第74話「オリジナルスマイル」
ネネのフォームにクセが見つかった。
と、スコアラーから連絡が入ったのは、仙台で行われた対「仙台レンジャース」戦から三日後のことだった。
北海道ブレイブハーツ戦のあと、レジスタンスは仙台に移動して、仙台レンジャースとオープン戦を戦ったのだが、中継ぎとして登板したネネはメッタ打ちをくらい、1イニングで六失点して降板していた。
そして、この結果を見た球団はネネの球種問題に本腰を入れ、ネネのピッチングフォームを解析していたのだ。
連絡を受けたネネがレジスタンスドームの映像解析室に行くと、そこには球団スコアラー、杉山コーチ、そして、机に突っ伏して寝息を立てている由紀がいた。
「え? 何で、由紀さんがここにいるの?」
「浅井さんも手伝ってくれたんですよ」
驚くネネにスコアラーが説明する。
「クセを解析するには情報が少なすぎて……そうしたら、浅井さんがスマホに羽柴さんのピッチング動画を大量に撮っててくれたので、参考にさせてもらいました」
「ああ、そのおかげでクセが分かったぞ」
杉山コーチがそう言うと、モニターにネネの映像が映し出された。
モニターには間違い探しのようにネネの振りかぶった画像が二枚並んだ。
「左がストレート、右がドロップのフォームだ。違いが分かるか?」
杉山コーチがネネに尋ねる。
「あ……!」
ネネは映像を見てあることに気付いた。振りかぶったヒジの位置が、右の映像の方が高いのだ。
「振りかぶった時のヒジの高さが違う……」
「その通りだ。多分無意識の動作だが、ドロップを投げる時はストレートの時より、大きく振りかぶっている」
杉山コーチが解説する。
「じゃ、じゃあ、振りかぶらないセットポジションのときは……?」
スコアラーが違う画像を出す。そこにはセットポジションのネネの姿が並んだ。
「こ、コレは分かりません。構えは全く同じに見えます……」
次いでスコアラーがボタンを押すと、ネネの画像が動き出した。ネネはじっとフォームを見るが全く同じに見えた。
「わ、分かりません……このフォームのどこに違いがあるんですか?」
「違いはフォームじゃありません」
スコアラーが口を開く。
画面が再び、セットポジションに構えた画像に切り替わった。
「ネネ、フォームじゃない。見るのは口元だ」
「あっ!」
ネネが声をあげた。ストレートの時は一文字の口元がドロップの時は「への字口」になっている。多分、無意識の行為だ。
「振りかぶった時のヒジの高さ、あとは口元の動きで球種を判断していたんだ」
杉山コーチが解説する。
「それと、プレートを踏む足の方向で内と外のコースを見極めている」
「ええ!?」
画像はネネの足元を映し出す。
「プレートに置いたつま先が向かって左のときは内角、右の時は外角だ」
ネネはプロの恐ろしさに愕然とした。
(こ、こんな小さな仕草でクセを見つけるなんて……)
「見つけたのは多分、新垣だろうな。アイツの観察眼はハンパない。新垣はチームメイトにお前のクセを伝え、それから一気に攻略法は他球団に広まったんだ」
ネネは拳をギュッと握った。
(新垣さんは試合前にキャッチボールの相手を務めてくれた。でもそれは、もしかしたら私の肩を心配するのとは別にクセを見つけるためだったのかもしれない……)
「だが、ラッキーだったな」
「え?」
「フォーム自体に大きなクセがあれば、修正するには時間がかかるが、これなら少し手を加えるだけで大丈夫だ」
杉山コーチはニッコリ笑った。
「ほ、本当ですか!?」
「ああ、早速、試してみるか?」
「は……はい!」
ネネは席を立った
「あ……でも本当にありがとうございます。こんな短期間でクセを見つけてくれて……」
ネネがスコアラーに頭を下げると、スコアラーはニッコリ笑った。
「お礼なら浅井さんに言いなよ。浅井さんは一晩中モニターを見続けて、君のクセに間違いないか、ずっと確認してくれたんだよ」
「え? 由紀さんが……」
由紀は机に突っ伏してスヤスヤと寝息を立てている。
(由紀さん……)
ネネは由紀の優しさにまぶたの裏が熱くなった。そして、コートを由紀にかけ、頭を下げると部屋を出て行った。
それから数日後……。遂にオープン戦は最終戦を迎えた。
場所は本拠地レジスタンスドーム、相手はパリーグの「神戸ブルージェイズ」だ。
この試合でネネは中継ぎでの登板を命じられた。ここで結果が出なければ二軍落ちだ、と付け加えられて。
試合前、控え室では選手たちが各々自分なりの方法でリラックスしていた。
勇次郎もその内のひとりで、コーヒーを手に取っていた。この最終戦では開幕戦の最終テストのため四番を任されている。
勇次郎はコーヒーを持ってテーブルに座ると前のテーブルを見た。そこではネネと由紀がテーブルに鏡を置いて何かやっていた。
(何やってんだ?)
気になって鏡を覗いてみると、ネネが振り返った。ネネは両手の人差し指を口の両端に当てて口角を上げていた。
「ぎ、ぎゃあああ! 化け猫──!」
勇次郎は思わず叫んだ。
「だ……誰が化け猫よ!? 失礼ね!」
ネネが口から手を離して怒った。
「あ──! ネネ、ダメダメ! スマイル、スマイル!」
由紀がネネをなだめる。
「あ、そうだった。スマイル、スマイル……」
ネネは口元に指を当てると、再び鏡に向き合った。
「な、何やってんですか?」
勇次郎が不思議に思い由紀に尋ねた。
「クセの矯正よ」
「は?」
「ネネは力むと口元が無意識のうちに、への字口になっちゃうから、だから、こうして口角が下がらないクセをつけてるのよ」
ネネは鏡に向かって口角を上げる練習をしている。
「は、はあ……」
勇次郎はポカンとした顔をした。
そんな勇次郎を尻目にネネは鏡を見ながら自分に言い聞かせていた。
(やれることはやった。後は自分を信じて投げるだけだわ……)




