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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第4章 ペナントレース開幕編
91/207

第91話「サヨナラの向こう側」前編

 4月27日金曜日、天気は快晴、今日からレジスタンスの9連戦が始まる。

 初戦は名古屋にあるTレックスドームで、東海レッドソックス(Tレックス)戦だ。


 朝、ホテルのベッドで目を覚ましたネネは首に違和感を感じた。

(い……痛っ……! ね、寝違いかなあ……?)

 ベッドから起きて首を動かすと、首に痛みが走った。

(投げれないことはないけど、コレは厄介だなあ……)

 また、寝違いに加えて、身体全体が重い気がした。頭も少し痛い。

 時計の針を見ると午前六時だった。昨晩、部屋に戻ってからも寝付きが悪く、最後に時計を見た時は午前二時だった。

(あまり寝れてないなあ……)


 今日の試合は午後六時のナイトゲーム。

 試合開始まで、まだ時間があるので、もうひと眠りしようとベッドに入ったが、目が冴えてしまったようで、結局、眠ることはできなかった。


 その後、朝食を食べて、午後十二時、チームはバスでTレックスドームに移動した。

(子供の頃から、何度も来ているこのドームにプレイヤーとして来るなんて、何か不思議……)

 バスを降りてドームを見たネネは、ぼんやりとそんなことを思った。


 レジスタンスの先発は柴田。200勝が賭かった大事な試合だ。そんな柴田に試合開始前、訪問者があった。Tレックスの藤川選手だった。


 藤川雄二、43歳、ポジションはライト、背番号「4」、Tレックス一筋の大ベテランで現在は代打の切り札として活躍している。

 柴田とは同期入団で歳が同じらしく、親しげに話していた。


 藤川のことは、北条から話は聞いている。

 Tレックス打線で特に気をつけないといけないのは、ミスターTレックスこと火野晃平にドミニカの大砲マルチネス。そしてこの藤川雄二、だと。


 その後、ホームのTレックスから練習が始まり、それからレジスタンスの練習となった。

 ネネがグラブを持ってグラウンドに出ると勇次郎と出会った。


「おう」と勇次郎が挨拶してきたので、ネネも「おはよ」と返した。

 そして昨日の出来事が気になったので、勇次郎に尋ねてみようと思った。その時──。


「お─い、勇次郎──!」

 バックネット裏から、勇次郎を呼ぶ声が聞こえた。見ると、そこには昨日勇次郎とホテルで会っていた男性がいた。

「頑張れよ─! 今日はTレックスの応援だけど、お前だけは応援してやるぞ」

「おう」

 勇次郎は少し嬉しそうな声で答えた。


「勇次郎く─ん」

 すると、男性の隣に座る女性も勇次郎の名前を呼んだ。それは昨日、勇次郎と一緒にいた美女だった。

 Tレックスの赤いユニフォームを羽織っていて、整った顔に赤色がよく映えて、とても似合っていた。

「今日は頑張ってね──! ホームラン打ってね──!」

 美女は笑顔で手を振っている。勇次郎も軽く手を上げて声援に答えていた。

(え? あの人たち、誰……?)

 ネネが疑問に思ったその時だ。


「あ──、勇次郎くんの隣にいるの羽柴寧々じゃない?」

 昨日、勇次郎たちと一緒にいた、もうひとりの女性がネネを見て声を上げた。

「ホントだ─。実物はちっちゃくて可愛い──!」

 美女が笑いながら声を上げる。

「羽柴さんも頑張ってね──」

 その言葉を聞いたネネは、何だか自分が馬鹿にされたような気がして、返事をせずにクルリと背を向けた。


 スタスタと外野へ向かうネネに、勇次郎が追いかけてきて声をかけた。

「おい、どうしたんだよ? せっかく応援してくれてんだから、手くらい振ってやれよ」

 そんな勇次郎をネネは睨んだ。

「……誰なのよ、あの人たち。何で敵の応援団と仲良くしてんのよ?」

「はあ? アレは俺の高校時代の野球部のツレと彼女、それから彼女の友達だぜ」

「……昨日も四人で、どこかに行ってたでしょ?」

「お前、見てたのかよ!?」

「ええ、見てましたよ。キレイな女性を前に鼻の下を伸ばしてたところを。いいご身分ね、大事な試合前に女性と逢引きして」

「何だそれ? ツレとその彼女たちとメシ行っただけだ。何もやましい事はしてないぜ」

「どうだか……」

 ネネは不機嫌な顔で、プイと横を向いた。

「それと、何よあの人たち……私のことを『ちっちゃい』とか言って……」

「はあ? 本当の事じゃねえか?」

 空気を読まない勇次郎の無神経なひと言にネネの怒りは一気に頂点まで達した。


「チビで悪かったわね! どうせ私は幼児体型でちんちくりんよ!」

 ネネは怒りの表情でアカンベーをすると、外野まで歩いていき、勇次郎は呆然とその後ろ姿を見送っていた。


 そして、午後六時プレイボールとなる。

 先発の柴田は初回にいきなり三点を取られるも、その後は粘りを見せ、無失点に抑えるピッチングを見せる。

 その後、レジスタンスは打線が奮起。小刻みに点を加えると、五回までに五点を取り返し、5対3と逆転した。


 初回以降、立ち直った柴田は五回を投げ切り、勝利投手の権利を持ったまま降板。

 五回以降は両軍とも点が入らず試合は膠着するが、七回裏にTレックスがホームランが放ち、5対4の一点差に詰め寄られた。


 一点差になったことで、ブルペンでの動きも慌ただしくなる。

 ネネは杉山コーチから、八回を三好、九回を自分のリレーで逃げ切る、と伝えられた。


 三好は以前セーブを失敗して、柴田の勝ち星を消した負い目がある。気合い十分の表情を見せているが、対照的にネネは首が痛く、また試合前に勇次郎と喧嘩をしたことで、精神的にも不安定な状態だった。

 またネネ自身も気付いてなかったが、身体は疲労のピークを迎えていた。ネネはその不調を打ち消すように、ブルペンで投げ込みを続けた。


 八回裏、三好がTレックス打線を無失点に抑え、九回表のレジスタンスの攻撃は無得点。

 5対4のレジスタンス一点リードのまま、九回裏、Tレックス最後の攻撃を迎え、遂にネネの出番がやって来た。


「大阪レジスタンス、ピッチャー交代です。ピッチャー羽柴寧々」

 ドームにアナウンスが流れ、ネネがベンチを飛び出すと、スタンドから大ブーイングと罵声が飛んだ。


「何しに来やがった、裏切り者!」

「女のくせに生意気なんだよ!」

「名古屋に帰ってくるな、バカ女、大阪に帰れ!」


 その野次は三塁側ベンチまで聞こえてくる壮絶なものだった。飛び交う野次に由紀は辟易した。

「ひ、ひどい……何、コレ……?」

「Tレックスドームの野次は凄まじいからなあ。それに名古屋の奴らからすると、ネネは地元を捨てた裏切り者と思われてるから、仕方ないよなあ」

 今川監督はヘラヘラしている。

「だ……だったら、少しくらいネネに励ましの言葉をかけるなりしなさいよ─!」

 由紀は今川監督の首を絞めた。

「ま、待て! これも……」

「『ネネの通過儀礼』って言うんでしょ? そんな言い訳、聞き飽きたわよ─!」

 由紀は更に今川監督の首を絞めた。


「ネネ、大丈夫か?」

 マウンドに立ったネネの元に北条が来て声をかけると、ネネは顔を上げて、野次が飛ぶ観客席を睨んだ。

 野次が飛ぶのは想定内だった。しかし、さっき見た勇次郎の友達や女性たちも野次を飛ばしているような気がして、はらわたが煮えくりかえるような思いだった。


「大丈夫です。むしろ逆にやる気が出ました。絶対に抑えてみせます!」

 ネネは怒りの表情でグラブの腹を拳で叩いた。


「打たれろ、バカ女!」

 野次が飛び交う中、ネネはゆっくりと振りかぶり、全力のストレートを投じた。

 怒りに満ちたネネのピッチングは凄まじく、瞬く間に打者をふたり打ち取り、ツーアウトになった。


(野次を心配していたが杞憂だったな。次は下位の八番バッターだから一安心だ)

 ツーアウトを取ったことで、北条は少し安心した。


 八番バッターが右打席に入った。サインを確認したネネはドロップを投じたが、指のかかりが悪くドロップは曲がりが悪かった。

 ドスッ!

 ドロップは曲がりきれず、右バッターの肩に当たった。

 ネネは帽子を取って頭を下げる。ツーアウトながら一打同点のランナーを出してしまった。Tレックスはすかさず代走を送る。


「こらあ! 大事なウチの選手に、何、当てとんじゃあ!」

「ビビっとんのか!? 二軍でやり直してこい!」

 怒号が響く中、代打を告げるアナウンスが流れた。

「代打のお知らせです。代打、藤川、背番号4」


「よっしゃあ、きたあ!」

「頼むぞ、藤川! そんな小娘、打ち砕いたれ!」

 代打の切り札、藤川が現れ、ドームのボルテージは最高潮になる。


 同点の一塁ランナーはリードを広げる。セットポジションに構えたネネは首を曲げてランナーを見ようとするが、首が痛くて回らない。

(い、痛い……それならバッター集中だ)

 ネネはサインを確認する。サインは外角低めのストレート。

 グラブを身体の正面に収めて、大きく息を吐き出すと、左足を踏み出した。と、その時、一塁ランナーがスタートを切った。


(走った? でも大丈夫! アウトローにストレートだから、北条さんの肩なら刺せる!)

 そう思い、指先でボールを弾こうとした瞬間、ネネの首に痛みが走り、指先がうまくボールにかからなかった。


 中途半端なストレートが、北条が構えた外角ではなく、やや真ん中よりに飛んだ。

(……逆球!? マズイ!)

 北条がそう思った瞬間、藤川がバットを振り抜いた。

 カキ──ン!

 完璧に捉えた打球が左中間に舞い上がった。


「いけ──! いけ──!」

 Tレックスファンの大声援が飛び交う中、北条はマスクを脱ぎ捨て、打球の行方を眺めた。

(Tレックスドームは最深部が広い。ホームランはないはず……)

 だが北条の願い虚しく、打球はグングンと伸び、ライトとセンターが打球を見送った。

 ボールは左中間、Tレックスファンが集まる外野スタンドに突き刺さった。


「ぎゃ……逆転! 藤川の逆転サヨナラツーランだあ!」

 実況席は大興奮、観客も大喜びだ。


 対照的に打たれたネネはレフトスタンドを見つめ呆然としていた。まるで一連の流れがスローモーションを見ているようだった。


 北条がマウンドへやって来る。

「ネネ、なぜあんなコースに投げた? サインミスか?」

 ネネは首を振った。

「い、いいえ、外角に投げました……で、でも指が……指がうまくかからなくて……」


 ネネは虚ろな目でスコアボードを眺めた。九回裏「2X」が表示されていた。

 夢じゃない。現実だ。

 ネネが初めて味わうサヨナラ負けの瞬間だった。




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