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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第4章 ペナントレース開幕編
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第80話「歴史の扉が開くとき」前編

「本当に……本当に申し訳ない!」

 ネネの父、母、菜々は織田勇次郎の母子に向かって頭を下げた。

 勇次郎の家族が近くにいるにも関わらず、キキが勇次郎を責める発言をしてしまったからだ。


「い、いえ……大丈夫ですよ。知らなかったんだから……それにウチの弟がブレーキになってるのは事実ですし……」

 勇次郎の兄は申し訳なさそうに答え、勇次郎母はまだ泣いてる。


 その一方でキキは先程の中年のおじさんたちに気に入られ、キングダムドーム名物のドームアイスをご馳走になっていた。

「こ、こら! キキ、お前も謝りなさい!」

 父が注意するが、キキはアイスを食べながら「え─? 何で謝るの──?」とキョトンとした顔をした。

「そうですよ、謝るなら私たちです。まさか織田選手の家族とは知らずに、本当にすいませんでした……」

 中年のおじさんたちは頭を下げ、勇次郎の母は少し泣き止んだ。


「あ──あ、ネネちゃんも投げないみたいだし、つまんないなあ──」

 アイスを食べ終えたキキが、前の座席にヒジを乗せて「ネネ」とつぶやくのを聞いた勇次郎母子と中年おじさんは思わず反応した。


「『ネネ』……って、まさか貴方たちは……?」

「は、はい……羽柴寧々の家族です。このふたりはネネの姉妹でして……」

 ネネの父が家族を紹介した。

「え、えええ──!?」

 勇次郎母子、中年おじさんたちは驚いた。

「そ、そんな……羽柴さんの目の前でウチの息子が……ううう……すいません……」

 すると、勇次郎母がまた泣きだしたので、ネネの父母は慌ててフォローすることになった。


 観客席で羽柴家と織田家が話している頃、試合は八回裏まで進み、レジスタンスの守りに入ろうとしていた。

 10対0と大差がつきベンチの雰囲気は暗い。柴田が三回途中五失点で降板したのだが、後から投げるピッチャーも全員失点し、逆にキングダムは先発全員安打を記録していて、レジスタンスはここまで良いところが全くない。

 今川監督は何か考えていたが、あごひげを少し触ると、ブルペンに電話をかけた。


「はい、ブルペンです」

 杉山コーチが電話にでる。

「ブルペンの雰囲気はどうだ?」

「正直……あまり良くないです」

 10失点もしたからだろう。杉山コーチも責任を感じていて声が暗い。

「なあ、俺に考えがある。流れを変えるためにも『アイツ』を投げさせたい」

「……私も同じことを考えてました」

「予定外の登板だが、いけるか?」

「はい、念のため肩は作っています」

「分かった」

 今川監督は受話器を置くと、ベンチを出て審判の元に向かった。


「今からですか?」

 ブルペンで肩を作り、椅子に座って待機していたネネは杉山コーチから登板を指示された。

「ああ、当初の予定とは違うが、投げてほしい」

「わかりました!」

 ネネは勢いよく立ち上がった。


「あ、ちょっと待て、ネネ」

 杉山コーチがブルペンを出ようとするネネを呼び止めた。

「俺は初登板する前のピッチャーに必ずする質問があるんだ」

「何でしょう?」

 杉山はゴホンと咳をするとネネに問いかけた。

「想像しろ。九回裏、ノーアウト満塁……」

「はい、ノーアウト満塁ですね」

 ネネは目を閉じた。

「この場面をどうやって0点で切り抜ける?」

「へ? 全員、三振にとりますけど……」

 ネネは目を開けて即答し、その回答を聞いた杉山コーチはずっこけた。

「あれ? いけなかったですか?」

「い、いや、この質問に正解はない。で、でもなあ、少しは考えろよ……自分が先発なのか、抑えなのか、何点差とか、バッターは何番からとか、そういうことを考えて投げるのがピッチャーだろう?」

「え? は、ははは……そうですよね、ごめんなさい」

 ネネは笑いながら舌を出すとブルペンを出た。


 そんな背番号41の後ろ姿を見て、杉山コーチは心の中で呟いていた。

(さっきの質問だが、そんなに自信満々に即答するヤツは今までいなかった。きっとそれはお前が自分のストレートに絶対的な自信を持っているからだろう)

 杉山はモニターを見つめた。10対0のスコアが見える。

(頼むぞネネ、お前のピッチングで、レジスタンスに光を与えてくれ)


 その頃、三塁観客席ではネネの父がビールを片手にスコアボードを見つめていた。

(八回裏、東京キングダムの攻撃か……スコアは10対0。余程のことがない限り、キングダムはこれが最後の攻撃だな)

 座席に深く座り直し、ビールを飲みながら横を見ると、ネネの母が勇次郎の母の隣に座って、慰めているのが見えた。


「織田さん、大丈夫ですか?」

 勇次郎母はレジスタンスのタオルで涙を拭っていた。

「は、はい……ありがとうございます……」

「お互い、子供のことは、気苦労が絶えませんね」

 ネネの母はネネによく似た笑顔を見せる。

「はい……でも、羽柴さんはすごいです。ウチは息子だから、ある程度、安心して見ていられます。でも羽柴さんの所は娘さんだから、とても心配だと思うんです……それなのに皆さん、落ち着いていて……」

「心配ですよ、私も」

 ネネの母は苦笑した。

「え?」

「心配で心配でたまりません。新聞に記事が出て、夫や娘たちは喜んでいますが、私は心配しかありません……」

「羽柴さん……」

「それが母親ですよ」

 ネネの母は、勇次郎母を元気付けるようにニッコリと笑った。


「あれ?」

 その時、父親の隣に座るキキが声を上げた。

「どうした、キキ?」

「ネネちゃんだ! ネネちゃんが投げるよ!」

 キキが立ち上がって叫ぶ。皆が一斉にレジスタンスベンチを見ると、今川監督と一緒にベンチを出る背番号41の後ろ姿が見えた。

 そして、ドームにアナウンスが響き渡る。


「大阪レジスタンス、ピッチャー交代のお知らせです。ピッチャー羽柴寧々、背番号41」




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