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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第4章 ペナントレース開幕編
94/207

第94話「最後の200勝ピッチャー」

 5月10日金曜日、この日は朝から雨だった。試合開始は午後六時、柴田はいつも通りのルーティーンで午前十時に目を覚ました。


 ベッドの上で柴田は自分の身体の異変に気付いた。身体の痛みが全くないのだ。肩もヒジも腰も……しかも、熟睡して頭もスッキリしている。

(いつ以来だろう……こんなによく寝たのは?)


 まれに見るコンディションの良さに驚き、台所に行くと妻が料理を準備していた。験担ぎで登板日にはカツが必ず食卓に並ぶ。

「今日、来るんだろ?」

「うん、美優と優香の三人で行くわ」

 美優と優香は学校に行っている。食事をしながら、妻と何気ない会話を交わした後は十二時に自宅を出た。


「あ、柴田さん! 昨日はありがとうございました!」

 レジスタンスドームに着き、ユニフォームに着替えてグラウンドに出ると、ネネが真っ先に駆け寄ってきて頭を下げてきた。

 柴田もニッコリ笑うと、ウォーミングアップを始めた。


 練習が終わると、トレーナーにマッサージをしてもらいにマッサージルームに行った。

 球団所属のトレーナーは、入団した時から柴田の身体を見てもらっている松井という初老の男性だ。


 松井は柴田の身体をマッサージしながら話しかける。

「今日、決めれるといいな」

『決める』とは、当然200勝のことだ。

「まあ、それよりチームの勝利だよ」

 人の好い柴田はそう答える。

(200勝……そりゃあできるなら、達成したい。だがそのせいで、三好、ネネ、ふたりのピッチャーが苦しんだ。できれば、もう誰も傷つけたくない……)


「しかし、お前がここまで来るとはなあ……」

 松井トレーナーが感慨深げに話す。

「特筆すべき武器もないのに、コツコツと勝ち星を積み上げ、選手生命を脅かす怪我もなく25年……大したモンだよ」

 そう、柴田はレジスタンスに高卒で入団して以来、25年投げ続けてきて、投手タイトルに縁は無いものの長期離脱の怪我もなかった。

「はは……」

 中6日のローテーションに分業制となった現在、今後200勝投手の誕生は難しく、柴田は最後の200勝投手かもしれない、と言われている。

 松井トレーナーはいつもと同じように黙々とマッサージを続けた。


 一方、グラウンドでは練習を終えて、ベンチに戻ろうとしたネネはスタンドから「ネネちゃん!」と声をかけられた。

 顔を上げると、一塁ベンチ真上の最前列に柴田家の三人がいた。柴田妻と妹の優香はレジスタンスのレプリカユニフォームを着ている。


「ネネちゃん、見て見て! コレ!」

 優香は立ち上がり、クルッと回って背中を見せた。優香のユニフォームの背中には「HASHIBA」「41」と、ネネのネームと背番号があった。

「パパのより、ネネちゃんのがいいそうや」

 柴田妻がケラケラ笑ったので、ネネは照れ笑いした。

「ホラ、アンタも挨拶しいや。ネネちゃんやで」

 柴田妻は姉の美優に話しかけた。しかし、美優はスマホを触っていて、上目遣いでネネをチラッと見ると、すぐにスマホに目を落とした。

「全く……ゴメンなあ、ネネちゃん。カンジ悪くて……」

 柴田妻が謝るが、ネネは「いえいえ」と言い、美優に話しかけた。

「美優ちゃん、私、今日投げることがあれば絶対に負けない。お父さんの200勝は絶対に達成してみせるね!」

 そう言うと、ベンチに戻っていった


「ネネちゃん、カッコいい〜」

 優香はネネの姿にポーッとしている。

「そうやで、美優。何怒ってるか分からんが、あの娘、アンタと同い年やで、それなのに男だらけのプロ野球で頑張っとる……少しは応援してあげたらどうや」

 だが、美優は無言でスマホを操作していた。


 ……美優はネネのことが気に入らなかった。

 昔は父のことが大好きで、試合もよく見に行っていた。しかし、高校に上がる頃から、あまり父と会話をしなくなった。

 妹の優香は野球が好きだが、美優は野球に興味が薄れ、野球も見なくなっていた。と、同時に父との会話もなくなっていった。


 でも父の成績だけはチェックしていた。

 プロの世界で何のタイトルもないが、父は投手の勲章である200勝まであと少しのところまで来ていた。もし、父が200勝を達成したら、また昔みたいに話せるかもしれない……と密かに思っていた。


 それが今年になり、父は自宅で羽柴寧々の話をすることが増えた。

『美優と同い年の女の子なんだが、女性とは思えないボールを投げるんだ』

 父が嬉しそうに話すのを聞いて、自分と同い年の女性のプロ野球選手……? と気になり、ネットでネネのことをチェックした。

 すると、ネネが入団会見で『男には負けない』と息巻く記事を見つけ、生意気な印象を受けた。

 しかし、父に言わせると、羽柴寧々は愛嬌があって明るく、太陽のような存在で投手陣はまとまったという。

 父は本当に嬉しそうだった。しかも、妹の優香までネネを気にいっている。


 ……気に入らない。

 自分と同い年だから、比較されてるようで、余計に気に入らない。

 更に初勝利を上げた時に、レジスタンス優勝を宣言したり、父の200勝がかかる試合で抑えに失敗したことで、ますます気に入らなくなった。


(今日も負ければいいのよ。お父さんなんか大嫌い。羽柴寧々も大嫌い。女のくせに生意気なのよ……)

 美優は再びスマホに目を落とした。


 やがて、試合前のミーティングが終わり、試合時間が近づいてきた。

「今日は珍しく調子がいいんだ。二十代の頃に戻ったみたいに。200勝は完投で決めてみせるぜ」

 ブルペンで試合前の投球練習を終えた柴田がネネに話しかけた。

「え!? 大丈夫ですよ。皆、待機してます。柴田さんの200勝は全員で達成します!」

 その言葉を聞いた柴田はフフッと笑った。

「なあ、ネネ……いつからだろうな。先発、中継ぎ、抑え、と役割が明確になったのは……」

「え?」

「昔のプロ野球はなあ……先発は九回を投げ切るのが当たり前だった。だが今や先発完投型のピッチャーはほとんどいない」

 ネネは柴田の話を黙って聞いている。

「時代の流れと言えばそうだが、俺は先発で投げる以上、完投にこだわりたいんだ」

 柴田はニヤッと笑った。

「分かりました! 柴田さんの完投する姿、しっかり見届けます!」

 ネネも微笑んだ。


 ブルペンを出て、ベンチに歩きかけた柴田だったが、不意にネネに振り返った。

「なあ、ネネ……お前はこれからプロの世界でどう生きていく? このまま抑えとしてやっていくつもりか?」

「え……まだ、あまり考えてないです」

 突然の質問にネネは驚き、言葉に詰まった。

「そうか……コレは俺の個人的な見解なんだが……」

 柴田はネネをじっと見た。

「お前にはいずれ先発投手としてローテーションに入ってもらいたいと思っている。お前は近代プロ野球では絶滅したオールドピッチャーだ。先発でも通用するぜ」

「柴田さん……」

 そう言うと、柴田はベンチに歩いて行った。


 ネネは先発のマウンドに向かう柴田の後ろ姿……背番号11番の背中をいつまでも見つめていた。




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