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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第3章 プロの洗礼編
72/207

第72話「北のエンターテイナー」後編

 札幌ブレイブドームでの対北海道ブレイブハーツ戦。

 新垣が計画した試合前のパフォーマンスは成功し、観客のボルテージは上がりまくった。

 そして、ドームの照明が点火し、新垣とネネが舞台から降りると、車はバックスタンドに帰って行き、新垣はセンターの守備位置に付いた。


 ネネは新垣に一礼すると、ドレスのスカートをつまみ、一目散にレジスタンスベンチへ走って行った。

 そんなネネのコミカルな姿に、スタンドからは笑い声が起こった。


「は、恥ずかしかったあ……」

 ネネがベンチに戻ると、勇次郎が呆然とした顔で見つめてきた。

 勇次郎の目線に気付いたネネは「何、ジロジロ見てんのよ?」と睨んだ。

「い……いや……」

「フン、どうせ、化け猫がよく化けた、とか言うんでしょ?」

 ネネはそう言いながら、栗色の髪のウィッグをバサッと取った。


「おう、良かったぞ、お姫さま」

 今川監督が茶化してくる。

「ネネー、キレイだったよ。動画撮っておいたから、後で送ってあげるね」

 由紀がニコニコしながらスマホを見せる。

「や、や──! 止めてください! あ、それより、早くユニフォームに着替えなきゃ!」

 ネネはドレス姿のままベンチ裏に消えていき、後には呆気に取られた選手たちが残された。


 そんな異様な雰囲気で始まったオープン戦だったが、一回の表、レジスタンスの攻撃は三者凡退で終わってしまう。


「ネネ、肩は大丈夫か?」

 ユニフォームに着替え、濃いメイクを落としたネネに北条が話しかけてきた。

「あ、はい、実は待機している間、新垣さんがずっとキャッチボールの相手をしてくれたから、肩はもうできてます」

「そうなのか?」

「はい、かなり気を使ってもらいました。あの人、見た目は派手ですけど、本当はすごく真面目な方だと思います」


「あ──、ネネちゃんだ!」

「ユニフォーム姿も可愛い──!」

「ネネちゃん、頑張って──!」

 ネネがマウンドに向かうと、敵地なのに声援……特に女性からの声が飛び交ったので、ネネは少し照れ臭くなった。


「北海道ブレイブハーツ、一番センター、新垣翼、背番号1」

 ドームにアナウンスが響く。注目の新垣はトップバッターだ。真っ赤な手袋と肘当てを装着し、右打席に立った。

 先程、パフォーマンスをしたばかりのふたりの対決に、スタンドから大声援が飛んだ。

「いけ──! 新垣──!」

「ネネちゃんも頑張って──!」


 騒めく観客たち。審判から試合開始の合図がかかると、ネネはゆっくりと振りかぶり、まずはストレートを投げ込んだ。

「ストライク!」

 糸を引くようなストレートが北条のミットに収まるが、新垣は悠然と見送っていた。


「いい球を投げますねえ、彼女。メジャーを思い出しますよ」

 今井は白い歯を見せて、北条に笑いかけた。


(……分からん、コイツだけは本当に分からん)

 北条は困惑した。北条の頭の中には全球団のバッターの特徴が入っているが、その北条をもってしても新垣の考えは全く読めなった。新垣は気分にムラがあり、得意コースや苦手なコースがコロコロ変わるからだ。


 ネネの二球目は再びストレート。

 新垣はフルスイングするが空振り。あっという間にツーストライクとなり、スタンドからは歓声が飛んだ。


「いやいや、彼女、可愛い仔猫ちゃんだと思ってたら、ひっかかれますねえ」

 だが、新垣にはまだ軽口を叩く余裕がある。

「ひっかかれるどころか、噛みつかれるぞ」

 北条がそう返すと新垣は「ははっ『Wild Cat』ってわけですか」と言い、爽やかな笑みを浮かべた。


(何だコイツ? 何か変だな)

 北条は新垣の様子に違和感を感じた。新垣から『打つ』という雰囲気が全く感じられないのだ。その代わり、何かを品定めするような目でネネをじっと見つめていた。


 三球目、ネネは振りかぶって、ウイニングショットの『懸河のドロップ』を投じた。

 ドロップは右バッターの新垣の肩口から大きく曲がり、ストライクゾーンに落ちた。新垣のバットは一瞬反応したが、バットは動かなかった。

「ストライク! バッターアウト!」

 審判のコールが響く。まずはネネが新垣を三球三振に仕留めた。


 新垣はチラリとネネを見ると、クルリときびすを返し、ベンチに戻っていった。

(何か仕掛けてくると思ったが、考えすぎか……)

 北条はネネにボールを返球した。


 その後、試合は投手戦となった。

 ブレイブハーツの先発投手とネネは互いに点を取られず、三回表を終わってスコアは0対0。

 そして、三回の裏、ブレイブハーツの攻撃、ツーアウトながらランナーは一塁で、再び一番バッターの新垣に打順が回ってきた。


「新垣──!」

 ファンの声援を受けて、新垣はバッターボックスに入った。

(打順が一回りしたから気をつけろよ)

 北条がサインを出して、ネネは頷いた。


 一塁ランナーのリードは小さいが、念のため一回牽制を入れ、セットポジションに構えた。ネネは少し息を吐き出すと、第一球を投じた。


 すると、一塁ランナーがスタートを切った。ネネの初球はカウントを稼ぐための、曲がりが小さいカーブ。

 新垣は援護の空振り。北条は二塁に送球するが一塁ランナーはセーフ。盗塁成功でツーアウトでランナーは二塁となった。


(おかしいな……)

 北条は再び違和感を感じた。盗塁の気配が全くなかったのに、一塁ランナーが走ったからだ。

 それはまるでネネの初球……盗塁をしやすい曲がりの少ないカーブを予測して、急遽、盗塁を決めたように思えた。

(まさか、球種が読まれている……?)

 気になった北条は、念のため次のストレートを一球外したが、新垣はバットを振らず、前の打席と一緒でネネをじっと観察していた。

 カウントは1-1、そこで北条はカマをかけてみた。三球目に沈むストレートをど真ん中に要求したのだ。


(もし、ネネが投げる球種がバレているなら、新垣はこのストレートを打つはずだ)

 北条はそう思い、ネネはど真ん中に沈むストレートを投じた。しかし、新垣はそのストレートを悠然と見逃した。

「ストライク!」

 これで、ツーストライクになりカウントは1-2だ。

 

(何だ? 振ってこない……球種が読まれたと思ったのは気のせいか?)

 その時だった。突如、北条は異様な圧を感じた。

(な、何だ!?)

 その圧の正体は新垣だった。急に新垣の威圧感が上がったのだ。目付きも今までと違う。獲物を狙う鋭い目付きに変わっていた。

(新垣が本気になった? だが、関係ない。球種が読めてないなら、そう簡単にネネの球は打たれない。さあ、しっかり腕を振れ!)

 北条はホップするストレートのサインを出した。


 北条の意思を汲んだネネは振りかぶると、アウトローにホップするストレートを投げ込んだ。

 しかし、新垣は左足を力強く踏み込んだ。まるで、ここにストレートが来ることが分かっていたかのように──。


 カキ──ン!

 ドームに快音が響いた。新垣の打球はグングンと伸びて、右中間に舞い上がると、ダイレクトでフェンスに当たった。

 打った新垣は悠々と二塁へ。二塁ランナーはホームイン。新垣のタイムリーツーベースが飛び出して、ブレイブハーツが先制した。


(ストレートが読まれた? いや、そんなはずはない。ネネの腕の振りはすべて一緒だ。読まれるワケがない)

 北条はネネに「気にするな」とボールを返した。


 その後、二番バッターがバッターボックスに入るが、続くバッターもネネのストレートを打ってヒットとなった。これで、ツーアウト一、三塁になり、三番バッターを迎えた。


 サードの守備に付く勇次郎は三塁ランナーの新垣の動きを警戒した。すると新垣が次のバッターに向かって、何かサインを送るのが見えた。

(何だ?)

 勇次郎はそのサインが気になった。


 一方でネネはセットポジションから、懸河のドロップを投じた。しかし、三番バッターはそのドロップを綺麗に打ち返した。まるでドロップが来ると分かっていたみたいに……。

 打球はセンター前に飛び、三塁ランナー新垣がホームベースを踏み、スコアは2対0になった。

 そして、ツーアウトながらランナーは一、二塁。次のバッターは過去に打点王を取ったこともあるパワーヒッターの清原翔也だ。


(……おかしい。バッターが迷うことなくバットをガンガン振ってくる。ネネの球種が読まれてるのか?)

 北条は疑問を抱いた。そのため初球はボールになるカーブから入った。

 初球は外れてボール。カウントは1-0、そして次に「ボールになってもいいからホップするストレートを全力でここに投げろ」と真ん中高めのサインを出した。

 ネネは頷き、セットポジションからストレートを投じた。


 注文通りの高めのストレートが飛ぶ。

 しかし、清原は高めのストレートが来ることを確信していたようにバットを振り抜いた。


 ガキ──ン!

 力任せに叩いた打球は高々と舞い上がった。レフト浅野が後退するが、やがて足をとめた。清原の打球はレフトスタンド上段に突き刺さった。特大のスリーランホームランが飛び出し、スコアは5対0となった。

 ツーアウト一塁から四連打で一気に五点失、ネネはマウンドで呆然としていた。


 そして、それは北条も同じだった。

(ここまで打たれるとは、やっぱり球種を読まれてるとしか思えない。だが何が原因だ? ネネのフォームか? それとも俺か? 分からん……)


 ネネと北条が動揺する中、ブレイブハーツのベンチでは、ヘルメットを脱いだ新垣がネネを見て、笑みを浮かべていた。

(まだまだだね、仔猫ちゃん。これじゃあプロの世界では通用しないよ……)


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