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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第4章 ペナントレース開幕編
83/207

第83話「強い気持ち、強い愛」後編

 八回裏に登板したネネはキングダム打線を無失点に抑え、10対0と大量リードされた中で明日に繋がるピッチングを見せた。


 ネネがベンチに戻ると、今川監督が笑顔で出迎えた。

「よくやった! 今までやられっぱなしだったが、ようやく最後に一矢報いたぞ!」

 しかし、その言葉を聞いたネネは首を傾げた。

「ん? どうした?」

「いえ……何かもう試合が決まったような言い方をするから……反撃はこれからでしょ?」

「あん?」

「あと一回、ウチの攻撃が残ってます。野球は最後のアウトを取られるまで、何があるか分かりません。あきらめたら、そこで試合終了ですよ、監督」

 ネネはニコニコしながら、某バスケ漫画の有名なセリフを言った。

「はっはっは! その通りだ!」

 今川監督はガハハと笑う。


(どうやら俺が一番勝負をあきらめてたみたいだ。たった一回無失点に抑えただけで満足するとはな……)

「おい、お前ら聞いたか!?」

 そして、ベンチ内で声を張り上げた。

「こんな小娘に言われ放題だ! もう一回気合いを入れ直せ! 最後まであきらめるな!」

「おう!」

 再び闘志が宿る選手を見たネネは、微笑みながらベンチ裏に下がった。


 ネネはベンチ裏のイスがある場所まで来ると、倒れ込むように座りこんだ。

(良かった……ゼロで抑えれて)

 たった1イニング投げただけだが、ネネの身体は極度の緊張で限界だった。


「ね、ネネ!」

 そんなネネを見つけた由紀が駆け寄ってきた。

「あ……由紀さん、ゼロに抑えたよ」

 ネネはニッコリ笑う。しかし、由紀はネネの表情から何か異変を察知し肩を触った。

(な……何? この異常な熱さは?)

 由紀は驚愕した。ネネの肩が異常な熱を帯びていたからだ。

「ネネ、待ってて! すぐにアイシングするからね!」

 アイシングとはピッチャーが投球後に熱を持った箇所を氷で冷やすこと。アイシングのことを勉強していた由紀は、すぐに氷を用意して、ネネの肩と肘にアイシングを始めた。


(無理もない。体格的には遥かに劣る小さな身体でプロの男相手に投げているのだ。身体が悲鳴を上げてもおかしくない……)

 ネネにアイシング施す由紀だったが、ふと、ある嫌な予感が頭をよぎった。

(今まで、私はネネが男顔負けの球を投げることを天性の才能と努力の賜物と思っていた。でも本当は違うのでは? ネネはもしかして、大事な『何か』を削りながら投げているのでは?)

 そして、以前、本で読んだある記事を思い出した。

 それは『速球投手は肩や肘に大きな負担がかかるため選手生命は短い』という内容だった……。


「由紀さん、ありがとう。気持ちいいよ」

 ネネはニッコリ笑う。由紀はその笑顔を見て不安を振り払うように頭を振った。

(大丈夫、ネネは大丈夫……私がそうはさせない。絶対にネネを守ってみせる……)

 アイシングを受けるネネを見て、由紀は固く心に誓った。


 その頃、三塁側観客席ではネネのピッチングに興奮した中年のおじさんが、皆に飲み物を振る舞っていた。

「やっぱりすごいな! 羽柴寧々は!」

「でしょ? ネネちゃんは昔から男相手でも一歩も引かなかったのよ──」

 ドーム名物のシェイクを飲みながら妹のキキが胸を張った。


「すごいですね、ネネさん。ゼロに抑えちゃいましたね」

 勇次郎母も興奮しながら、ネネの母に話しかけたが、ネネの母は厳しい顔をしていた。

「……羽柴さん? 何か気になることでも?」

 勇次郎母が心配そうに尋ねた。

「あ、はい……ちょっと気になることがあって……」

 ネネの母は口を開く。

「昔……ネネが小さい頃、男の子に頭を木の棒で殴られて帰ってきたんです。ネネは笑いながら、大丈夫って言ってましたが、振り返ったら頭から血を流していて……」

「え! ええ!?」

「本当は痛かったはずなのに、私が心配すると思って、平気な顔をしていたんです……」

「す、すごい話ですね」

「さっき、アウトをとってベンチに帰ってくるときネネの顔が見えました。その時のネネの顔が……あの時と一緒だったんです……」

 ネネの母はハンカチで目元を拭った。

「あの子は何かを隠している……恐らく、それは知られたら、皆が心配する何かを……」


 そして、九回表、最終回のマウンドにはキングダムエースの沢村が立った。

 初回、崩れかけた沢村だったが、ノーアウト満塁で勇次郎を三振に仕留めたあとは完全に立ち直った。許したヒットは初回の一本のみ。圧巻のパーフェクトピッチングで、開幕戦完封勝利を狙うべくマウンドにいた。


 先頭バッターは一番の毛利。しかし、沢村の前にあえなく三振。そして、二番蜂須賀もショートフライに打ち取られた。

 キングダム開幕戦勝利まであとワンアウト。最後のバッターになるかもしれない三番明智が打席に入った。


(ふざけんなよ、このまま終わらせてたまるか!)

 明智は打席で集中力を高める。


 沢村もストレートと変化球を駆使し、カウントは2-2となる。

 最後の一球になるか? 沢村は決め球のスライダーを投じるが、ややコースが甘くなった。明智はその甘い球を逃さず叩き、打球は左中間のフェンスを直撃。明智のツーベースヒットが飛び出した。


 ツーアウトながらランナーは二塁となり、レフトスタンド、レジスタンス応援席からは歓声が上がり、四番織田勇次郎に打順が回ってきた。

 勇次郎はここまで沢村の前に三打席連続三振を喫しているが、今川監督は勇次郎に代打は送らず、そのまま打席に送った。


「沢村、あとひとりだ!」

「織田──、最後に意地を見せろ──!」

 両チーム応援席から声援が飛び交う中、勇次郎はバッターボックスに入った。


 三塁側観客席の勇次郎母は、怯えてグラウンドが見れない。思わず席を立とうとするが、そんな勇次郎母の腕をネネの母が掴んだ。

「……最後まで見ましょう、織田さん」

 ネネの母はニッコリ笑う。その笑顔にほだされ勇次郎の母は座り直した。


 マウンドに立つ沢村はセットポジションからストレートをアウトローに投じる。

 コースいっぱいに決まりワンストライク。しかし、勇次郎は悠然と見送る。その見送り方には貫禄があり、とても今日三打席三振してるルーキーとは思えなかった。


「勇次郎は……父親を知らないんです……」

 座り直した勇次郎の母はポツリと呟いた。

「あの子の父親は勇次郎が産まれてすぐに病気で亡くなって……それからは五つ上の兄、宗一郎が父親代わりでした」

 隣に座っている兄の宗一郎がペコリと頭を下げた。

「私は仕事が忙しく構ってあげれず、勇次郎は宗一郎の後を追いかけて、気がつけば野球に打ち込んでいました……」

 母はグラウンドの勇次郎を見つめる。

「でも野球に打ち込むようになればなるほど、あの子はストイックになり、口数も減り、笑顔も愛想もなくなっていって……」


「あ──、分かる分かる。ネネちゃんも言ってたよ。織田勇次郎は無口で無愛想でデリカシーがないって」

 キキが口を挟んだので、ネネの父親が血相を変えて「ちょ……キキ! やめなさい!」とキキの口を塞いた。


「いいんですよ。本当のことなので……」

 勇次郎母は苦笑いする。

「うぐぐ……でもね──、おばさん、ネネちゃん他にも言ってたよ。織田勇次郎は不器用だけど、心の奥底には優しさがあるって」

 キキは口を塞がれながらも話を続けた。


「そ、そうなんです……」

 その言葉を聞いた勇次郎母は涙を流した。

「あの子は……本当は優しい子なんです……ただ自分の気持ちを素直に表現できないだけで……」

 そしてハンカチで目を押さえた。

「だから、私、考えてしまうんです……勇次郎に父親がいたら違ったんじゃないかと……あの子がああなったのは、私のせいじゃないかと……」

「織田さん、それは違いますよ、絶対に」

 ネネの母がキッパリと否定する。

「お母さんがいたからこそ、息子さんはここまで来れたんですよ」

「羽柴さん……」

「織田さん、最後まで見守りましょう。それは私たち親にしかできないことです」


 しかし、沢村は最終回になり、またギアを上げた。150キロのストレートが決まり、あっという間にツーストライクとなる。


「やっぱりダメか……」

 スタンドからはため息がこぼれ、勇次郎母はグラウンドから目を逸らした。そんな勇次郎母にネネの母が声をかけた。

「ダメですよ、織田さん。しっかり息子さんを見ないと……」

「いえ……羽柴さん、私、ダメです……見れません……また三振するかと思うと……」

「いいじゃないですか、三振でも。息子さん、全力でバットを振ってますよ。逃げてないですよ」

「そうだよ母さん。普通なら当てにいくバッティングをするけど、勇次郎、フルスイングしてるよ。あきらめてないよ」

 勇次郎の兄も後押しする。


「よ、よ──し! 俺たちも声を出そう! 織田勇次郎を応援するぞ!」

 すると中年のおじさんが立ち上がって声を出した。その言葉に周りの皆も同調した。


「打て──! 織田勇次郎──!」

 内野席から勇次郎を応援する声が響いた。

「頑張るんだ、織田くん──!」

「こら──! 織田勇次郎──、最後に意地を見せろ──!」

 ネネの父やキキも声を張り上げ、レフトスタンド応援席からも「織田」コールが響いた。


(気に食わねえな……今日三打席三振なのに何だその目は……それがルーキーの目かよ)

 マウンドの沢村は、追い込まれても鋭い眼光を飛ばしてくる勇次郎に苛立っていた。

 キャッチャー矢部からスライダーのサインが出るが首を振る。

(ふざけんな。格の違いを見せてやるよ)


 沢村はセットポジションから全力のストレートを投じた。ボールが唸りを上げて飛んでくる。勇次郎は鋭くバットを振り抜いた。

 しかし、沢村の球威の方が上だった。フルスイングしたバットは空を切り、ボールはミットに飛び込んだ。


「ストライク、バッターアウト!」


 空振り三振でゲームセット。ドームに詰めかけたキングダムファンの歓声と、レジスタンスファンのため息が交錯した。

 三振に打ち取られた勇次郎だったが、沢村を睨むと、表情を変えずにベンチに戻っていった。


 開幕戦を二安打完封、しかもルーキーで四番の織田勇次郎を四打席四三振と完璧に抑え込んだ沢村だったが、最後のフルスイングを見て、なぜか嫌な予感がした。

(並のルーキーなら最後の打席、何としてもバットに当てるバッティングをしてくる……。だがアイツはブレなかった。フルスイングしてきた。ただのバカか? それとも……)

 沢村はベンチに下がる背番号31をじっと見つめていた。


「……気持ちがいいスイングでしたね」

 ネネの母が勇次郎母に声をかけた。

「羽柴さん……ありがとうございました、羽柴さんのおかげで、最後まで息子の姿を見ることができました」

 勇次郎母は涙を拭いながら笑顔を見せた。

「どんな結果だろうと……勇次郎は私の自慢の息子です」

 その言葉にネネの母もニッコリ笑った。


 歓喜に沸くキングダムドーム。スコアボードには10対0のスコアが刻まれている。

 復活を賭けたレジスタンスの開幕戦は大敗に終わった。


 しかし、まだペナントレースは始まったばかり、長い長い戦いはこれから始まるのだ。



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