第73話「ケンカをやめて」
三回裏、突如連打されたネネはホームランを含め、1イニング五失点を喫し、ツーアウトながら、この回でマウンドを降りた。
2回と2/3を投げて、球数は28、被安打4、奪三振3、四球0、自責点5。これがネネの二度目の先発の結果だった。
その後、試合はブレイブハーツが勢いに乗りウチまくり、終わってみれば10対0の大勝。
試合前の新垣のパフォーマンスから始まり、ブレイブハーツの快勝でファンたちは喜んで帰っていった。
しかし、その一方で今川監督と杉山コーチは北条からの連絡を受けて、ネネの球種問題について話し合っていた。
「杉山コーチ、今までネネのピッチングフォームで、何か気になったことはあるか?」
「いえ、特には……あの娘はストレートもドロップも腕の振りが全く一緒で、今も変わってないはずです」
「……そうすると、疲れからフォームが崩れて、何かクセが出てるかもしれないな」
「その可能性もあります。ひとまず次回は短いイニングで様子を見てみたいです」
「分かった」
試合終了後、レジスタンスナインはドームの通用口を通り、外で待機している帰りのバスに向かっていた。その中にネネの姿もあった。
ネネはマウンドを降りてから、ずっと考えていた。
(バッターは全員球種を見極めていたように思えた。ということは私に何か問題があるってこと……?)
ドームの外では陽は落ちて真っ暗だった。関係者通用口を出て、バスまでの道を歩いていると、急に声を掛けられた。
「ネネ!」
それは石田だった。寒空の下、いつから待っていたのか分からないが、石田の顔は真っ赤だった。
「ま……雅治?」
ネネは石田の元に駆け寄った。
「え? ずっと待ってたの? こんな寒いところで……」
「あ、ああ……まあな。お前に『今日はお疲れ様』って言いたくてな」
石田は鼻をすすっている。
「……ありがとう」
ネネはぎこちない笑顔を見せた。
「ゴメンね。せっかく見にきてくれたのに、あんなひどいピッチングを見せちゃって……」
「何、言うんだよ、プロの男連中相手にあそこまでやれたら十分だよ」
石田は笑顔を見せる。
「それに試合前のドレス姿も良かったぜ」
その言葉を聞いたネネは真っ赤になった。
「ちょ、ちょっと止めてよ──!」
「ははは……」
ネネは石田と話して幾分、気持ちが楽になった。
すると、通用口から勇次郎が出てきた。勇次郎はネネと石田が話しているのを横目に無言で通り過ぎようとしていた。
「ねえ、雅治……私、フォームに何かクセがあるのかな? 今日、何か相手打線に球種を読まれてた気がするの……」
「え? いや……それは無いと思う。ネネのフォームに問題はないよ」
「そう……」
「ああ、考えすぎだ。今日はたまたま相手の調子が良かっただけだ。また次、頑張ればいいさ」
「……うん、そうだよね」
石田の励ましにネネが笑顔を見せた時だ。
「違うな。お前の球種は相手に読まれてるぜ」
ふたりの後ろを通り過ぎようとした勇次郎が口を開いた。
「ゆ、勇次郎……?」
その発言にネネは驚愕した。
「勇次郎、それ本当!? 私の球種が読まれてるって!? 私のピッチングフォームに何か問題があるってこと!?」
ネネが勇次郎を問い詰めた。
「分からん……だが、新垣が三塁まで進んだ時、ベンチに何かサインを送っていたのが見えた。あれは多分、お前のクセを確認したサインだったんだろう」
「わ、私のフォームにクセが……」
ネネは愕然とした。
「この世界、あっという間に情報は他球団に伝わる」
勇次郎はネネを見た。
「ただでさえ、お前には球種がふたつしかない。早くそのクセを見つけろよ。そうしないと、お前はプロの世界でやっていけないぜ」
その言葉を聞いたネネは目の前が真っ暗になった。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、織田選手……」
そんなネネを見て石田が勇次郎に詰め寄った。
「そんな冷たい言い方はないんじゃないか!? いきなりクセがどうこうなんて……頑張ってるネネにひどすぎるだろう!?」
「……俺は事実を言っているだけだ。それに頑張るだけでプロで成功できるなら、誰だってプロで成功している」
「な……何だと!?」
勇次郎は石田の前に立ち、ふたりは睨み合う形になった。
「ちょ……ちょっとやめてよ、ふたりとも!」
ネネが勇次郎と石田の間に入った。すると勇次郎は無言でふたりに背を向けると、バスに向かって歩いていった。
「何てヤツだよ……」
石田は勇次郎の背中を睨んだ。
「ネネ、気にするなよ、あんなヤツの言うことなんて」
石田がネネを慰めるように話しかけた。
「うん……でも、勇次郎は野球に関しては絶対にいい加減なことは言わない。アイツが私のフォームにクセがあるというなら間違いないのよ」
「ネネ……」
(長い付き合いの俺よりアイツの言葉を信じるのかよ……)
石田はさみしくなった。
「雅治、今日はありがとう。またね!」
そう言うと、ネネはバスに向かって、走っていった。
「あ……」
石田はいつも隣にいたネネがどんどんと遠い場所に行くような気がして胸が痛くなった。




