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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第4章 ペナントレース開幕編
97/207

第97話「奇跡を起こせる君のため」中編

 降板した柴田の代わりにネネの名前がコールされると、レジスタンスドームに歓声が響き渡った。


「一本でもヒットを打たれたら流れは変わる。ノーヒットで抑えてこい、頼むぞ、ネネ!」

 そして、ベンチ前で今川監督がネネに檄を飛ばす。

「はい!」

 ネネは屈伸をして身体をほぐした。


 その頃、医務室にいる柴田は自分の代わりにネネがマウンドに上がることをアナウンスで知った。

「そうか……ネネが投げるか……」

(悪いな、ネネ、こんな状況で投げさせてしまって……)

 柴田は眉間にシワを寄せると目を閉じた。


「アンタの……アンタの200勝はあの娘に委ねられたわけやね……」

 柴田の傍らでは妻が顔を覆い、涙を流していた。

「ああ……」

 200勝は達成したい。だが、柴田には、それ以上に心残りがあった。


「……したかったなあ」

「え?」

「このチームで……優勝したかったなあ……最後にもう一度……」

 そう言うと、柴田は涙をこぼした。


「お姉ちゃん、見て! ネネちゃんだよ! お父さんの代わりにネネちゃんが投げるよ!」

 一方、スタンドではネネの姿を見て、優香が声を上げていた。

「ネネちゃん、頑張れ──!」

 ネネの登板に優香は元気を取り戻し、声援を送った。しかし、優香とは対照的に、美優はベンチから出たネネの背中をうつろな目で見つめていた。

(は、羽柴さん……お願い……抑えて……そうじゃないと、お父さんが可哀想……)


 美優は席から立ち上がると、フラフラと通路に出て最前線のネットにしがみついた。

「お、お姉ちゃん……?」

 優香が驚いた顔をした。ビピ──ッ! と笛を鳴らしながら警備員が飛んでくる。


「は、羽柴さん!」

 ネットにしがみついた美優はネネに向かって大声を出した。名前を呼ばれたネネはスタンドを振り返った。

「観戦中はネットをつかまないで!」

 警備員がそう言って、美優を引き離そうとする。


「羽柴さん……お願い……」

 ネネと目が合った美優は警備員に身体を捕まれながらも、必死でネネに呼びかけた。

「お父さんの……お父さんのためにも……」

『お父さんのためにも抑えて!』

 そう伝えたかった。しかし、言葉が詰まり、それ以上の言葉が出てこなかった。目に涙が浮かび視界が歪んだ。


 その時だ。ネネが美優に向かって右拳を突き出すのが見えた。

『大丈夫、任せて!』

 ネネの心の声が聞こえたような気がして、美優の目から涙がドッと溢れた。

「わ、わあああああ……!」

 警備員に身体を捕まれながら、美優はその場にしゃがみ込むと泣きじゃくった。


 そして、ネネはスタンドに背を向けると、ラインを越えてマウンドに向かった。マウンドには北条をはじめ内野陣が集まっている。

「ネネ、久しぶりの実戦だが、大丈夫だな?」

 北条が声を掛けてくる。

「はい!」

 スコアは1対0、完全試合続行中。柴田の200勝が掛かった試合。しかも相手は前回サヨナラ負けを食らったTレックス……。

 尋常ではないプレッシャーのはずだが、ネネの目には闘志という炎が宿っていた。


「北条さん……」

 ネネが北条に話しかけた。

「何だ?」

「柴田さんは……柴田さんは本当に軽傷なんですか?」

 その問い掛けに全員が固まった。

「皆さんは、柴田さんの怪我をここで見てますよね? 本当は重症だったんじゃ……?」 

 皆が何て言おうか、返答に困ったときだった。


「おい、お前は何しにここに来たんだよ」

 勇次郎が口を開いた。

「え?」

「お前はピッチャーだろう。今、お前がすべきことは何だ?」

 ネネはハッとした顔で、勇次郎を見つめた。

「お前がすべきことは、この回を抑えて柴田さんに勝ちを付ける。ただそれだけのことだろう?」

 勇次郎はネネを睨んだ。

「グラウンドに余計なことを持ち込むな。バッターを抑えることだけを考えろ」


(そうだ……心配なら、試合が終わってからいくらでもすればいい。私が今、すべきことは……この回を抑えることだ!)

「その通りだわ、ありがとう。勇次郎」

 ネネの目にもう迷いは一切なかった。


「……ったく、頼むぜ」

 ぶっきらぼうに言い放つ勇次郎を見て、ネネは少し腹が立った。

「フン……偉そうに。自分は試合前にキレイな女性といちゃついてたくせに……」

 すると、勇次郎の顔色が変わり「な……!」と呟いた。


「おいおい、何だよネネ、その美味しいネタはよ?」

 明智がニヤニヤしながら突っ込んでくる。

「この前のTレックス戦の前日、名古屋のホテルで女性と逢引きしてたんですよ」

 ネネがそう言うと、皆、ほう……という顔をした。

「やるじゃねえか、勇次郎、まさか遠征先のホテルに女を呼ぶとはよ」

「てか、お前、それ罰金ものだぞ」

 黒田や蜂須賀も面白そうに茶化してくる。

「ち……違いますよ! ダチの彼女とその友達とメシを食いに行っただけですよ!」

「本当かあ?」

「本当ですって! それに連絡先とか教えてないから、何もないですよ!」

 勇次郎がムキになって反論するので、皆、笑い、その様子がおかしくて、ネネもクスクス笑った。


「おいおい、リラックスするのはいいが、まだ試合中だぞ。まずはバッター集中、キッチリ三人で締めるぞ」

 北条も笑いを堪えながら会話を締めると、皆、真顔に戻って頷いた。


 内野陣はネネを残して各々のポジションに散っていく。

 サードのポジションに戻る前に、勇次郎がネネを見て睨んできたので、ネネは笑いながら舌を出した。


 規定の投球練習を終えると、試合が再開された。Tレックスは代打攻撃を仕掛ける。

 Tレックスの近藤監督は選手たちに指示を与えていた。

「完全試合続行中で、ピッチャーは緊張しているはずだ。一本ヒットが出れば流れはこっちに変わる。まずは一本打つことだ。つけ込むなら今だ」と。


 だが、先程の会話でネネは程よくリラックスしていた。いつもと同じフォームでゆっくりと振りかぶる。

 左足が高く上がり、右足はヒールアップ。右腕を弓のようにしならせると、北条が指示した外角へストレートを投じた。


 糸を引くようなストレートが飛び、バッターが強振するが空振り。まずはストライクをひとつ奪う。


 久しぶりにネネのボールを受けた北条だったが、そのボールのキレと伸びに驚いていた。

(コイツ、今回の休養を経て、また進化しやがった。スピードガン表示は140キロだが、数字以上にストレートに伸びがある。何てヤツだよ……)

 北条はネネに返球しながら微笑んだ。


 二球目、ネネは再びストレートを投じる。コースは真ん中高め。

 バッターはバットを強振するが、ネネのストレートはホップするので、バットはボールの下を叩き、ボールはフラフラと一塁側ファールゾーンに舞い上がった。

 そのボールを黒田がしっかり捕って、まずはワンアウト。


 Tレックスは再び代打を送る。しかし、ネネはテンポよく投げ込み、バッターを1-2と追い込む。

 バッターがバットを短く持つのを見て、北条はドロップのサインを出す。

 ストレート狙いのバッターは「懸河のドロップ」にタイミングを外され、見逃し三振。

 これでツーアウトだ。スタンドからは歓声が上がる。


(す、すごい……!)

 そして、スタンドでは初めてネネのピッチングを生で見た美優が、その素晴らしさに惚れ惚れしていた。

(これが……これが、お父さんが認めた羽柴さんのピッチング……!)

 涙はいつの間にか止まっていた。

「ネネちゃん、すご──い!」

 隣では優香がメガホンを叩いて大喜びだ。


「ツーアウトォ!」

 ネネが指で「2」を作り、内野陣に声をかける。

(あとワンアウトだ。あとワンアウトで柴田さんの200勝が達成できる……!)


 しかし、Tレックスは柴田の200勝、そして、継投での完全試合を阻止すべく、最後の代打を送ってきた。


「代打のお知らせです。代打藤川、背番号4」

 先の対戦でネネからサヨナラホームランを打った藤川がベンチから現れた。





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