第2話
【とりあえず服をだな……】
【これはまた珍しいもんを引いちゃったねえ】
【あーっと、投げテム機能は……ロック中かい!】
【おっさーん】
【投げテム機能だけ解除しなさい】
「投げテム機能ってどうやるの?」
投げテム機能。
正式名称は"ダンジョンギフトチャット"。
配信者へアイテムを送ることができ、その際に派手なチャットを書き込むことができる機能だ。
アイテム以外にも魔術適性のある人であれば、配信プラットフォームの公式対応魔術リストから選んで支援魔術を送ることもできる。
【このおっさんはもう~~~】
【なんてことだ、こいつは古きおっさんだった】
【配信機材の"ダンジョン撮影ビットくん"のタッチパネルでメニューを開こうか】
「メニューね」
俺はタッチパネル上にあるメニューボタンを押す。
「次は……ギフト機能?」
【そうそれ】
【押せぇ!】
【そこ押したら"ダンジョンギフトチャット"の横にある解除をポチッと】
「えーっと、これか」
解除ボタンを押した途端、配信機材からアイテムが排出される。
【子どもの頃の服送っといた、男物だけど】
【念のため結界の支援魔術かけといた】
【つか男物送ったのか】
【女の子だぞ!】
【いやおっさんでしょう】
【緊急自体なんだからサイズ合えばオッケーっしょ】
【たしかに】
「ありがとうねえ。ちょっと着替えるから機材むこう向かせとく」
ダンジョン配信用のプラットフォームの規制はかなり緩いが、アカウント停止が怖いので映らないようにする。
視聴者からいただいた子供服。
これは素材的にダンジョン産の糸でできた丈夫な代物のようだ。
一般的に市販されている服にダンジョン産の素材が使われることは少ない。恐らく家族が探索者なのだろう。
「着替え終わりました。あと支援魔術もありがとうねえ~」
【お、サイズぴったり】
【意外に似合うじゃん】
【後は救援を待つだけか】
【下手に動いても危険だからね】
【そういえばボスの復活時間は大丈夫かい?】
「あ」
【……】
【おっと?】
【お?】
【えー、残り7分ですね】
【マァジすか】
【マジデス】
【どんくらいで救援くるんだっけ】
【15分】
「間に合わないねえ……ちなみに気づいちゃったんだけど」
俺は戦闘時の構えをとり、軽くアッシュタウロスとの戦いで使った技を繰り返す。
動きはそれっぽいが、問題はその速度と体重。
「めっちゃパンチが軽いんだなこれが」
【コヒュッ】
【じゃ、弱体化】
【見た目相応になっちゃったのか】
【これじゃ逆に捻り潰されちゃう】
【かといってボスゾーンから離れてもリザードだらけ……】
【……詰みです】
「支援魔術もあるしなんとか凌いでみよう。
かろうじて4級相当の闘気も残ってるみたいだし」
【そうか、おっさん魔術使えないタイプだからあるのか】
【すっかり忘れてたぜ!】
【いや魔力か闘気無かったら探索者ライセンス取得できないんで……】
【どっちも無い人のほうが希少だしな】
【4級相当じゃ雀の涙くらいしか変わらないのだ】
【なんてことを……】
探索者ライセンスを取得する際に必要な最低限の条件がある。
それが魔力と闘気という2つの要素。
この2つのどちらかさえあれば試験を受けることができる。
俺の場合は魔術適性にあたる魔力が無かったため、闘気によって受験資格を得ている。
魔力と闘気はどちらもダンジョン内で倒した異生物の質や量によって強化されていく。
この2つの力の総量を計測し、探索者の等級とは別に"~級相当"というアピールポイントとして公式プロフィールに登録ができる。
長年にわたって探索者を生業にしている者の中には感覚的に~級相当か分かる者もいる。
自身も一応、分かる者の中に含まれている。
「この身体には全然慣れてないけど、逃げ切るだけならなんとか頑張れそうだ」
【おっさん……】
【残り1分】
【無慈悲なカウントダウン】
【支援魔術は任せろ!】
【よっしゃ俺も支援魔術で助力するぜ!】
【追加情報、2級探索者は酒を飲んだ後らしい】
【おい】
【急に不安要素出すのやめてくれ】
【残り10秒】
「……ゥゥ゙」
よく見慣れたはずのソイツは一回り大きく見えた。
今の身体が小さいからだろうか。
「……ヴォォオ……」
いやまて。
大きく見えるんじゃない。
「ヴゥォオオ"オ”――――ッッッ!!!」
本当にデカいんだ……ッ!
【ハァっ!?】
【でけぇ!】
【このタイミングで巨大種かよ!】
【運が悪いどころじゃねえぞ!】
【早く回避!】
大広間を振動させるほどの咆哮。
そして巨体を震わせ、真紅の眼光がこちらへ向けられる。
「――――疾いッ!」
アッシュタウロスは石の床が砕けるほど強く蹴り、凄まじい速度で迫る。
俺は床を蹴る瞬間を見極め、全力で横へ跳ぶ。
なるべく相手から目をそらさないようにし、一定の距離を保つように位置取る。
「タイミングさえ合わせれば問題ない!」
あらゆる身体能力が底上げされている巨大種だが、根本は通常のアッシュタウロスと同じ。
よく見慣れた突進。
筋肉の動きから予測可能な角による突き上げ。
背後をとった際、回すように振り抜かれる腕。
そのどれもが幾度となく経験してきたアッシュタウロスの行動。
【よしよぉおし!】
【いいぞいいぞ】
【あと3分で到着するってよ!】
【がんばれがんばれぇ!】
【気を抜かずに!】
【む?】
アッシュタウロスの攻撃が突如止む。
(息切れか? それにしては様子がおかしいような)
アッシュタウロスが大きく息を吸い込む。
全身の筋肉が膨れ上がり、心臓の如く脈打つ。
徐々に灰色から赤みを帯びていく体毛。
「――――まずいッ!」
以前見た異生物図鑑の巨大種の特徴を思い出した。
巨大種は原種と異なる攻撃方法をとることがある。
火竜種が氷のブレスを使う。
魔力を持たないはずの甲虫種が魔術を使う。
――――本来その臓器を持ち得ない種がブレスを使う……ッ!
瞬間、咆哮が放たれた。
灼熱と共に。
汗がどっと吹き出す。
全身が焼かれるような熱さ。
【お前ら氷結界使うぞ!】
【【【【了解ッ!】】】】
【支援魔術"氷結界"】
【支援魔術"氷結界"】
【支援魔術"氷結界"】
【支援魔術"氷結界"】
【支援魔術"氷結界"】
…………………………
……………………
………………
…………
……
(熱さがやわらぐ。みんなが支援魔術をかけてくれてるのか)
ほんの1分にも満たない攻防。
止めどなく吐かれ続ける灼熱と支援魔術。
意識が限界を迎えそうな時、何かに包まれた。
――――待たせちゃったね
――――もう大丈夫
「ここからは私に任せて」
灼熱が止む。