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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第4章 ペナントレース開幕編
89/207

第89話「クローザーの条件」後編

 九回表、スコアは9対8とレジスタンス一点リードの中、ネネは試合を締めるクローザーとしてマウンドに立った。

 キングダムの先頭バッターは今季、横浜メッツからFA移籍した外野手の菅谷。俊足巧打のベテラン選手だ。


(ラスト1イニング……全力で来い!)

 北条が出したのはストレートのサイン。ネネは初球から攻撃的なピッチングを見せ、菅谷をカウント1-2と追い込んだ。

 そして、最後は内角高めの「ライジングストレート」。ホップするストレートに菅谷のバットは空を切り、まずは三振でワンアウトを奪った。


 続くバッターは二番セカンドの東、ミート力がある中堅バッターだが、同じくストレートで攻め、最後はショートフライに仕留めた。


 ここまで要した球数は八球、テンポのいいピッチングであっという間にツーアウトまで取ったが、試練は続く。次の三番バッターは球界を代表するバッター中西だ。


 中西大毅、27歳、背番号10、ポジションはセンター。現在の日本プロ野球においてナンバーワンのバッターと評される男だ。

 高卒ドラフト一位でキングダムに入団して今年が九年目。海外FA権を取得しており、タイトル奪取を条件に来季はメジャー挑戦を公言している。

 愛称は「怪童中西」。だが、この言葉こそ、この男にピッタリくる言葉はない。190センチという恵まれた体格に規格外のパワー、三年連続ホームラン王に加え、打点王も四回取っている。


 中西は左バッターボックスに入ると、軽く足踏みをして、身体を上下に揺らした。中西独特のルーティーンだ。

 バットを構えたその姿には少しの隙もなく、無言の圧力がネネを襲う。

 久しぶりに味わう強打者の圧力だ。ネネはその圧力を振り払うべく、中西を睨みつけた。


 中西に対しては北条も最大級の警戒をしている。

(まずは外角にボールになる変化球で様子を見るぞ)


 中西は小刻みに身体を揺らしている。

 一見、人懐っこい顔をしており、体型も丸っこい。そのため、球団内でもいじられキャラだが、そのパワーは規格外。最大推定飛距離は150メートルと噂される正真正銘の怪物バッターだ。


 北条は外角にボール気味のドロップを要求するが、ネネは首を振りながら、あることを考えていた。

 それは『この中西さんが現在の日本球界ナンバーワンのバッターと聞く。じゃあ、日本一のバッターを目指す勇次郎との違いは何だろうか?』と、いうことを。


 ネネは北条に目で訴えた。

(北条さん、ストレートで勝負させてください)

(な、何、考えてるんだ!? まともに打たれたら、ホームラン、同点だぞ!?)

 北条は考え直すようサインを出すが、ネネは再び首を振る。

(分かってます。でもゴメンなさい。私、試してみたいんです。私の全力のストレートが日本一のバッターに通用するか、試してみたいんです)


 ネネの意地に北条は折れた。

(分かったよ……その代わり、全力で腕を振れよ)

 北条は外角高めにミットを構えた。


 ネネはサインに納得すると振りかぶった。左足を高く上げ、腕をしならせると、渾身の力でボールを弾いた。

(いけえ!)

 ボールは唸りを上げて飛んでくる。


(ここから、ネネの球は伸びる!)

 北条がそう予測してミットを動かした瞬間だった。中西のバットが恐ろしいスピードで一閃した。


 カキーン!

 打球は快音を残し、右中間へ飛んだ。

(ば、バカな!? 初見でネネのポップするストレートを打つとは!?)

 北条は打球の行方を確認するため、マスクを脱ぎ捨てた。


 ネネも思わず、振り返った。

(う、ウソ……!? は、入る……?)

 俊足の毛利が途中で足を止めた。ライトスタンドのレジスタンスファンが悲鳴を上げた。

 ……しかし、打球は失速してググッと落ちた。


 ガン!

 ボールはフェンスの最上段に当たった。毛利はクッションボールを上手く処理して内野に送るが、打球の滞空時間が長かったため、中西は悠々と二塁に進んだ。

 スタンディングツーベース。ツーアウト二塁で同点のランナーが塁に出た。


 ネネはバックスクリーンを見つめた。スピードガンは142キロを表示。自己最速タイをマークしている。

(ボールの指のかかりは良かった。それにも関わらず、そのストレートを完璧に打たれた……コレが日本一と称されるバッターの実力なの……?)

 中西の打撃にネネは背筋が凍りついていた。


 一方で、二塁に立つ中西は首を傾げていた。

「どうしました? 今のバッティングに納得いかないみたいですか?」

 ショートの明智が中西に声をかけた。

「うん……当たりからしてスタンドインかと思ったけど、意外と伸びなかったなあ、って思ってね……何でかなあ?」

 中西は腕当てを外しながらそう答えた。


「東京キングダム、四番ファースト、渡辺」

 中西との勝負は終わったが、ピンチは続く。次のバッターの名前がアナウンスされるやいなや、レフトスタンド、キングダム応援団から大歓声が響いた。


 渡辺和真、30歳、背番号「5」、ポジションはファースト。かつては、パリーグ「埼玉バンディッツ」の不動の四番だったが、二年前にFAフリーエージェントでキングダムに移籍。

 埼玉バンディッツ時代には三冠王を獲ったこともあり、昨年は打点王を獲得。チャンスにめっぽう強いクラッチヒッターだ。

 親分肌で豪快な性格から「番長渡辺」と呼ばれ、ファンやチームメイトたちから愛されている。


 渡辺は丸太のような腕でバットを振り回し、ニヤリと笑うと右打席に入った。

 身長は185センチ、筋肉で武装した鋼のような身体。中西に引けを取らない長距離砲だ。

 また中西とは正反対で、打席に入りバットを構えるとピクリとも動かなかった。


(ヒット一本で同点、ホームランで逆転……流石にここは俺のサインに従えよ、ネネ……)

 北条は変化球のサインを出した。ネネはサインに頷き、外角にドロップを投じる。

 ドロップは外角いっぱいに決まり、まずはワンストライク。


 二球目は外角低めのストレート。これもコーナーいっぱいに決まり、ツーストライクだ。


「カ─ッ! つまらんのう。逃げるようなボールばっかりで! なあ北条はん、アイツ、男らしくないのう? キンタマ付いとんのか?」

 渡邊は大袈裟に笑いながら天を仰ぐと、北条を挑発した。


「女だから付いてるわけないだろう」

 北条は挑発に乗らず冷静に対応し、ネネに返球した。

「カッカッカッ! そりゃそうだ! それならしかたないわな!」

 渡辺は大笑いした。


 カウントは0-2、ネネが渡辺をツーストライクと追い込み、スタンドからは「あと一球」の代わりに手拍子が鳴り響くが、渡辺は笑みを浮かべてバットを構えている。


(ストレートにもドロップにも反応しない。こいつ一体、何を待っているんだ?)

 北条は悩んだ末にドロップのサインを出した。しかし、ネネは首を振る。


 ネネはあくまでストレートにこだわった。

(自分がクローザーに抜擢されたのは、三振が取れるストレートがあるから。それなら、ここで逃げてはいけない!)


(本当に気が強いヤツだな)

 北条は苦笑いすると、内角高めのサインを出した。

(その代わり、思い切り腕を振れよ)

 そして、ミットを構える。


 セットポジションに構えたネネは二塁ランナーを目で牽制すると、クイックモーションから内角高めにストレートを投じた。


 唸りを上げるストレートは内角高めで伸びてホップする。しかし、ストレートを待っていたかのように、渡辺は上手く身体を回転させ叩いた。


 カキン!

 ボールはまたしても高く舞い上がり、左中間に飛んでいった。

 レジスタンスドームに悲鳴が響き渡る。高く舞い上がったボールはスタンドインかと思われた。


 ……しかし、渡辺の打球は先程の中西と同じく、上空で失速した。

 センターの毛利が、渡辺を警戒して初めからレフト寄りの守備だったのが幸いした。毛利は俊足を飛ばしボールの落下地点を予測して、フェンス際でジャンプした。


 毛利がフェンスにぶつかる。皆が固唾を呑んで見守る中、グラウンドに倒れ込んだ毛利が右手のグラブを高々と掲げた。

 そのグラブには白いボールがしっかりと収まっていた。

「アウトォ!」

 渡辺の打球はスタンドには届かずセンターフライでスリーアウト、ゲームセット、レジスタンスが辛くも9対8で逃げ切った。


「ま、マジかよ──!」

 一塁ベース上で渡辺が頭を抱えた。

「残念だったな、渡辺」

 ファーストの黒田が声をかけた。


 一方、打ち取ったネネはマウンドでホッとした表情を浮かべていた。

(助かった……毛利さんのおかげだわ)

 そして、センターから戻ってきた毛利と笑顔でグラブを合わせる。

「ネネ、初セーブ、おめでとう!」

「ありがとう、毛利さん」


「おかしいのう? 手応えはあったんやが」

 キングダムベンチに戻ってきた渡辺がボヤいた。

「ナベさんもですか? 僕も同じです」

 中西が渡辺に同調する。


「以前、フィッシュバーンもセンターフライに打ち取られて、同じことを言ってたぞ」

 キングダム鬼塚監督がふたりの前に立ち、口を開いた。

「恐らく、三人ともあの女が投げたストレートの下を叩いてる。だから、上手く打ったつもりが高く上がりすぎて、スタンド手前で失速したんだ」

 その言葉に中西と渡辺は言葉を失った。

「……てことは、巷の噂通り、あの女のストレートはホップしてるんですか?」

「いや、それはない。ホップするボールなど物理的にあり得ない」

 鬼塚監督は即座に否定した。

「……だが、このまま放っておくわけにもいかん。いずれにせよ、次に対戦するときまでにはデータを揃えて叩きのめす」

 鬼塚監督はそう言ってベンチ裏に戻っていった。


 そして、レジスタンスベンチ。今季キングダム戦初勝利ということで、ベンチは勝利の余韻に浸っていた。

 そんな中、ネネはバックスクリーンのスコアを見つめていた。

(ひとまず勝てて良かった。クローザー……それが私の新たな役割。私が抑えればチームは負けない。このポジションで優勝を目指す)


 ネネは決意新たにベンチを後にした。



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