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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第3章 プロの洗礼編
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第77話「決戦前夜」

 オープン戦最後の試合から二日経った3月28日の木曜日。レジスタンスナインは、新幹線で一路東京へ向かっていた。


 いよいよ明日、プロ野球の公式戦、ペナントレースが開幕するのだ。

 野球ファンは明日から始まるペナントレースを今か今かと待ち侘びているが、選手たちにとっては長い長い戦いの始まりになる。

 レジスタンスの開幕戦の相手は球界の盟主でもあり、昨年のセリーグ優勝チーム「東京キングダム」。キングダムの本拠地である東京の「キングダムドーム」での試合開催だ。


 新幹線の車内で広報担当の由紀はバッグからタブレットを取り出し、明日の試合日程を確認した。

 3月29日、午後六時に試合開始プレイボール。開幕投手は、レジスタンスはベテラン柴田。そして、キングダムは絶対的エース沢村竜児だ。


 また、ペナントレースでのネネの役割は中継ぎに決まった。今のところ、勝ちパターンでの八回での起用が濃厚。抑えの三好に繋ぐ大事な役割になる。

 由紀は隣に座っているネネを見た。いつもなら何か食べているネネが今日に限っては何も食べず、何か物思いに耽るように微動たりせず窓の風景を見ていた。


 そして、レジスタンスの四番は織田勇次郎に決定した。高卒のルーキーが開幕四番を務めるのは長いレジスタンスの歴史の中でも初めての出来事だ。

 勇次郎もプレッシャーを感じているのか、ネネと同じように窓の外をじっと見ていた。


 新幹線が品川駅に着くと、選手や球団スタッフたちはバスでホテルへ移動した。宿泊ホテルはキングダムドームに隣接するキングダムホテルだ。


 ホテルに着いたのは夕方。そのままホテル内で食事をとり、野手陣、投手陣別でミーティングを行った。

 その後、全体ミーティング。東京でキングダムと三連戦のあとはレジスタンスドームに戻り、広島エンゼルスを迎え打つことになる。

 ミーティングが終わると各自部屋に戻った。選手にはひとり一室部屋が割り当てられる。


「ネネ……」

 部屋に戻ろうとするネネに由紀が声を掛けた。朝からネネの元気がないのが気になっていた。

「大丈夫、ネネ……?」

 由紀がそう言うとネネは笑みを浮かべた。

「何が? 私は全然大丈夫だよ」

 そう言ってネネは部屋に向かった。


(嘘だ。ネネは何か不安を抱えている)

 由紀はネネの後ろ姿を見てそう感じた。

 正直、ネネが抱えている不安が何なのか分からない。だが、由紀はネネがどこか遠い所に行ってしまうような嫌な予感がしていた。


 部屋に戻ったネネは冷蔵庫からペットボトルの水を取り出してひとくち飲んだ。そして、窓のカーテンを開けた。

 部屋は高層階で、窓の外にキングダムドームの白い屋根が見えた。暗闇の中に白い建物がぼうっと浮かび上がり、その周辺には光の洪水が見えた。


 ネネはスマホを手に取って、スポーツニュースをチェックした。

 そこに自分の記事があった。

『史上初の女子プロ野球選手、羽柴寧々、遂に開幕を迎える』

 と言う記事で、オープン戦で一定の成績を残したが、実力は未知数で、果たして女性がプロの世界で本当に通用するのか? という内容だった。


 ネネは再びドームの白い屋根を見つめた。

 今までガムシャラに投げてきたが、それはあくまでオープン戦だ。明日からは公式戦のペナントレース。自分の役割は中継ぎで、登板は流動式だから、チームが勝っていたら出番はあるかもしれない。

 そうなると自分の一球が勝敗を左右する。誰かの人生を左右する。

 そう思うと投げるのが怖くなった。

 福岡アスレチックス戦でマウンドに向かう恐怖を覚えたが、今回の恐れはまた違うものだった。

 ネネは今まさに、プロ野球選手としての覚悟を問われていた。


 その時、スマホの着信音が鳴った。

 液晶画面には「お父さん」と名前が浮かび上がっていた。ネネは電話を取った。

「……もしもし」

「おお、ネネか!? お父さんだ! 久しぶりだな!」

 久しぶりに聞く父の声に少し気持ちが落ち着いた。

「ネネ、明日はみんなで応援に行くぞ!」

「え? 私、中継ぎだから、投げるかどうか分からないよ!」

「いや……それが球団から家族分のチケットが届いたんだ。良かったら見に来てくださいって……」

「そ、そうなんだ……」

「月末の金曜日だから、休みをとってみんなで行くからな!」

「でも悪いよ……わざわざ東京にまで来るなんて……」

 すると、父の後ろから声が聞こてきた。

「ネネちゃん、大丈夫! 私の高校合格祝いでディズニー旅行も兼ねてるから!」

 妹のキキの声だった。どうやらスピーカーにしてるみたいだ。

「ネネ──」

 次に姉の菜々の声がした。

「元気にしてる? 無理はしないでね」

(お姉ちゃん、キキ……)

 懐かしい姉妹の声に癒され、ネネは急に家族が恋しくなった。

「お姉ちゃん……お母さんは?」

 名古屋駅の新幹線のホームで別れて以来、母とは話していない。

「うん、台所で洗い物してる……」

 ネネはスマホを母の近くに持っていってほしいと頼んだ。


「お母さん……?」

「……どうしたの?」

 母の声がした。ネネはまぶたの裏が熱くなり子供の頃を思い出した。何か辛いことがあればいつも母に話した。母はいつだって自分の話を優しく聞いてくれた。


「お母さん……私ね、今、東京のホテルにいるんだよ!」

 ネネはわざと明るい声を出した。

「すごいんだよ! 窓からはドームが見れる部屋なの! 夜景もキレイで、みんなに見せてあげたいくらい!」

 しかし、母は何も言わなかった。その代わりにネネの話を黙って聞いていた。そして、口を開いた。

「ネネ……何かあったの?」

 ネネの目に涙が浮かんだ。母はまるで超能力者のようにネネの不安を見透かしていた。ネネは声を絞り出した。

「お母さん、私、怖いの……」

 母は黙って聞いている。

「明日、もし投げるかと思うと怖いの……」

 スマホを持つ手が震えた。

「お母さん、私がプロ野球選手になりたい、って言ったとき反対したよね。きっとそれは私のことを心配してくれてたんだよね。今頃、お母さんの優しさに気付くなんて、私、バカだったよ……」

 ネネは鼻をすすり、泣くのを我慢した。


「ネネ……」

 電話の向こうの母の優しい声がした。

「いいのよ、怖いのなら……辛いのなら、帰ってきてもいいのよ」


(お母さん……!)

 母の言葉にネネは今すぐにでも家に帰りたいと思った。しかし、母は言葉を続けた。

「でもネネは野球が好きなんだよね?」

 その言葉にネネは頭を殴られたような気がした。

「……うん」

 ネネは今にも消え入りそうな声で答えた。

「それなら続けなさい。野球が好きなら……自分が決めたことなら、続けなさい」

 母は毅然とそう言い残し、電話を切った。


 ネネは通話が切れたスマホを眺めていた。

(ありがとう、お母さん……怖いのは変わらないけど、でも私はそれ以上に野球が好き……)

 今にもこぼれ落ちそうだった涙を目をギュッとつむり堪えた。

(だから続ける……頑張るよ)

 ネネは目をゴシゴシ拭うと部屋を出た。


 ホテルを出て、少し歩くとドームを臨む陸橋に出た。眼前に見えるドームは静かに闇夜に佇んでいる。

 ネネはドームを見つめた。その目に、もう不安や恐れはなかった。


 ふと気が付くと、陸橋の端に人影が見えた。若い男性でドームを見つめていた。

 目を凝らして見ると、それは何と勇次郎だった。ネネは驚き、勇次郎に近付いて声を掛けた。


「何してんの?」

 ネネの声に勇次郎は驚いた。

「お前こそ、何でここにいるんだよ?」

 ふたりは並んでドームを見つめた。


「中学生の頃……」

 勇次郎が口を開いた。

「修学旅行の自由行動で、ここに来たんだ」

「え!? 私も来たよ! 自由行動の時に! じゃあ、その時、会ってたかもしれないね!?」

「まさか」

 勇次郎は少し笑みを浮かべた。

「その時、誓ったんだ。いつかキングダムに入団して、このドームでプレーする、ってな。でも、まさかその三年後に敵としてここでプレイすることになるなんて思わなかった」

 勇次郎は遠い目をした。


 ネネは勇次郎の横顔を見た。

(そうだった。私はひとりじゃない。仲間がいる。仲間と一緒なら、どんな困難にも立ち向かっていける)

 そして、笑みを浮かべた。


 春特有の匂いがする風が吹き、桜の花びらが舞い上がった。

 ネネと勇次郎は来たるべき明日の決戦に向け、ドームを無言で見つめ続けていた。


 以上を持って、第三章完、となります。最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。

 第四章は「ペナントレース開幕編」になります。

 面白い! と思ってくれたり、続きを読みたい! と思ってくれたら、ブックマークや評価等をしてもらえると励みになりますので、よろしくお願いします。

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