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第9話

 


 ――――5級ダンジョン"シンデン"のボスゾーン



「ファストスライムはとにかく速いから初動をよく見るように」


 俺は戦闘開始前に教えたことを復唱する。



 ボスゾーンの主、ファストスライム。

 平均的な成人男性よりも一回り大きい半透明の粘性物質の塊。

 その不定形の体内をを動かしている赤黒い核が透けて見えている。



「身を縮めたッ! くるよ!」



 3人へ予兆のタイミングを伝える。


「うっす! 俺が受け止めます!」


 阿木都くんが大盾を構え、闘気を纏う。

 全身の筋肉という筋肉が膨らみ、青筋が浮かび上がる。



「――――支援魔術"風結界"ッ!」



 魔力が術式の燃料となり、風を起こす。

 肉眼で捉えられない風が阿木都くんの前で集中し、不可視の壁が出来上がる。




 ――――轟音




 石造りの床を抉り飛ばすほどの重量と速度を以てファストスライムがその巨体を射出。


 "風結界"へ突撃したファストスライムの身体が歪み、勢いを殺していく。

 だが、それでも勢いは殺しきれずに風の壁を貫通し、阿木都くんへ迫る。


「これなら……問題なしっ!」


 大盾と激突。

 少しだけ阿木都くんの身体が後退するものの、完全にファストスライムの一撃を受け止めた。


「2人ともよろしくっす!」


 こくりと俺と竜胆さんは頷き、攻撃を仕掛けに行く。

 竜胆さんがナイフを投げ、すぐさま魔術を使用。


「……"アクセル""アクセル""アクセル"」


 投げナイフに加速魔術が付与され、核へ高速で向かっていく。


 俺以外の3人の表情が仕留めたと言わんばかりに輝く。

 しかし、そううまくはいかない。


 字面だけならたしかにここでファストスライムを倒せそうだ。

 投擲中の物質に加速魔術を付与できる探索者はあまり多くはない。将来有望な探索者であることは間違いない。

 ただ、現時点では5級。

 5級探索者の肉体から放たれた投擲物の元々の速度はどれほどだろうか。どれだけの威力が出せるのか。


「こいつはそれだけじゃ倒せないっ! 集中!」


 大声で3人へ呼びかける。

 その時、投擲したナイフがファストスライムへ命中。


 命中したナイフは核まで届かず、途中で止まる。


(まずいな。竜胆さんの位置は)


 敵の身体が蠢き、()()()()の予備動作を開始。


(阿木都くんは大盾で防げるが、竜胆さんは間違いなく()()当たる。

 なるべく3人で倒しきれるように動こうと思っていたが、今回は仕方ない)


 全身の細胞にまで闘気を巡らせるように意識し、更に闘気の質を引き上げる。


 腿、脚の肉という肉が躍動。

 纏う闘気は紅蓮のような赤から煌めきを放つ黄色へ。




 ――――電光石火




 視界内の全てが一瞬で過ぎ去り、瞼を瞬かせる前に敵の元へ到達。

 全体重、慣性を駆使した飛蹴りを放つ。


 足裏が敵の身体に触れる。

 粘性を帯びた体質ゆえに減速する――――


 否


 止まることはなかった。



「すぅ――――ふうっ!」



 俺は大きく深呼吸をした。


 敵はどうしたか。

 そんな余裕があるのか。


 右手に持ったモノを握り砕く。

 硝子が割れたような音とともに砕け散ったソレはかつてファストスライムの核と呼ばれたものであった。


「いやはや、狙いが甘くて核を蹴り砕くつもりが外しちゃったよ」


「「「……」」」


 3人が口をぽっかりと開けた顔でこちらを見ている。


「ど、どうしたの3人とも」


「カンちゃん、顔が」

「……イケメンだ」

「かっけぇっす」


 顔?

 デバイスを取り出し、鏡機能で自分の顔を映す。


「あ、ああ~これかあ」


 俺は静かに闘気を収め、意識を戦闘態勢から平常時へ切り替える。


「極度に戦意が高まると昔からこうなるんだよねえ。

 最近は"闘気の変質"なんてやってなかったから忘れてたよ~」


 3人を落ち着かせるよう、緩い感じに苦笑い。


「ちょっと私、ドキってしちゃった」

「……ギャップ、かな」


 女子2人が俺の頭を撫で始める。

 最近は小さい女の子の風貌をしていると撫でられるような風潮でもあったりするのだろうか。


 一方、阿木都くんが真剣な面持ちでこちらを見ている


「寛治さん、さっきの"闘気の変質"。どこまでできるんすか……?」

「白まで」

「……マジすか」

「マジだよ~、すんごい疲れるけどね」


 話のキリがいいところで、皆にダンジョンから出るように促す。

















 帰りの道中、朝霧さんが控えめに小声で話しかけてきた。


「カンちゃんって、やっぱり準2級なんだなって改めて思った」

「うん?」

「あの時、ファストスライムを私達だけに倒させようとワンテンポ遅れて動いてたよね」

「……そうだね」


 気づいていたのか。


「リンちゃんのナイフが刺さった時、私見えてたの。敵が私に向けて何かを放とうとしてたのを」

「本当によく見ているね」

「あの時に思い出したの、ファストスライムの特性。核に対して危険が及ぶと毒を持つ粘弾を撃つって。

 標的は――――リンちゃん、だったんでしょ?」


「そう、あの距離で彼女が狙われれば3つの粘弾が命中していたのは間違いない。

 "空間の魔眼"を持ってしてもだ。死にはしないが、激痛に苛まれる可能性を考慮して動いたワケだね」


 朝霧さんは額に手をあて、「はぁーっ」と長いため息をつく。


「……教習所で成績が良かったからって、実戦を甘く見てた。

 もっと勉強して皆を守れるようにならないとだね。それと――――」


 俺たち2人の前を歩いている竜胆さんと阿木都くんの元へ朝霧さんが駆け寄り、真ん中から肩に腕を回した。


「うぉっと」

「……なに」


「2人とも、私達ももっと頑張ろう! カンちゃんと同じくらい……いや、特級になれるくらいに!」


 彼女の向日葵のような溌剌とした笑顔を向けられた2人は驚いていたが、控えめながらに笑顔を向け、


「うっす!」

「……特級は言い過ぎ、でもそれぐらいの心意気でってことね」


「うう~、リンちゃん冷静過ぎぃ」

「……貴女は感情に左右され過ぎ。…………ま、そういうところがいいんでしょうけど」

「最後よく聞こえなかったよ? リンちゃん」

「……なんでもない」

「ええ~、うそだぁ」

「……うざ絡みはやめなさい」


 竜胆さんは恥ずかしさからなのか、頬をほんのりと朱に染める。


「リンちゃんかわいいーっ!」

「……暑苦しい」




「仲良いっすね、あの2人」

「だねえ」

「寛治さんは混ざらないんすか」

「おっさんが挟まったら過激派にやられちゃうよ」

「過激派……?」


 どうやら彼は純粋な男の子のようだ。これ以上は変なことを言わないようにしよう。


「いんや、気にしなくていいよ~」

「そうすか。あ、後で"闘気の変質"について感覚とか教えてほしいんですけど」

「おっけ~」

「あざす」


 やはり男同士のほうが会話しやすい。

 女の子特有のノリはちょっとおじさん的に不慣れなのだ。



 俺たちは無事、5級ダンジョン"シンデン"の攻略を終えた。




 そしてダンジョンの前には新人に囲まれ、延々とサインをせがまれる舞夜の姿があった。お疲れさん。










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