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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第3章 プロの洗礼編
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第70話「羊をめぐる会食」

 新千歳空港に到着後、預けた荷物が出てくるまで、ネネは空港内の看板を見ていたが、その中でもひときわ目立つド派手な看板が目についた。

「札幌ブレイブドームで待ってるぜ!」と書かれた看板には、明日の対戦相手「北海道ブレイブハーツ」の選手がズラリと映っており、ど真ん中には人差し指を立て、笑顔で白い歯を見せた茶髪のド派手な男がいた。


「新垣翼だな」

 明智がネネに声を掛けた。

 新垣翼、33歳。北海道札幌ブレイブハーツの中堅手センターを守る人気選手だ。背番号は「1」。

 高卒後に福岡アスレチックスに入団後、ド派手なパフォーマンスで人気を得て、その後、FAフリーエージェントでメジャーに移籍。三年間プレーした後、北海道ブレイブハーツに入団した経緯がある。

 ブレイブハーツ入団後もパフォーマンスを繰り広げ、球団を一躍、パリーグ屈指の人気球団にまで押し上げた。そして、付いたあだ名は「北のエンターテイナー」。


「記録より記憶に残る男。ファンサービスファーストの男だが、メジャー経験もあり、実力はピカイチだ」

 明智が新垣のことをそう評した。


(北のエンターテイナーか……でもメジャーで三年間もプレーしたんだから、実力はかなりあるはず。この人と明日対決するのかあ……)

 ネネがそう考えながら看板を見ていると由紀が駆け寄ってきた。

「ネネ──!」

「由紀さん、どうしたの? 荷物はまだ出てこないよ」

「ねえ、ネネ、地元の男友達とは今日会うの?」

「う、う──ん、実は断わろうと思ってるんですよ。試合前だし、あんまり良くないのかなあ……と思って」

 ネネは困った顔で言うが、由紀は「全然、大丈夫! 私に任せて!」と胸を張った。


 そして時間は過ぎ、その日の夜。

 札幌市内の「すすきの」の夜景が見えるジンギスカン料理店にネネの同級生である石田雅治はいた。

 石田は上機嫌だった。なぜなら、ネネが今日の食事を了解してくれたからだ。

 但し、球団から条件が付いて、ネネが懇意にしている広報の女性も一緒、ということだった。

 ふたりきりじゃないのが残念だが、地元以外でネネとご飯を食べるなんてことは今まで一度もない。一気に友達のラインを超えるチャンスだ。石田は窓ガラスに映る自分の顔を見て気合いを入れた。


「雅治──! お待たせ──!」

 約束の時間、六時ちょうどにネネは現れた。コートを着て、その下にはラフな格好をしている。ネネの後ろにはキレイな女性の姿が見えた。


「ネネの友達の石田くんね? 私、大阪レジスタンスの広報担当の浅井です。今日はついて来ちゃってゴメンね」

 由紀は名刺を渡した。

「あ……ネネから聞いてます。ものすごくお世話になってる人がいるって……」

 名刺を受け取った石田は笑みを浮かべる。

「それとバランスが悪いから、もうひとり関係者を連れてきたの。お─い、早くおいで」

 由紀が手招きする。


(関係者? 誰だ?)

 その人物を見た石田は度肝を抜かれた。

「え? え? ええ!? 織田……勇次郎……選手?」

 何とそこに現れたのは勇次郎だった。

「織田勇次郎です……今日はよろしく」

 勇次郎は無愛想な顔で、ペコリと頭を下げると席に着いた。


(な、な、な……何でここに、織田勇次郎が!?)

 動揺する石田を尻目にネネと由紀も席に着いた。四人がけテーブルに、ネネと石田、向かい合って由紀と勇次郎が座った。


「石田くん、ゴメンね。ウチのチーム、未成年はこのふたりだけで、居酒屋とか行くと問題だから連れて来たの……あ、お金の心配はしないでね。球団が払うから」

 と、由紀は説明するが、それは口実だった。

 未成年ふたりの監視役ということもあるが、それに加え、織田勇次郎と石田雅治、このふたりの前でネネの態度を見てみたい。また、男ふたりのネネへの気持ちを見極めたい、というのが由紀の思惑だった。


 注文を終えた四人は烏龍茶で乾杯した。横並びの席でネネと石田は楽しく会話している。

「え? じゃあ、バイトしたお金で北海道に来たの?」

「ああ、卒業旅行、ってのを経験してみたくてな」

 石田はドヤ顔している。

「すごいね、ひとり旅なんて!」

 ネネもニコニコしている。一方で勇次郎は会話に参加できず、ひとり烏龍茶を飲んでいた。


「ねえねえ、石田くんはネネとどういう関係なの?」

 由紀が興味津々で尋ねる。

「はい。ネネとは小学生の頃、リトルリーグでバッテリーを組んでたんです。中学でもシニアのチームメイトで、高校では野球部の選手とマネージャーの関係でした」

「へ─、じゃあ、それこそネネとは長い付き合いなんだ?」

「はい、コイツがこんな小さい頃から知ってますよ」

 石田は自分の膝のあたりを手で示した。

「やだ──! そんな昔じゃないわよ!」

 ネネは笑いながら石田の肩をバンバン叩き、由紀も笑った。勇次郎はそんなふたりのやり取りを無言で見ていた。


(う─ん、ルックスはイマイチだけど、愛想や人当たりも良くていい子ね。無愛想でデリカシーのない勇次郎とは真逆のタイプだわ……)

 由紀は石田に好印象を持った。


 そうこうしている内にラム肉が来たので肉を焼きだした。

「おお! これが本場のジンギスカンかあ、ちょっとクセがあるけど美味いな!」

「うん、美味しいよね!」

 石田とネネはラム肉を頬張って楽しそうにしている。

「あ、肉焼けてるよ。はい雅治」

 ネネは石田のために甲斐甲斐しく肉を焼いたりしている。


(う─ん、こうして見ていると、ネネの石田くんに対する態度は彼女みたいだ。勇次郎は黙々と肉を食べているし、今の時点では石田くんが圧倒的に有利だわ……)

 肉を食べながら、由紀は勝手にふたりの判定をし出した。


「ラム肉、ホント美味しい〜。ねえ由紀さん、お肉追加して、ご飯も頼んでいい?」

 ネネがニコニコしながら尋ねてきた。

「うん、いいよ」


 店員をブザーで呼ぶと、ネネは追加注文を始めた。

「すいません。生ラム十人前とそれから……ご飯を超特盛でください。あ、雅治もご飯食べる?」

「俺はいらないかな」

「そうなんだ。じゃあ、勇次郎はご飯どうする?」


 飛行機の件以来、全く話してくれず、気まずかったネネが急に話しかけてきたので、勇次郎は驚いた。

「あ……ああ、じゃあ俺も」

「前みたいに超特盛でいい?」

「ああ……」

 勇次郎は動揺しながら答えた。


(え……? 勇次郎……? 前みたいに?)

 ネネの勇次郎に対する態度を見た石田は動揺した。

「ネネ、織田選手のこと呼び捨てにしてるんだ」

「うん、何て呼んだらいい? って聞いたら、名前で呼べ、っていうから」

「な……名前で呼べなんて言ってないだろ! 皆からそう呼ばれてるって言っただけだ!」

 勇次郎は激しく否定するが、それが面白かったのか、ネネはクスクスと笑った。


「前みたいに……って言ったけど、食事に行ったことあるのか?」

 石田は焦りながらも努めて冷静に尋ねる。

「うん、記者会見の後に焼肉行ったの。あ、でもふたりじゃないよ。浅井広報部長……由紀さんのお父さんもいたよ」


 由紀は父から聞いた話を思い出した。

 ネネが冷麺を食べたがっていたから、勇次郎が一緒に食べよう、ってフォローした話だ。


「焼肉を散々食べた後に、羽柴家のルールで締めは冷麺、とかワケの分からないこと言い出したときだよな」

 勇次郎が珍しく自分から話を振った。あの日のことを思い出したのか笑みを浮かべている。

「だって、本当なんだもん」

 ネネも笑っている。

「今日も焼肉だから、締めはラーメン、とか言わないだろうな?」

「え? 何言ってんの。せっかく札幌に来たからには、締めは味噌ラーメンだよ。付き合ってよ。勇次郎なら食べれるでしょ?」

 ネネはニコニコしている。

「……仕方ねえなあ、付き合ってやるよ」

 勇次郎は苦笑いした。


 ふたりの会話を聞いた石田は更に驚いた。ネネから、織田勇次郎は無口でデリカシーがなく、超無愛想だと聞いていたからだ。

 だが、目の前にいる織田勇次郎は、無愛想ながらもネネと会話を楽しんでいるようで、ネネに好意を抱いているようにも見えた。


(あらあら、勇次郎、いつの間にかネネと普通に話せるようになって良かったわ。連れてきた甲斐があったわ)

 由紀はホッとした。

(それにしても、ネネは天然だわ……ふたりの男性から好意を寄せられてるのに全く気付いていない……まあ、そこがネネのいいところなんだけど)


 由紀は美味しそうに肉とご飯を食べるネネを見て微笑んだ。


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