第71話「北のエンターテイナー」前編
北海道に着いた翌日、レジスタンスナインは札幌ブレイブドームに集結していた。
ドームは野球とサッカーの試合が両方できるグラウンド移動式タイプの球場だ。
この日はデーゲームということもあり、午前中にはドームに集まり練習予定。ネネは福岡アスレチックス戦に続き、先発を任されていた。
ネネがユニフォームに着替えて、グラウンドに出ると勇次郎がストレッチをしていた。
「おはよ─、勇次郎。昨日のジンギスカンと味噌ラーメン美味しかったね─」
昨日は結局、ジンギスカンをたらふく食べたあと、すすきののラーメン横丁でネネと勇次郎だけ、味噌ラーメンを食べたのであった。
「あ、ああ……」
ニコニコしているネネとは対照的に、勇次郎は素っ気ない返事だ。
「そう言えば、昨日のお前の友達……石田だっけ?」
「うん」
「アイツ、良いヤツだな。人あたりも良くて」
そんな勇次郎の言葉を聞いたネネはものすごく喜んだ。
「でしょ? 雅治はホントに良い人なの! 勇次郎が気に入ってくれて良かった─! これからも仲良くしてあげてね!」
ネネは満面の笑みを浮かべた。
(うーん……やっぱりド天然だ。恋のライバルに仲良くしろとは……)
広報の仕事でグラウンドにいる由紀は、ネネの発言を聞きながらそう思った。
そんな由紀の元へ、北海道ブレイブハーツの広報が声をかけてきた。
「あの……浅井さん」
「はい、何でしょう?」
「ウチの新垣から、羽柴選手に頼みがありまして……ちょっと、話を聞いてもらえませんか?」
(何だろう?)
由紀は広報に連れられ、ドーム裏のブレイブハーツ側通路に向かった。
そこには、ひとりの茶髪色黒の男がいた。ブレイブハーツの新垣翼だった。新垣は由紀を見ると、白い歯を見せて握手を求めてきた。
「やあやあ! よく来てくれました。新垣です」
そして、人懐っこい笑顔を見せる。
「は、はい……」
「実は羽柴さんに頼みがありまして……」
新垣の頼みを聞いて由紀はあ然とした。
「ほ、本気で言ってるんですか!? それ!?」
新垣は親指を立てウインクする。
「オフコース!」
新垣の頼みというのは、試合前にパフォーマンスを行うので、ネネも参加してほしいというものだった。
新垣は「北のエンターテイナー」と呼ばれている。北海道ブレイブハーツを地域密着のチームにしたい、ブレイブドームを満員にしたい、球場に足を運んだお客さんに喜んでもらいたい、その一心で様々なパフォーマンスをしてきた。
昨年はドームの天井から降りてくるという危険なパフォーマンスもしている。それに比べれば、今回の件は危険じゃないが、流石に由紀の一存では決められないため、今川監督とネネに了解をとることにして、返答を一旦保留にした。
レジスタンスベンチに戻り、今川監督にその内容を説明すると「はあ? マジか!?」と、初めはびっくりしたが、新垣がドームに来るお客さんを喜ばせたい、という理由を話すと、笑って承諾した。
続いて、ネネにも同じことを話すとネネも「え!? 本気ですか!?」と驚いた。
「い、嫌なら断るよ」
由紀がそう言うと、ネネは少し考えた末「ファンサービス……なんですよね? だったら……私、やってもいいです」と、はにかみながら承諾した。
そして、ネネはドーム通路にて新垣と初めて対面した。
「初めまして! 新垣翼です、よろしく!」
「は、羽柴寧々です、よろしくお願いします……」
ネネはペコリと頭を下げて、新垣と握手をした。
「いやあ、相手役が急遽、風邪でダウンして困ってたから助かるよ! ありがとね!」
新垣は白い歯を見せてニコニコしている。
「は、はい、私でお役に立てるなら全然……ていうか、本当に私なんかで大丈夫ですか?」
「オッケー、オッケー! キミ可愛いから、ノープロブレムだよ!」
新垣はネネの背に手を当てて、メイクルームに連れて行く。そんなネネわ、由紀は心配そうに見守った。
その頃、ブレイブドーム観客席の三塁側にはネネの同級生である石田雅治の姿があった。
オーロラビジョンには『大阪レジスタンス 先発 羽柴寧々』の名前が光り輝いている。石田はネネの名前を見ながら、昨日のことを思い出していた。
(織田勇次郎……アイツがネネとあんなに親しげとは意外だった。確かにネネはフレンドリーで、誰にでもあんなカンジだけど、織田勇次郎に対する態度は何か違った。そう……まるで何か自分と同じレベルで話せる同士というか……尊敬の態度が含まれてるような雰囲気だった)
石田は勇次郎に密かな嫉妬心を抱いていた。
そして、午後二時になると、後攻のブレイブハーツが守備に付き出した。
だが、その時、観客は異変に気付いた。ブレイブハーツのお祭り男、新垣翼の姿が無いのだ。
観客がザワザワしだすと、急にドームの照明が消えて真っ暗になった。
やがて、甘い音楽が流れるとセンターにスポットライトが当たった。センターは新垣のポジションだ。
すると、突然、レフト側の壁が開き、リリーフカーを改造した大きな車が現れた。
呆気に取られる観客と選手たち、車の後部は大きな円形の舞台になっている。
車がスポットライトが当たるセンターに停まると、一台の車が登場した。こちらはリリーフカーで、車には野獣のマスクを被り、舞踏会の礼服を着る男が乗っていた。
野獣は車を降ると、初めに現れた車の後ろ部分の円形の舞台に上がった。
そして、もう一台車が現れた。こちらも同じリリーフカーだが、車には栗色のロングヘアに黄色のドレスを着た女性が乗っていた。
「わ──! キレイ!」
「お姫さまみたい!」
観客から歓声があがった。ドレスを着た女性は車を降りると、野獣が待つ舞台に上がった。野獣は両手を差し出し、女性はその両手を取った。
「あれ? このシチュエーションと音楽って……?」
何かに気付いた観客たちがざわつきはじめた。
「ディズニーのミュージアムのアレじゃん……」
テーマ曲が流れる中、スポットライトが当たる円形の舞台の上、音楽に合わせて野獣と美女はダンスを踊った。それは、まるでミュージカル映画のようだった。
観客がその優雅な動きに見惚れる中、突然、野獣が被り物を脱ぎ捨てた。すると被り物の下から新垣翼の顔が現れた。野獣の正体は新垣だった。
まさかの新垣の登場に観客は大興奮。キャーキャー、と黄色い声が飛んだ。
そこで、観客はある疑問を感じた。野獣の正体は分かった。では、もうひとりの主役「美女」は誰なのか? と。
観客は新垣とダンスを踊る美女を凝視した。女性の栗色のロングヘアは揺れ、笑顔が眩しい。スレンダーな体型に黄色のドレスが映え、ダンスの動きも優雅だ。皆、美女に見惚れていた。
レジスタンスベンチでも、ふたりの踊りを見つめていたが、今川監督だけは笑いを堪えていた。
「ククク……猫を被る、とは、よく言ったもんだ。皆、騙されてやがる……」
(猫を被る……?)
勇次郎は思わずベンチ内にネネの姿を探した。
(あれ? いない……ま、まさか……!?)
その時、オーロラビジョンに美女の顔が映し出され、レジスタンスベンチから一斉に声が上がった。
「あ、あ──! あ、アレ、ネネじゃないか!?」
化粧が濃くてウィッグをしているが、美女の正体はネネだった。今川監督は大笑いした。
「はっはっはっ、やるじゃね──か、新垣の野郎!」
やがて、ダンスが終わると、ふたりは観客に頭を下げた。新垣がマイクを持ちスピーチをする。
「皆さん! 今日は札幌ブレイブドームへようこそ!」
スタンドから歓声と拍手がおこる。
「試合前のセレモニーはいかがでしたか? 僕のお相手をしてもらった女性は、今日の対戦相手、大阪レジスタンスの先発投手、羽柴寧々選手です!」
パチパチパチ……。拍手がおこり、ネネは頭を下げた。
「ネネちゃん、可愛い──!」
スタンドから歓声と拍手が飛ぶ。
そして、新垣が礼服を脱ぎ捨てると、中からユニフォームが現れ、背番号「1」が映し出された。
「キャ──!」
派手なパフォーマンスに、スタンドのボルテージが上がった。
「それでは、皆さん、北海道札幌ブレイブハーツと大阪レジスタンスのオープン戦をお楽しみください!」
そう言うと、オーロラビジョンにウインクをした新垣のドアップが映し出された。




