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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第4章 ペナントレース開幕編
85/207

第85話「逆襲のレジスタンス」後編

 レジスタンス、ホーム開幕戦の相手は広島エンゼルス。

 エンゼルスは開幕を二勝一敗の成績で終え、敵地レジスタンスドームに乗り込んでいた。


 そのエンゼルスを迎え打つピッチャーは、かつてノミの心臓と馬鹿にされていた前田。生来の気の弱さから、登板前はオドオドしていたが、覚悟を決めてマウンドに立った。

 その前田は初回から飛ばし、抜群の制球力とウイニングショット「パームボール」を駆使して、エンゼルス打線を無失点に抑え、試合は進行した。


 スコアボードには「0」が並ぶ。しかし、レジスタンス打線も沈黙。ヒットは出るものの点は奪えず、気がつけば回は進み、0対0のまま九回の攻防を迎えようとしていた。


「前田、すまない。援護ができなくて」

 九回表の守備に付く前に黒田が前田に頭を下げてきた。

 一年前までは前田をイジメていた黒田だが、すっかり改心したみたいで、本当に申し訳ない、という顔をしている。


「いえ……大丈夫です、黒田さん。気遣っていただき、ありがとうございます」

 前田は心の底からそう思っていた。黒田が自分を対等に扱ってくれたことが嬉しかった。


 前田が九回表のマウンドに向かう中、今川監督はブルペンの杉山コーチに電話をかけた。

「もしもし、杉山コーチか? 前田の調子が良いから、九回もマウンドに上げたが球数は110球だ。どう思う?」

「そうですね……もし捕まるなら、この回だと思います」

「アイツに何とか勝ち星をつけてやりたいが、ピンチならリリーフを送る。誰がいい?」

「本来であれば、八回を投げる予定だったネネですね」

「分かった。ネネでいく」

 そう言うと、今川監督は受話器を置いた。


 その後、前田はツーアウトまで取ったものの疲れが見え、そこから四球でランナーを出してしまい。更に続く三番バッター角田にタイムリーツーベースを打たれてしまった。

 遂に均衡が破れ、1対0、エンゼルスがリードを奪うと、次のバッターに四番サード、金田を迎えた。


 金田哲人、ポジションはサード、背番号「3」。連続試合出場を続けている今年35歳のエンゼルスのレジェンドだ。経験値、勝負強さもピカイチ。今日も前田から二安打を放っていて相性は良くない。

(ここまでだな……)

 今川監督はベンチを出ると、審判にピッチャー交代を告げた。


「すいません……点を取られてしまって……」

 ベンチに戻ってきた前田は真っ先に謝り、頭を下げた。

「何言ってるやがる。よく投げたぞ、前田」

 そんな前田を今川監督は労い、ベンチのメンバーからも前田を称える拍手が起こった。

 そして、レジスタンスドームにピッチャー交代のアナウンスが流れた。


「レジスタンス、ピッチャー交代のお知らせです。前田に代わりまして、羽柴……羽柴寧々、背番号41」


 場内に歓声が沸き起こる。レフトスタンドの壁が開き、ネネが現れた。

 登場曲はまだ選曲されていないが、観客の声援をバックにネネはグラウンドを歩く。

「頼むで、羽柴──!」

 オーロラビジョンには、ネネのピッチングの映像と「Rising Cat 羽柴寧々」の文字が浮かぶ。


 ネネがマウンドに到着すると、北条が待っていて、金田の攻略法を確認した。

「いいかネネ、金田には兎に角、内角だ。当ててもいいくらいの気持ちで内角をえぐれ」


 金田は「ミスターフルスイング」「鉄人」の愛称を持ち、連続試合出場記録も更新中だが、昨年デッドボールを頭に当てられて以来、内角が苦手になったと噂されている。


 金田攻略法を確認したネネは二塁ランナーを牽制しつつ、セットポジションに構えた。

 北条のミットは内角。ネネは素早いクイックから右腕を振り絞ると、内角にストレートを投じた。

 その内角のストレートを金田はフルスイング。しかし、空振りしてボールはミットに収まった。スピードガンの表示は140キロ。


(……やはりな。コイツの弱点は内角だ。内角球に対応できていない)

 北条はサインを出す。再び内角だ。


 ネネは再び、内角へストレート。しかし、今度は外れてボール。


 三球目はアウトローへのストレート。今度はギリギリ入ってストライク。カウント、1-2と追い込んだ。

 だが、次に北条が出したサインを見て、ネネは息を呑んだ。

 それは『懸河のドロップ』を金田の『頭部を狙って投げろ』というサインだったからだ。


(ちょ……ちょっと待ってください北条さん。本気ですか?)

(ああ、ドロップを頭めがけて投げても、大きく変化するから、頭には当たらない)

(で、でも……そこから曲がってもストライクゾーンには落ちませんよ)

(それでもいいんだ。金田は内角球を怖がっている。もう一度恐怖を煽り、腰を引かせ、最後はアウトローで仕留めるんだ)

 

 北条は自分の攻め方に揺るがない。『ここに投げろ』と強い意志でミットを構えた。

 しかし、ネネは首を振った。


「タイム!」

 業を煮やした北条はタイムをかけ、マウンドに向かった。

「どうしたネネ? 当てろと言ってるわけじゃない。金田をのけ反らせて、外角で仕留める作戦だ」

「あの……北条さん、どうしてもそのコースに投げないといけませんか……」

 ネネは悲しい顔をしている。

「当たり前だ。他のピッチャーなら、こんなサインは出さない。お前のコントロールを信じてるからな」

 しかし、ネネは大きく息を吸うと、キッと北条を見つめた。

「ゴメンなさい、北条さん。私、そのコースには投げたくありません」

「な……!?」

 北条は驚いた。今まで自分のサインには従順だったネネが初めて反抗したからだ。


「何言ってんだ、お前! ここで追加点が入ったら、この試合終わりなんだぞ!」

 北条の声も荒くなる。

「分かってます……でも、もしドロップの回転がかからず、頭に当たったら大事故です。私……頭を狙って投げるなんてできません!」

 ネネは北条をしっかり見て主張した。


 その時、北条は以前ネネが話していた昔話を思い出した。

 ネネは中学のシニア時代に頭部に死球を当てられ、気絶して病院に運ばれたことがあるという話だ。

 病院のベッドで目覚めた時、ネネは硬い硬式球が当たれば簡単に人を再起不能に追い込むことができる、ということを痛感した。

 そして誓ったのだ。バッターを再起不能に追い込むようなボールは投げたくない……と。


 ネネの真剣な目を見た北条は苦笑いを浮かべた。

(そうだよな……俺も焦ってたか……)

 北条はネネの頭をミットでポンと叩いた。

「分かったぜ」

「え……? じゃあ……」

「ああ、違うコースで勝負しよう」

「はい! ありがとうございます!」

 ネネは頭を下げて笑った。


 北条はポジションに戻ると、マスクを被り直した。

(とは言ったが、どう攻めるかな……)

 と、金田に目を向けると何か違和感があった。

(……何だ?)

 再び金田を見てあることに気付く。

(……立ち位置だ。金田はほんの少しだけベースから離れて立っている)

 北条はハッとした。

(これは内角攻めを予測した立ち位置だ。読んでる……内角への配球を読んでる。コイツの狙いはハナから内角か……!)

 北条は金田が内角攻めを逆手に取り、逆に狙い球を絞っていることに気付いた。

(ヤバかったな。恐らくコイツは内角球を克服しているが、それをワザと隠している。一球目の空振りも油断させるためだ。それなら……)

 北条はサインを出し、今度はネネも頷いた。


 ネネはセットポジションから、素早いモーションでストレートを投じた。

 唸りを上げるストレートはアウトローに飛んだ。


(外角だと!?)

 金田は一瞬戸惑う。

(内角攻めじゃないのか? マズイ! ストライクゾーンに入る軌道だ!)

 予想外の一球に、金田は慌ててスイングを開始した。しかし、ベースから少し離れていたことと、ネネの球がホップしたためタイミングはズレた。


 ズバン! 乾いたミットの音がした。金田のスイングは空を切り、ボールは北条のミットに飛び込んだ。

「ストライク、バッターアウト!」

 追加点のピンチを抑えたことでスタンドからは大歓声が湧き起こり、ネネは小さくガッツポーズをした。


 一方で空振りした金田は唖然としていた。バックスクリーンのスピードガンは142キロを計測している。

(このボールが142キロだと? そんなバカな……体感速度はもっと速く感じたぞ……)

 そして、笑みを浮かべた。

(久しぶりに真っ向勝負で負けたな……しかし、なかなかやるな、あの女ピッチャー。ストレートでぐいぐい押してきて、まるで昭和のピッチャーみたいだ)


 試合は1対0、エンゼルスのリードで九回裏に突入する。

 レジスタンス最後の攻撃が始まろうとしていた。










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