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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第4章 ペナントレース開幕編
93/207

第93話「柴田家の食卓」

 ネネと柴田は二軍に落ちた。

 というより、二軍で再調整することになった。ネネは心身のリフレッシュを兼ねて。柴田は体力的なことを考慮しての再調整だ。


 二軍に行くと最低10日間は戻れないため、ふたりの復帰は5月10日の金曜日になった。その日はレジスタンスドームでTレックス戦だ。


 チームを離れて、ひと足先に大阪に帰ったネネは球団から三日間の完全オフを貰い、ボールも触るな、とにかく休め、との指示を受けた。精神的、身体的な疲労を抜くためのものだった。


 休みの初日、由紀が神戸のホテルのエステを予約してくれたので、施術を受け身体の疲れをとった後は、ホテルのヴュッフェで美味しい食事を食べた。

 心身ともにリラックスしたネネは、スマホやテレビの情報をすべて遮断し、野球のことを忘れてとにかく眠った。


 こうして、完全オフを過ごしたネネは心身共に完全回復した。

 二軍もGW中は遠征のため、ネネは二軍練習場で柴田と合同練習を行い、空いてる時間は走って足腰の鍛錬を行なった。


 そんな毎日はあっという間に過ぎ、レジスタンスの遠征試合が終わった。

 ネネが二軍にいる間のレジスタンスは12試合中、4勝8敗、という結果に終わり、かなり負け越して借金は1となり、順位も4位と後退した。


 そして、5月9日、翌日の対Tレックス戦を前にネネと柴田は一軍に上がった。柴田はこの試合の先発が内定している。


 その日、練習終わりにネネは柴田家の夕食に招かれ、柴田の運転する車で家に向かった。

「いいんですか? 柴田さん。夕食ご一緒しちゃって……」

「ああ、それよりこっちこそ悪いな。娘がネネの大ファンで、一度会いたいって言ってたから……」

 娘、というのは、柴田のふたりいる娘のうち、妹のほうで、今年高校一年生になったばかりだという。


 市内の大きなマンションに着くと、地下の駐車場に車を停めて、エレベーターで高層階まで上がった。

 部屋のドアを開けると、玄関で派手なセーターを着た元気な女性が出迎えてくれた。

「おかえり〜、おお! アンタがネネちゃんかあ〜、可愛いなあ、ウチの若い頃にそっくりや! さあ入り入り!」

「嫁さんだ」

 柴田が苦笑いする。


「さあさあ、お風呂沸かしたるから、入り─な、汗流したら、ご飯やで─」

 柴田の妻はニコニコしながら、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。ネネは好意に甘えて、お風呂に入らせてもらった。


 お風呂から出ると、台所のテーブルには豪華な料理がずらっと並んでいた。

 ネネがびっくりしていると、柴田の妻の後ろで、モジモジしてる女の子と目が合った。

「優香、ちゃんと挨拶しな。会いたがってたネネちゃんやで」

 

「初めまして……し、柴田優香です……」

 優香、と呼ばれた女の子はモジモジしながらネネに挨拶した。

「あ……羽柴寧々です。お父さんにはいつもお世話になってます」

「さあさあ、いつまでも突っ立ってないで、座り──」

 柴田の妻が笑いながらネネを椅子に座らせた。


 柴田の妻が作った料理はどれも美味しかった。また優香も初めは緊張していたが、すぐに慣れたみたいで、ネネに色々と話しかけてきた。

 ネネも優香は自分の妹と同い年のため、話題には困らず楽しく話をした。柴田はそんなふたりをビールを飲みながら、笑って見つめていた。


「美優は……まだ帰らないのか?」

「うん、バイトとか言ってたけど……」

 柴田が時計を見ながら妻に話しかけると、ガチャ、という音がして、玄関のドアが開き、今時のメイクと服装の女の子が帰ってきた。「美優」という、柴田の一番上の娘だった。


「ただいま……」

「おお、美優、遅かったな。ネネが来てるぞ」

 柴田が美優に話しかけるのを見て、ネネは立ち上がると頭を下げた。

「美優、アンタもご飯一緒に食べな」

 柴田妻がそう話しかけるが、美優は「バイト先のみんなと食べてきたから……」と部屋に戻ろうとする。

「あ……せっかくネネが来てるから、少しだけでも話していかないか、同い年なんだし……」

 柴田が席に着くよう促すが、美優は冷たい目でネネを見ると、ため息をついた。


「お父さん、この人のせいで200勝の勝ち星を消されたんでしょ? それなのに家に上げるなんて、ちょっとお人好しすぎない?」

 美優の言葉に、ネネの心の傷がズキンと痛んだ。


「ちょ……美優! アンタ、何やその言い方は!」

 柴田妻が怒るが、美優はさっさと部屋に入ってしまった。

「すまんな……ネネ」

 柴田はネネに頭を下げた。

「あ……いいんですよ。本当のことだから」

 ネネはぎこちない笑顔を見せた。


 食事会が終わり、柴田はビールを飲んでいたので、帰りは柴田の妻が車でネネを送ってくれた。


「すいません……送りもしてもらって……」

「え──よ、え──よ。それよりネネちゃん、ゴメンなあ、ウチの娘がひどいこと言って……」

「あ! 全然、大丈夫です」

 ネネは助手席で手を振る。

「お父さんの勝ち星を消しちゃったから、怒られるのも当然です……」

 ネネは苦笑いしながら下を向いた。

「優しいな、アンタ」

 柴田妻はクスッと笑う。

「なあウチの人……今シーズンは家でいつも野球の話してるんやで」

「そうなんですか!?」

「ああ、アンタの話も嬉しそうにしとる『ネネのおかげで投手陣がまとまった。今年は優勝したい』ってな」

「え……?」

 柴田が自分のことをそう思ってくれるのを知って、ネネは嬉しくなった。

「お姉ちゃん……美優はレジスタンスが優勝した年に生まれたんや」

 ネネは最後にレジスタンスが優勝したのは、自分が生まれた年だったことを思い出した。

「『美しい優勝』と書いて、美優」

 柴田妻はニッコリ笑う。

「あの子もなあ……昔はパパっ子やったんやけど、成長するにつれ、パパとは気まずい関係になってなあ……」

 柴田妻は前を見ながら話していたが、段々と声が震えてきた。

「あの人……もう身体中、ボロボロなんや……肩もヒジも腰も……身体中が悲鳴をあげとる……」

「……」

「今シーズンも、最後までもつか分からん……だから、最後にあの人にもう一度、優勝を経験させてやりたいんや……」

 柴田妻は涙ぐんでる

「奥さん……」

「そんでな! 優勝した暁には、美優に名前の由来をもう一回教えたる! そんで元の仲良し父娘に戻れば万々歳や!」

 柴田妻は涙を拭うと笑顔を見せた。

「はい! 私、頑張ります!」

 ネネもニッコリ笑った。


 明日の柴田の試合は家族みんなで応援に来るという。

 ネネは自宅マンションの前まで送ってもらい、柴田妻の車を見送った。


 ビュウウ……。

 急に冷たい風が吹いた。五月とはいえ、まだ夜は少し冷える。空には黒い雲も見える。

 雨が降ってもドーム球場には関係ない。だが、ネネは空に浮かぶ黒い雲を見て、なぜか嫌な予感がした。

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