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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第4章 ペナントレース開幕編
98/207

第98話「奇跡を起こせる君のため」後編

 Tレックス、最後のバッターになるか? 

 それとも柴田の200勝と完全試合を阻止するか? 

 代打の切り札、藤川がバッターボックスに向かった。


 その頃、医務室では痛みを堪えて、柴田がモニターを見ていた。傍には妻。

「最後は藤川か……」

「藤川さんって、アンタと同期の人やろ?」

「ああ……」

 柴田はモニター越しに、打席に立つ藤川を見つめた。


 ……25年前。柴田が大阪レジスタンスに入団した年、藤川も東海レッドソックス(Tレックス)に入団した。

 藤川は一年目から外野手のレギュラーに定着し、チャンスに強いクラッチヒッターとして、その年の新人王を獲得した。

 その後もコンスタントに試合に出続け、五年前に2000本安打を達成したが、それ以降は代打起用が主な仕事場に変わった。

 藤川の主だったタイトルは新人王のみ。打者の名誉である2000本安打を放ったが、年齢を理由に球団は引退を勧告した。

 しかし、藤川は引退を受け入れなかった。「俺まだやれる」という意地から、代打で結果を出し続け、今日まで生き残ってきた。


 グラウンドでは藤川は右打席に入ると、大きく息を吐き出していた。

(柴田とは同期入団。妙にウマがあい、ふたりで切磋琢磨し、ここまでやってきた。柴田の200勝は達成させてやりたい……だが、それ以上に俺はこの場所を失いたくない。ここで同点打を打たなければ、俺がチームにいる価値はない)

 藤川はバットを握りしめると、マウンドのネネを睨んだ。

(柴田……悪いな。お前の200勝を祝ってやれなくて……勝つのは俺だ!)


 球場内は「あとひとり」の手拍子で盛り上がる。

 藤川のベテランとしての意地の圧がネネを襲うが、ネネはその圧を振り払うようかのように大きく振りかぶった。

(あとひとり、絶対に抑える!)

 しなる右腕から弾丸のような球が放たれる。北条の要求通り、外角低めに糸を引くようなストレートだ。


 ガキン!

 藤川はストレートを強振、打球がバックネットに突き刺さる。一球目はファールだ。


(やはりこの人、ストレートに強いな……)

 北条は藤川を改めて警戒する。


(女のくせに何て球だ……)

 一方で、藤川はネネのストレートの威力に驚いていた。前回対戦時とは雲泥の差の球威だったからだ。

 

 二球目、ネネのストレートが今度は内角高めを襲う。

 ガキン!

 打球は再びバックネットを直撃する。スピードガンは142キロを計測。


(よし、タイミングは合ってる……このスイングで問題ない)

藤川は速いストレートへの基本対応「イチ、ニ、サン、で振り抜く」バッティングを頭の中で反芻した。


 ツーストライクに追い込んだネネは北条からボールを受け取ると、サインを確認した。

(柴田さんの200勝は必ず達成させる!)

「あと一球」の手拍子に背を押され、ネネは大きく振りかぶった。


 バッターボックスの藤川は頭の中で、ストレートのタイミングを図っていた。

(来いよ……前と同じようにスタンドに叩き込んでやる……)

 ネネの右腕がしなり、ボールを放つのが見えた。藤川は内角のストレートを読んで、踏み込んだ。しかし……。


 予想に反して、ボールは藤川の肩に向かって飛んできた。

(う、うわ!)

 ストレートが抜けたと思い、藤川が避けようとした瞬間、スピンがかかったボールは鋭く弧を描いて急降下を始めた。


(し……しまった……! コイツにはストレートだけじゃない。変化球があった!)

 ネネが投じたのはライジングストレートではなく、ウイニングショット「懸河のドロップ」だった。

 ボールは藤川の肩口からストライクゾーンに落ちてくる。

(見逃せば三振、ゲームセットだ……!)

 藤川は執念でバットを出した。


 ガン!

 藤川が出したバットにボールが当たったが、当たり損ないで一塁線側にボールが転がった。フェアだ。藤川は一塁に向かい猛ダッシュをする。

 ボールはピッチャーとファーストの中途半端な位置に転がっている。内野安打も考えられる打球だ。


「オーライ!」

 ファーストの黒田がダッシュしてボールを捕りにいくが、その横を藤川が全力で一塁に走っていく。


「黒田さん!」

 ネネが藤川に並走しながら手を上げた。

「ネネ!」

 黒田はネネにボールをトス。ネネはボールを素手でキャッチすると、藤川を追いかけてファーストまで全力疾走した。ネネと藤川の競争だ。


 ネネはグングンと加速し、藤川の背中に追いつく。

「う……うおおおお!」

 藤川は一塁にヘッドスライディングを仕掛ける。しかし、それより早くネネは藤川の背中にタッチした。


 藤川は一塁ベースに倒れ込み、ネネは勢い余って、一塁ベース横をゴロゴロと転がった。


 観客たちは固唾を呑んでネネを見つめた。

 ネネはグラウンドに横たわっている。藤川にタッチをしているが、もしボールを離していたらセーフだ。


 しばしの沈黙の後、倒れていたネネが右手を高々と上げた。

 その手にはボールがしっかりと握られていた。


「アウトォ!」

 一塁塁審の手が上がる。スリーアウト、ゲームセットだ。


「や、やったあ──!」

 アウトのコールを聞いたネネは飛び上がって喜び、藤川は一塁ベースを叩き悔しがった。観客席やベンチからも大歓声が上がった。

 柴田→ネネのリレーで完全試合。そして、柴田は勝ち星がつき、ピッチャーの勲章である200勝を達成した。


 オーロラビジョンに『柴田投手、200勝おめでとう』の文字が浮かび上がり「お姉ちゃん、お姉ちゃん! ネネちゃんが抑えたよ! お父さんに勝ち星が付いたよ!」と優香が美優に抱きついた。

「羽柴さん……」

 美優は両手で口を押さえると、感極まって再び涙を流した。

(ありがとう、ありがとう……羽柴さん……)


「ネネちゃん、サイコ──!」

 ベンチに戻るネネに優香が声をかけると、ネネは照れ笑いをした。優香の隣では美優が頭を下げている。ネネは持っていたボールをスタンドに掲げた。

「美優ちゃん、優香ちゃん、お父さんの200勝のボールだよ!」

 ネネがニッコリと笑うと「羽柴さん……ありがとう……」と美優が笑顔で呟いて、ネネに頭を下げた。


「ネネ──!」

「よくやった、完全リレーだ!」

 ベンチに戻ってきたネネを由紀や皆が笑顔で出迎えた。

「監督! 柴田さんはまだ治療中ですか? 早くこのボールを渡してあげたいです!」

 ネネが今川監督に話しかける。

「あ、ああ……そうだな」


「柴田は大事を取って病院に行った。このボールは私が渡しておこう」

 そこに松井トレーナーが現れた。

「そうなんですか? じゃあ……」

 ネネは松井にボールを手渡した。

「羽柴、俺からも礼を言う。本当にありがとう」

 ボールを受け取った松井は深々と頭を下げた。

「え? あはは……全然いいですよ。それよりも松井さん、柴田さんは大丈夫なんですか?」


 松井は先程の柴田の姿を思い出していた。

 柴田はネネが藤川をアウトにするのを見届けた後、救急車で病院に向かった。

 もう、柴田がここに戻ることはない。だが、今のネネにそのことは告げられない。いや、告げてはならない……。


「ああ、大丈夫だよ」

 松井が微笑むのを見て、ネネはホッとした顔を見せた。


「放送席、放送席、聞こえますか──?」

 ドームではヒーローインタビューが始まろうとしていた。本来であれば200勝を挙げた柴田が選ばれるところだが、柴田がいないため、勝利打点を上げた勇次郎とセーブを上げたネネがお立ち台に選ばれた。


 まずは勇次郎がお立ち台に上がり、続いてネネが向かうことになった。ネネがベンチを出ようとすると、松井がネネに声をかけた。

「羽柴!」

 ネネは振り返った。

「柴田から伝言がある……」

「何ですか?」

 松井は大きく息を吸った。

「『野球……好きか?』って言ってたぞ!」

「はい! 私、野球が大好きです!」

 ネネはニッコリ笑うと、お立ち台に向かった。


 松井はお立ち台に向かうネネの背中を見つめながら、柴田の伝言を思い出していた。

『自分の引退は明日にでも発表されるが、その時、ネネは悲しむかもしれない。だからせめて今日だけは幸せな空間にいてほしい。そして、これからも野球を好きでいてほしい』

 それが柴田の最後の願いだった。


「羽柴、よくやったで──!」

 観客席からネネに声援が飛ぶ。松井はお立ち台に立つネネを見て涙を拭った。


 ネネは笑顔で観客席に手を振っていた。

 これにて、第四章「ペナントレース開幕編」完、となります。最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。

 第五章は「先発転向編」になります。

 面白い! と思ってくれたり、続きを読みたい! と思ってくれたら、ブックマークや評価等をしてもらえると励みになりますので、よろしくお願いします。

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