第88話「クローザーの条件」前編
初勝利から一夜明け、目覚めたネネは見知らぬ天井に驚いたが、すぐに由紀のマンションであることに気付いた。
昨日、疲れてたネネを気遣い、由紀がマンションに泊めてくれたのだ。時計を見ると午前十時だった。
今日もナイターだから、十二時にドームに行けば間に合う、ネネは起きてリビングに向かった。
由紀は既に出勤していて、キッチンにはたくさんの料理が並べられて「チンして食べてね」という由紀のメモが置いてあった。
ネネが由紀の優しさに感動してると、テーブルの上には何社かのスポーツ新聞があり、自分のスマホにはLINEのメッセージが溜まっていた。
メッセージは家族や石田たちからだった。ネネは慌ただしく返事を返し、由紀の料理を食べながら新聞に目を通した。
新聞の一面にはレジスタンス初勝利を伝える記事や、サヨナラホームランを打った勇次郎を讃える見出し、それと、ふたりでお立ち台に上がりガッツポーズしている写真が載っていた。
また自分が投げている写真と「羽柴寧々、初勝利」「羽柴寧々、次の目標はレジスタンス優勝」と言う見出しもあった。
(レジスタンス優勝か……我ながら大きなことを言っちゃったなあ……)
ネネは苦笑いすると、テーブルを立ち、球場に行く準備を始めた。
そして、午後六時、広島エンゼルスとの二回戦が始まった。
しかし、この日は初回からレジスタンス打線が爆発した。
毛利、蜂須賀の俊足コンビが塁に出て、明智、勇次郎がタイムリー。黒田もその後に続き、ダメ押しは斎藤のホームラン。
大量リードのまま試合は終わり、13対5の快勝。
また、三戦目も七回を終わった時点で、5対2とリード。ネネは八回に登板して無失点。
最終回に、抑えの三好が二点取られるも5対4と逃げ切り、エンゼルスを3タテした。
その後もレジスタンスの勢いは止まらない。金曜日からの対神宮ファルコンズ戦では、打線が爆発して前半だけで10点のリード。
先発した柴田は五回を三失点でまとめ、10対5で逃げ切り、柴田に通算199勝目が付いた。
次いで、Tレックス戦、横浜メッツ戦、と全球団との対戦が一巡したが、レジスタンスは広島エンゼルス戦以降はキングダム以外、負け越しがなく、何と貯金は4となり、順位もセリーグ2位に浮上した。
毎年この時期のレジスタンスは早々と借金生活に入り、最下位をウロウロしてるのだが、今季は違う。この結果にファンは喜び、マスコミは春の珍事と騒ぎ立てた。
そんなレジスタンス躍進の原動力はやはりこのふたり、ルーキーの羽柴寧々と織田勇次郎だった。
中継ぎのネネはここまで勝ち試合の八回の場面を全て投げ、未だ失点ゼロで1勝負けなしという成績。
また勇次郎はホームランを3本打ち、打率はベスト3入りしてる。
このふたりの活躍が他の選手の刺激になっていた。
しかし、その一方で一抹の不安もあった。
それは、抑え(クローザー)を務める三好がイマイチ不安定なことだ。ここまでも失点が多く、セーブ失敗が二度もある。
そして、迎えた4月16日の対キングダム戦のホームゲーム。
ベテラン柴田が先発し、五回を2失点で凌いだ。その後は小刻みな継投で九回表に入り、3対2でリードの場面で三好が登板したのだが、再び乱調。
四球を連発し、最後は主砲の中西に一発を浴び、逆転負けを喫した。
勝てば柴田の栄えある200勝だっただけに、余計に後味が悪い試合になった。
この結果を受け、試合後、今川監督と杉山コーチは三好を呼んで話し合いを行った。
柴田の200勝目前でセーブを失敗したことで、三好は完全に自信を喪失していた。
今シーズンは始まったばかりだが、これで三敗目を喫している。元々、三好はメンタルが強いわけではない。首脳陣は一旦、三好を抑えから外すことにした。
三好が監督室から出て行った後、今川監督と杉山コーチは、再度、話し合いを行なった。
「さてさて、どうするよ、杉山コーチ。三好の代わりに抑えを決めないといかんが……」
「そうですね……誰が適任か……」
「抑え、と言っても誰でもできるわけじゃない。杉山さんの考える抑えの条件は何がある?」
「まずは三振が取れるボールがあること。そして、タフなメンタルですね」
その条件を聞いて、ふたりはある人物を思い浮かべた。
「ひとりいるな、ウチには……」
杉山コーチも頷いた。
「私も思い浮かびました。確かに適任かもしれません」
その翌日、対キングダム二回戦が始まった。昨日、逆転勝ちを収めているキングダムは勢いがよく、初回から猛攻撃を仕掛けるが、レジスタンスも負けてはいない。
この試合は乱打戦となり、最終回に突入、9対8でレジスタンス一点リードだ。
「すまないな、ネネ……クローザーなんて大役をやらせてしまって……」
ブルペンで、先程八回に登板し、無失点に抑えた三好がネネに声をかけた。
「全然大丈夫です! それより、登板お疲れ様でした!」
ネネはニッコリ笑った。
この日、投手陣で配置転換があった。
不調の三好に代わり、ネネが試合を締めるクローザーに抜擢されたのだ。
そして、三好はクローザーに繋げる八回の登板を命じられて、今日は無失点で切り抜けていた。
「私……いつも八回を投げて、後は三好さんに、お願いします! って簡単に言ってましたけど、三好さんはいつもこのプレッシャーに耐えてたんですね……」
初めての抑えとしての登板ということもあり、ネネは緊張のあまり顔が強張っていた。そんなネネに三好が声を掛けた。
「ネネ、抑え失格の俺が言えることじゃないけど……」
三好は少し躊躇しながら話した。
「お前には三振が取れるストレートがある。メンタルもタフだし、クローザーの適正は充分あると思う。お前ならやれる。頑張ってこい!」
「はい、ありがとうございます!」
ネネは三好に笑みを見せると、ライト側のフェンス裏に向かった。
ライトフェンス裏で待機していると、壁の向こうからアナウンスが流れた。
「大阪レジスタンス、ピッチャー交代です、ピッチャー羽柴寧々、背番号41」
今日から抑えが代わることを観客たちも知っている。ネネの名前を告げるアナウンスが響くと、壁の向こうから大歓声が飛び、派手なギターのイントロ音が流れた。
クローザーの登場時には、選手が選んだ登場曲が流れる。登場曲は選手を紹介する名刺みたいなもので、選手個人の特色が現れる。
ネネが選んだ曲は、相川七瀬の「Sweet Emotion」だった。リズムに合わせてゲートが開く。
「キタキタ! 頼むで、羽柴──!」
「ネネちゃん、頑張って──!」
ネネの登場に声援が飛び、オーロラビジョンには、お馴染みの「Rising Cat」の文字と新たに付け加えられた「CLOSER」の文字が浮かび上がった。
「しかし、また、えらい懐かしい曲を持ってきたな。アイツが生まれる前の曲じゃねえのか?」
ベンチで今川監督が由紀に話しかける。
「ええ、ネネのお母さんがファンで、子供の頃、よく聞いてた曲みたいです。でもノリが良くてネネにピッタリの曲です」
由紀が笑いながら答える。
「Sweet Emotion」はポップなロックナンバー。ネネだけじゃなく、観客たちのボルテージも必然と上がり、ドームは熱狂の渦に巻き込まれた。
そして、サビの「Sweet Emotion」で観客たちが合唱し、右人差し指を空高く掲げる中、ネネは最終回を締めるマウンドに立った。




