第84話「逆襲のレジスタンス」前編
開幕戦を10対0で落としたレジスタンスは、その後、第二戦、三戦も落とし三連敗となる。三試合すべてワンサイドゲームであり、ネネは第一戦以来、出番はなかった。
三連戦が終わった翌日の月曜日の早朝、レジスタンスナインは大阪に戻るため新幹線に乗っていた。
一日明けて、火曜日からは本拠地で、広島エンゼルスを迎え打つのだ。
キングダム三連戦は少しもいいところがなかった。
先発ピッチャーは打ち込まれ、三試合で奪った得点はわずか一点。しかも期待のルーキー、四番織田勇次郎は三試合ノーヒットだった。
また開幕戦を終えて、まだ一勝もしていないのはレジスタンスだけで、順位は最下位になっていた。
そして迎えた火曜日、レジスタンスドームに、広島エンゼルスを迎えて午後六時にプレイボールの予定。
この日も中継ぎ登録されているネネが早めにドームに着くと、そこには勇次郎がいた。
「あ……」
「おう」
ふたりは並んでドーム選手通用口を歩いた。
「……随分、早いんだね」
「ああ、ここに来る前に二軍練習場で打ち込んできた」
勇次郎は相変わらず無愛想に話すが、世間では『レジスタンス開幕三連敗の戦犯』、『ゴールデンルーキー期待はずれ』等、叩かれまくっている。
並の選手ならたまらない状況だが、勇次郎は世間の批判など、どこ吹く風で堂々としていた。
(……しかし、この人、本当にすごいなあ。あれだけ叩かれても平然としてるもん)
ネネがそう感心した時だ。珍しく勇次郎から話しかけてきた。
「……そう言えば」
「は、はい!」
ネネは驚き、つい敬語になった。
「この前、キングダムドームでおふくろとアニキが、お前の家族に世話になったみたいだな」
「あ、うん……席が近かったみたいだね」
その話は父親から話は聞いていた。勇次郎がノーヒットで母親が泣いてたと言う。
自分はたまたま無失点デビューだったが、もし炎上したりしたら、どれだけ家族が傷ついたかと思うと胸が苦しくなり、勇次郎母のことを思うと心が痛んだ。
ふたりはそれ以上会話をせず、黙って通路を歩いていった。
その頃、今川監督は杉山ピッチングコーチ、岩田バッティングコーチとミーティングを行なっていた。
開幕三連戦を終えて総得点数はわずか「1点」、総失点数は「18点」と既にリーグワーストだ。
ただ、失点は10→5→3と改善しつつあるが、得点は0→1→0と湿っている。特に四番に座る織田勇次郎が、ここまでノーヒットと足を引っ張っていた。
やはりプロの世界は甘くない。各球団はオープン戦で絶好調の勇次郎を徹底的に分析して抑え込んでいたのだ。
そこで首脳陣たちは、ホーム開幕戦を前に勇次郎の代わりに調子が良い明智を四番に任せるかを話し合っていたが、最終的には今川監督が勇次郎を四番から外さないという決断を下した。
また「オープン戦で調子が良かったから、勘違いしていたが、俺たちは前年最下位のチームだ、いきなり強くなるわけがない。まずは今日のホームの試合から巻き返す」と、改めて本拠地からの再スタートを宣言した。
そして、その巻き返しは、先発ピッチャーの前田に託されることになった。
キングダムとの三連戦、先発陣は全員五回を持たずKO。中継ぎ陣の負担が増えているため、杉山コーチから今日はなるべく長いイニングを投げてほしいと頼まれたが、元来、気が弱く、プレッシャーに弱い前田だ。試合前から青い顔をしていた。
「そう自分を追い込むな。俺のサイン通り投げれば、お前のコントロールならそうそう打たれない」
キャッチャーの北条がそう励ますが、前田はずっと青い顔をしたままだ。
(無理もない。去年までの実績を考えれば、前田がこうしてローテーション入りしたのは夢みたいな大抜擢だ。それなのにチーム三連敗を阻止するよう期待されて、ホームゲームの開幕投手を務めるんだからな。プレッシャーは半端ないだろう……)
北条はこれ以上、前田に何と声をかけてよいのか分からなかった。すると、前田の姿を見つけたネネが近寄ってきた。
「前田さん!」
「ネネ……」
前田は青白い顔を上げてネネを見た。
「遂にホーム開幕戦の先発だね。頑張ってね!」
ネネはニコニコして励ますが、それが逆に前田の緊張を加速させた。
前田は泣きそうな顔でネネに話しかけた。
「ネネはすごいよね……キングダムドームでも堂々と投げて、結果も出して……」
「え? そんなことないよ、私も物凄く緊張してたよ。だから前田さんも大丈夫だよ」
「ううん……僕は臆病だから、投げるのが怖くて仕方ないよ……」
「そんなことないぞ、前田」
すると、そこに杉山コーチが現れた。
「杉山コーチ……」
「臆病、ということは慎重ということ。それはピッチャーにとって大事なことなんだぞ」
杉山コーチは話を続ける。
「なあ、前田、質問だ。九回裏ノーアウト満塁、お前ならバッターをどう打ち取る?」
(あ……私がされたのと同じ質問だ)
ネネは前田が何て答えるのか気になった。
前田は少し考えた末に口を開いた。
「わ、分かりません……」
「何?」
「どういう状況での満塁なのか……相手は何番バッターなのか……自分が先発なのか抑えなのか……それによって投げるボールも変わってきます。だから分かりません……」
パチパチパチ。杉山コーチが手を叩いた。
「よく考えてるじゃないか、それが良いピッチャーの条件だよ」
杉山コーチにほめられた前田は少し表情が明るくなった。ネネは、そういう考えもあるのか、と感心した。
「ちなみに、ネネは『全員三振に取る』って即答したから、もう少しよく考えろって叱った」
杉山コーチがネネを見て意地悪そうにニヤリと笑った。
「へ? あはは、すいません。前田さんを見習います」
ネネは照れ笑いした。そんなネネの姿を見て前田はクスリと笑った。何か気が楽になった気がした。
ネネと北条がその場を立ち去った後、杉山コーチが前田に話しかけた。
「なあ……さっきのネネの答えだが、どう思う?」
「全員三振に取るって答えですか? ネネらしいと思います」
「そうだな。だが、実はこの質問に正解はない。アイツが全員三振に取るというなら、それはそれで正解なんだ」
「え?」
「アイツは打者を三振に仕留めるストレートを持っている、即答したってことは、アイツは自分のストレートにそれだけ自信を持っているんだ」
「……」
「だからといって、お前はマネするなよ。お前とネネのピッチングは根本的に違う」
杉山コーチは前田の肩を叩いた。
「はい……」
「お前は制球力と頭脳で勝負するピッチャーだ。そしてそれは大きな長所になる。臆病結構、どんどん考えて投げればいい」
その言葉に前田は力強く頷いた。
やがて、時計の針が午後六時に近づいて来た。いよいよレジスタンスドームでの開幕戦が始まろうとしていた。
グラウンドにレジスタンスのネコのマスコット「レジーくん」と「コゼットちゃん」が現れて、観客に愛想を振りまいた。
五万人収容のレジスタンスドームには開幕戦ということもあり満員御礼らしく、スタンドがレジスタンスのチームカラーの灰色で染まっている。
試合開始前、ドームにアナウンスが流れた。
「只今から、大阪レジスタンス対広島エンゼルスのホーム開幕戦を行います」
そして、オーロラビジョンに今年のスローガン「DO MY BEST」が映し出され、スターティングメンバーがボールを持ってグラウンドに飛び出していった。
「一番センター、毛利、背番号53」
「二番セカンド、蜂須賀、背番号4」
「三番ショート、明智、背番号6」
「四番サード、織田、背番号31」
「五番ファースト、黒田、背番号3」
「六番ライト、斎藤、背番号7」
「七番レフト、浅野、背番号8」
「八番キャッチャー、北条、背番号27」
紹介された選手は大歓声に迎えられ、ボールをスタンドに投げむと、守備位置に付いた。開幕戦からスタメンの変更はない。
そして……「九番ピッチャー、前田、背番号47」
登場曲「Official髭男dism」の「宿命」をバックに、前田がマウンドに向かった。
相変わらず顔色は悪いが、前田は覚悟を決めた顔をしている。
ブルペンではネネが他の中継ぎ陣たちと一緒にモニターを見つめていた。
(頑張って前田さん……)
今川監督と杉山コーチからは、チームが勝っていたら、クローザーに繋ぐ八回の登板を命じられている。
レジスタンス初勝利と巻き返しを掛けた、ホーム開幕戦が始まろうとしていた。




