第76話「本拠地初登板」後編
オープン戦最終戦の対神戸ブルージェイズ戦。2対1とレジスタンスリードの八回表、ネネは一軍への生き残りを賭けてマウンドに上がった。
一万人の大声援を受けてマウンドに到着すると、そこには今川監督と北条がいて、まずは北条が声を掛けてきた。
「杉山コーチから、クセは矯正したと聞いてるが大丈夫か?」
「はい、大丈夫です!」
次に今川監督が口を開く。
「ネネ、今日の登板はお前の最終テストも兼ねている。内容次第では二軍に行ってもらうからな」
「分かりました!」
ネネは今川監督をキッと見た。
今川監督と北条がマウンドから離れると、ネネはマウンドをスパイクで慣らした。
(そう言えば、オープン戦は敵地ばかりで投げてたから、レジスタンスドームで投げるのは、何気に育成選手同士の試合以来だ……)
そして、ネネは天井を見上げて、ある選手のことを思い出した。それは育成選手同士の試合でバッテリーを組んだ丹羽のことだった。
……あの日、丹羽は自分と組んだがために、キャッチングの未熟さを指摘され、球団を解雇された。丹羽が解雇されたことを聞いたネネは号泣したが、そんなネネに丹羽は優しく慰めてくれた。『自慢できる選手になってくれ』と。
(丹羽さん、見ててね。私……丹羽さんが自慢できる選手になるからね)
ネネはあの日と同じように、マウンドの感触を確かめながら投球練習を始めた。
投球練習が終わると、バッターが打席に入った。八回表、ブルージェイズは二番からの打順だ。
北条のサインを確認したネネはセットポジションに構えた。
一方で二番バッターはネネの口元を凝視した。
(口は真一文字……ストレート、つま先は左、つまり内角のストレートか)
第一球、内角へのストレートがズバンと決まった。審判の手が上がり、ワンストライク。
(本当に報告通りだな……)
二番バッターは笑みを浮かべた。
そして、二球目、バッターはネネを観察。セットポジション、口元は真一文字、つま先は右。
(次は外角へのストレート……)
ネネの二球目はバッターの読み通り、外角へストレート。バッターはバットを振らずに見送る。
(本当に球種が丸裸だ。こりゃあ、楽勝だな)
ツーストライクと追い込まれたが、ネネのクセを確認したバッターはほくそ笑んだ。
三球目、今までセットポジションに構えていたネネだったが次は振りかぶった。二番バッターは今度はネネの肘の高さを見た。
(肘の高さは低く、つま先は右、つまり『外角のストレート』)
バッターはストレート狙いで、外角に意識を集中した。
振りかぶったネネはボールを投じる。バッターは踏み込もうとした。しかし……。
「う、うわ!」
外角へのストレートのはずが、ボールが肩口に向かって飛んできたので、バッター思わずのけぞった。だがボールは減速すると、急激に曲がってストライクゾーンに落ちた。ネネのウイニングショット「懸河のドロップ」だった。
「ストライク! バッターアウト!」
(は、はあ? 情報と違うぞ!)
ストレートと思っていたバッターは完全に裏をかかれて見逃し三振、打席で呆然とした。
一方でネネのドロップを受けた北条は感心していた。
(本当にクセを消しやがった……大したモンだな、アイツ……)
口元に笑みを浮かべてネネにボールを返球した。
先頭バッターを三振に仕留め、次は三番バッターが打席に入った。
バッターはネネを凝視。口元が真一文字のためストレートを待つが、投じられたのはドロップ。タイミングをずらされ空振り。
クセの通りの球種が来ないため、バッターは戸惑う。
二球目もクセを読みストレートを待つが再びドロップが外角いっぱいに決まり、ツーストライクまで追い込まれる。しかも、プレートのつま先のコースのクセの情報も役に立たない。
(バカな……こんな短期間でクセが消えるなんて……他に……何かクセはないのか?)
バッターがネネのクセを見つけることに気をとられている内に、三球目はど真ん中に糸を引くようなストレートが決まった。
バッター見逃し三振。これでツーアウトだ。
「ケンシロウさん……スコアラーからの情報は忘れてください。羽柴寧々のクセは完全に消えてます」
三振に倒れた三番バッターは、打席に向かう次の四番バッターにそうアドバイスした。
「神戸ブルージェイズ、四番レフト、北野拳四朗」
アナウンスに導かれた四番バッターが打席に立った。
北野拳四朗、その大柄な体型と太い眉毛から「ケンシロウ」の愛称で親しまれているパワーヒッターだ。
四番北野を相手にネネはゆっくりと振りかぶった。
(ヒジの位置が低いな。スコアラーからの情報だと、これはストレートだが……)
ケンシロウはクセを確認する。しかし、内角にドロップが決まった。
(あらら……本当にクセが消えてるわ)
ケンシロウはバットを下ろして感心した。
(……それなら、ご細工なしで力と力の勝負だ!)
二球目、バットを構え直すケンシロウに対して、ネネは気迫のストレートを投じる。
真ん中高めのストレート。その球をケンシロウはフルスイング。
だが、ジャストミートせず、ボールは真後ろのバックネットに突き刺さった。
三球目、ネネは北条のサインを確認すると大きく振りかぶった。ネネの肘の高さは一定を保っていて、フォームから球種は読めない。また口元の動きも変わらない。
(クセなんて関係ない。コイツの球種はストレートとカーブだけ。確率は二分の一、来た球をしばき上げるだけだ!)
ケンシロウはバットを握りしめる。
左足を大きく上げ、軸足となる右足はヒールアップ。ダイナミックなフォームから弾丸のようなストレートが放たれて、ケンシロウの内角を抉る。
ケンシロウはフルスイング。
しかし、ネネの投じたストレートは唸りを上げてホップした。
ズバン!
乾いた音を立て、ボールはミットに飛び込んだ。空振り三振、バッターアウト、チェンジだ。
ブルージェイズ打線を三者連続三振に仕留めたネネはグラブをポンと叩くと、小走りでベンチに戻った。
その後、九回表はクローザーの三好が締めて試合終了。2対1で勝利したレジスタンスは、オープン戦三位という好順位で終わった。
これでオープン戦は全日程が終了した。
明日は完全にオフ日。そして、その次の日は金曜日の夜から始まる開幕戦に合わせて東京へ移動する。
開幕戦の相手は球界の盟主「東京キングダム」、対戦場所は東京の「キングダムドーム」だ。
また、ネネはこの試合の好投で首脳陣から合格点を貰い、晴れて一軍に残ることができた。
着替えを終えたネネは由紀が待つドームの駐車場に向かっていた。すると、途中で勇次郎に会った。
「あ、勇次郎……」
勇次郎も帰りの途中で、オープン戦での結果から開幕四番を申し伝えられていた。
「どうやら生き残ったみたいだな」
「アンタも開幕四番なんだってね」
ネネが笑みを浮かべて言うと、勇次郎は「ああ」と短い返事をした。
ふたりはドームの通路を並んで歩いた。歩きながら勇次郎はネネをチラリと横目で見た。
(ピッチングフォームのクセを消すのは簡単じゃない。中にはそれが原因でフォームを崩すときもある。それをコイツは短期間で完璧に修正してきやがった。何てヤツだ……)
「……オレも負けてられねえな」
勇次郎はボソリと独り言を呟いた。
「え? 何?」
「何でもねえよ」
勇次郎は無愛想にそう言うと、再び前だけを見て歩き出した。




