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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第4章 ペナントレース開幕編
95/207

第95話「前代未聞の快挙」

 午後六時、対Tレックス戦がプレイボール。

 始まりは静かな立ち上がりだった。柴田はベテランならではのピッチングで、丹念にコーナーを突き、初回を三者凡退で切り抜けた。


 ブルペンでは中継ぎ陣が待機していて、杉山コーチの指示で肩を作り出す予定だ。

 杉山コーチのプランは、柴田は五回が限度、球数100球前に交代、その後は継投に入る、というものだった。


(先発かあ……)

 ネネはブルペンに設置されているモニターで試合の様子を見ながら、先程の柴田との会話を思い出していた。

(先発なんて、今まで考えたこともなかった。女の自分がプロの世界でやっていくためには、毎日が無我夢中でそんな事、考えたこともなかった)

 中継ぎ、抑えが嫌なわけではないし、投げるポジションに優劣もないと思っている。

 しかし、柴田が自分を先発ピッチャーとして推薦してくれたように思えて、ネネは柴田の言葉が頭から離れなかった。


 柴田の先発に対して、Tレックスの先発は若きエースの小野だった。こちらも立ち上がりはよくレジスタンス打線を三者凡退に抑えた。


 43歳の柴田は途中でバテる。この試合はいかにレジスタンス打線が小野を攻略するかがカギだと思われていた。

 だが予想に反し、試合は淡々と進み、五回が終わった。


 ここで、ドームに詰めかけた観客は試合が異様な展開になっていることに気付いた。

 両チームのスコアはゼロ。しかも、両チームのヒットもゼロなのだ。

 Tレックス小野はふたつ四球を出しているが、レジスタンス柴田は四球はゼロ。ふたりともノーヒットピッチングだった。

 若く勢いがあるTレックスのエース小野がノーヒットなのは分かるが、まさか柴田もノーヒット。しかもパーフェクトに抑えているとは……。

 レジスタンスベンチも困惑している。柴田の替え時が難しくなったからだ。


 六回表のTレックスの攻撃も無得点。ベンチに引き上げる柴田に声援が飛ぶ。

「ナイスピッチング、パパ!」

 柴田妻と優香がメガホンを叩いて喜んでいる。

 また、試合が始まってからもスマホを触っていた美優だったが、父の予想外のピッチングを見て、いつしか父の姿を目で追いかけるようになっていた。

(ど、どうしちゃったの……? 今日のお父さん……)


「柴田さん、キレてますよ、今日のボール! 制球も完璧ですし!」

 レジスタンスベンチでは、キャッチャーの北条が柴田のピッチングを絶賛している。

「言っただろう、調子が良いって」

 柴田がタオルで汗をふきながらニヤッと笑った。


 その頃、今川監督は柴田の球数を確認していた。

(六回を投げ終えて、何と60球しか投げていないとは……まさに打たせてとるお手本のようなピッチングだ)


 ブルペンも柴田の好投で慌ただしくなる。

 杉山コーチは、肩を作っていた中継ぎ陣を休ませて、今度は三好とネネに肩を作るよう指示を出した。

(難しい……今日の柴田のピッチングは完璧だ。替え時が難しい……)

 杉山コーチも困惑している。


 六回裏、レジスタンスにヒットが出て、Tレックス小野のノーヒットピッチングは終わった。しかし、後が続かず、無得点。柴田は七回表のマウンドに向かう。


 今川監督は考えていた。

 一本ヒットを打たれたら、交代を考える、と。しかし、七回もわずか五球でツーアウトを取った。

 Tレックスの次のバッターは三番火野。

 火野は早打ちをせずに粘り、柴田に12球も投げさせた。

 カウントは3-2のフルカウント、柴田はアウトコースにフォークボールを投げ込むが、火野はその球をフルスイング。


 カキン! ライトに鋭い打球が飛ぶ。

 ヒットだ! 誰もがそう思った瞬間、レフト斎藤が前方に飛び、打球をダイビングキャッチした。

「わああああ!」

 斎藤のスーパープレイにドームが沸く。

 これで、スリーアウトチェンジ、柴田のパーフェクトは依然続行中だ。


「斎藤、助かった。ありがとう」

 柴田はベンチ前田で斎藤を待ち受けて、グラブを突き出した。

「あと二回です。頑張ってください」

 斎藤もグラブを突き出しタッチすると、柴田のピッチングを称えた。


 七回裏、レジスタンスの攻撃は無得点に終わり、八回表、Tレックスの攻撃が始まる。

 あと二回……ドームは異様な雰囲気に包まれた。


 この回、Tレックスのトップバッターは、ドミニカの怪人、四番マルチネス。

 しかし、柴田はこのマルチネスを手玉に取り、あっという間にツーストライクまで追い込む。

 そして、三球目。遊び球はなく、アウトローに143キロのストレートがズバン! と決まる。マルチネスのバットは動かない。

「ストライク! バッターアウト!」

 見逃し三振、マルチネスは審判に抗議するが、当然判定は覆らない。


(す、すごい……!)

 アウトローのボールをキャッチしたまま北条は身震いしていた。球のキレ、コース、全てが完璧なのだ。

(コレが43歳のピッチングかよ……)


 しかし、驚くのはまだ早かった。

 柴田は続く五番、六番も三振に取ったのだ。ここに来ての三者連続三振、しかも球数は、まだ86球……。そして、堂々のパーフェクトピッチングだ。


 パチパチパチ!

 八回を投げ終えてベンチに戻る柴田に家族は皆、拍手を送った。

「すごい! すごいよ、お父さん! 200勝がかかる試合でパーフェクトピッチングなんて!」

 優香は大興奮だ。


(ほ……本当にすごい!)

 美優も父のピッチングに釘付けになっていた。

(お父さん、頑張って……あと一回だよ)

 美優は両手を組んで、父のパーフェクトと200勝を祈った。


 実況席やネットニュースも大興奮。

 200勝を完全試合で決めるなんて前代未聞。また43歳での完全試合も史上初だからだ。


 完全試合まであと一回……。

 ベンチ内も異様な雰囲気に包まれたが、スコアは0対0のまま。このままでは柴田に勝ち星は付かない。そう思った時だ。


 カキ──ン!

 ドームに快音が響き渡った。勇次郎が小野のスライダーを叩いた音だった。

 スタンドの歓声に包まれ、高く舞い上がった打球はレフトスタンドで弾んだ。

 試合の均衡を破る勇次郎の一発が飛び出し、1対0とレジスタンスが勝ち越した。


 四番の一発にベンチはお祭り騒ぎ。全員が殊勲打の勇次郎を笑顔で出迎えた。

「ありがとう、勇次郎」

 柴田が勇次郎を出迎えると、勇次郎は少し照れくさそうな顔で柴田とグータッチを交わした。


 この勝ち越し弾に今川監督は腹を括った。『九回も柴田でいく!』と。

 その報告を聞いた杉山コーチはブルペンから投手陣を引き上げさせた。投手陣は歴史的瞬間を見るべく、ベンチに集まった。


 最後に肩を作っていたネネもベンチに急いだ。

(すごい……すごいよ! 柴田さん、本当に完投しちゃう!)


 そして一点リードのまま柴田は九回のマウンドに向かう。

「頼みます、柴田さん」

 今川監督が声をかけると、柴田はニッコリと笑った。

「はい、パーフェクトで決めてきます!」

「柴田さん、頑張ってください!」

 ベンチに集まった投手陣も勢揃いで柴田にエールを送った。

「おう!」

 柴田は笑顔でベンチを出た。


 柴田がベンチを出ると、スタンドから大声援が飛んだ。

「パパ、あと一回だよ──!」

 ベンチ上、一塁側スタンドから柴田の妻が大声で声援を送った。

「パパ、頑張って──!」

 優香もメガホンを叩きエールを送る。


(お父さん……)

 美優はじっと父の背中、背番号11を見つめていたが、意を決して大声で叫んだ。

「お……お父さん、がんばれ──!」


 柴田は美優の声を聞いて振り返ると美優と目が合った。柴田はニッコリ微笑むと、右腕を高々と上げた。


 美優はそんな父の姿を見て、自分が恥ずかしくなった。

 父はずっと待っていたのだ、自分からの声援を……それなのに自分は羽柴寧々に嫉妬して、ずっと冷たい態度をとっていた。

(……ゴメンなさい、お父さん)

 美優はマウンドに向かう父を見つめ、そして心に決めた。

(この試合が終わったら、お父さんに今までのことを謝ろう。いやお父さんだけじゃない。羽柴さんにも謝ろう。そして祝福するんだ。お父さんの200勝を……)


 一方、Tレックスは完全試合を阻止するため代打の準備を始めた。切り札の藤川はベンチ裏で黙々とバットを振っていた。


 九回表のマウンドに上がった柴田は満ち足りていた。

(ここまで投げて、肩もヒジも痛くない。今日はすべてが最高の日だ。ストレート、変化球もキレがある。コントロールも抜群だ。そして何より……今まで距離を取っていた美優が応援してくれた……)


 完全試合パーフェクトまで、あと三人。200勝まで、あと三人だ。

(プロ入りして25年、何のタイトルもない自分に巡ってきた最後のチャンス……絶対に決めてみせる!)


 柴田はいつも通り振りかぶった。左足を踏み込み、右腕をしならせる。その時だった──。


『ブチッ』


 柴田の頭の中に聞いたことがない音が響いた。

(な、何だ!?)

 次の瞬間、柴田は踏み込んだ左足の感覚が無くなるのを感じた。

 目の前の景色が反転した。自分の身体がグラウンドに叩きつけられるのを感じた。


 何が起こったのか、全く分からず、柴田は空を見上げていた。目の前にはドームの天井が見えた。


 そして……レジスタンスドームに、悲鳴が響き渡った。



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