第82話「強い気持ち、強い愛」前編
キングダム相手にテンポの良いピッチングでツーアウトをとったネネ。
敗色濃厚な中、明日への希望が見えかけたが、キングダムはここでメジャーリーグから来た新外国人選手のフィッシュバーンを代打に送ってきた。
フィッシュバーンはメジャーで通算200本のホームランを打っているパワーヒッター。歳は35歳、背番号は「44」、ポジションは外野手だ。
また、北条はフィッシュバーンが打席に立つことを想定しておらず、攻略法は考えてなかった。
(フィッシュバーンはストレートに強いから、ネネとは相性が悪い。更にオープン戦でも一打席しか立っていないからデータが全くない。最後の最後に厄介なヤツが出て来たな……)
そう思い、マスクを被り直した。
一方で打席に向かうフィッシュバーンは、先程ベンチで通訳から仕入れたネネの情報を反芻していた。
球種はストレートとカーブのみ。しかも女性、だと。
(アンビリーバブルだ)
フィッシュバーンは呆れていた。元メジャーリーガーの自分を女と対戦させることに。
しかし、そんなフィッシュバーンに鬼塚監督は釘を刺した。「ただの女じゃない、気をつけろ」と。
左打席に入ったフィッシュバーンはマウンドのネネを見てため息をつく。
(所詮、女だ。警戒することなどない)
「ネネ─、あとひとりだ! 気を抜くなよ──!」
「ネネちゃん、頑張れ──!」
三塁側スタンドではネネの父と妹のキキが声を張り上げている。
そして、勇次郎の母はサードの守備位置にいる自分の息子とマウンドに立つネネを交互に見つめていた。
(ここから見ても勇次郎とネネさんの体格には、かなり差がある……)
そんな体格差にも関わらず、プロの男相手に堂々としたピッチングを披露するネネのことを心底すごいと感心していた。
「羽柴さん……ネネさん、すごいです。女性なのに男性相手に堂々と……」
勇次郎母はネネの母に声をかけた。
「あ、ありがとうございます……」
ネネの母は両膝に乗せた拳をギュッと固く握っていた。
「あの……ネネさんは小さい頃から野球をしていたんですか?」
勇次郎母が尋ねた。
「そうですね……ウチの夫が大の野球好きで、初めは長女の菜々とキャッチボールをしようと企んだんですよ」
母の隣にいる菜々がペコリと頭を下げた。
「でも私が大反対して……菜々も野球には興味を示さなかったんですが、次に産まれたネネはなぜか野球に興味を持って……」
ネネの母は苦笑いした。
「男の子に混ざって野球をするようになり、子供の頃からガキ大将で外を飛び回ってました……」
「私が、お人形遊びしよう、と誘っても全く相手にしてくれませんでした」
姉の菜々も苦笑いし、話を聞いた勇次郎母はクスッと笑った。
「硬式のボールが顔面を直撃して、顔が腫れあがったり、頭にボールをぶつけられて、病院に運ばれたこともあります」
勇次郎母はびっくりする。
「よ、よくそれで野球をやめませんでしたね……」
「私は散々、野球をやめるように言いましたが、本人はそれでも野球が好きだと言って……」
ネネの母はマウンドを見つめた。
「あんな遠いところへ行っちゃいました……」
「羽柴さん……」
マウンドのネネはサインを確認している。その姿を見て勇次郎母は口を開いた。
「でも……いまや日本中が注目する、女性初のプロ野球選手ですよ。ご自慢の娘さんじゃないですか?」
ネネの母は首を振った。
「プロ野球選手になってもならなくてもネネは私の自慢の娘です……いえ、ネネだけじゃない、菜々もキキもみんな私の自慢の娘です」
そう言って、ネネの母はニッコリ笑った。
(強い女性だな、芯があって……)
勇次郎母は羽柴寧々の強さの秘密が分かったような気がした。
一方、サイン交換が終わったネネは振りかぶった。
ダイナミックなフォームから投じられた初球はドロップ。外角ギリギリのコースに決まるが判定はボール。フィッシュバーンのバットはピクリとも動かない。
二球目はアウトローにストレート。だがコースから外れて再びボールとなる。コントロールが良いネネが珍しくボール先行のカウントだ。
三球目も再びアウトローにストレート。フィッシュバーンのバットは一瞬動きかけるが、結局動かず、このボールも外れて、カウントは3-0となった。
フィッシュバーンはネネの球を見て、心底、馬鹿らしくなった。
(外角一辺倒の逃げのピッチングか? 見た目もボールもガキだな。本当にオレが代打で出る意味があったのか?)
あと一球外れたらフォアボールになるが、次のバッターはピッチャーの沢村。点差からして代打を出す可能性は低い。フィッシュバーンとの勝負を避けて、打ち取りやすい沢村と勝負か……と誰もが思っていたが、北条はそう思っていなかった。
(カウントは3-0。さあ餌は撒いたぞ)
口元に笑みを浮かべるとサインを出し、ミットをど真ん中に構えた。
北条からのサインを確認したネネは大きく振りかぶるり、左足を高く上げた。
そのフォームを見たフィッシュバーンの顔色が変わった。
(何だ? 雰囲気が変わった?)
(いけえ!)
ネネは指先に力を込めて全力のストレートを放った。
唸りを上げてストレートが飛んでくる。
(普通のバッターなら、一球待つカウントだが、お前はどうかな? 元メジャーリーガーのフィッシュバーンさんよ!)
北条は心の中で叫んだ。
ネネの投げたストレートは威力はあるがコースはど真ん中。まさか絶好球が来るとは思ってなかったフィッシュバーンだったが、バッターの本能でスイングを開始した。
しかし、少し躊躇したため、僅かだがスイングのスピードが鈍った。また、ネネの球は手元で伸びてホップする──。
ガキン! 鈍い音が響いた。
フィッシュバーンのバットはボールの下を叩き、打球はセンター上空に高く舞い上がった。
(よし、狙い通り!)
北条はマスクを脱ぎ捨てボールの行方を確認した。
(予想通り手を出してくれた。俺の見立てではセンターフライだが……どうだ……?)
センター毛利が後退してフェンスに着いた。
もしかして入る?
観客たちが歓声を上げるが、打球は上がりすぎていた。やがてボールは失速し、毛利はフェンスから少し前進するとボールをしっかり捕球した。
フィッシュバーンは打席で呆然。センターフライでスリーアウト、チェンジだ。
「羽柴! 羽柴!」
レフトスタンドからは応援団がネネの名前をコールする。
ネネはグラブをポンと叩くと、声援を背中に受けながら、小走りでベンチに戻って行った。




