。
それから労働者が消えた。
銀等級のチームが三つ行ったが……帰ってこなかった」
最後の言葉に力を込める。
「深いところに、古代の何かがあると疑ってる。それが全てだ」
アイレラが静かに尋ねる。
「なぜ軍を送らない?」
「公爵夫人はパニックを嫌う」
ゲルモンドの口調は、まるで「パニック」がどんな怪物より危険だと言わんばかりだ。
「君たちは……目立たず問題を解決するって評判だ」
金貨の袋が、二人を隔てる石の上にそっと置かれる。
カイレルは身を屈め、軽く重さを確かめた。
「半分は口止め料だ」
ゲルモンドが続ける。
「残りは結果に対する報酬」
アイレラの仮面の下で、かすかな笑い声。
「誰も引き受けない仕事にしては、気前がいいね」
ゲルモンドは彼女の――仮面越しの――視線と向き合う。
「だからこそ気前がいい」
カイレルが背を伸ばす。
「条件は一つ。完全な自由だ。尾行も、上からの命令もなし」
「了解した」
ゲルモンドが頷く。
「我々が欲しいのは、結果だけだ」
ゲルモンドが短く口笛を吹く。
騎士たちがすぐさま密集し、青い五人組は市場の群衆に溶け込む。
後にはコインの軽い音と、野次馬の緊張した囁きだけが残る。
アイレラが冷たい真鍮の箱の縁を指でなぞる。
「ねえ、カイレル……俺たちが狩るのは、怪物? それとも彼らの秘密?」
カイレルは空を見上げる。
公爵の騎士たちの影が雲に消える。
「現地で分かるさ」
彼は箱を軽々と持ち上げる。
まるでパンが詰まった革袋のようだ。
アイレラに振り返る。
「さあ、俺たちが何者か、世界にまた見せつけるぞ」
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