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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第1章 プロ野球入団編
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第7話「キャッチボールの会話」

「伊藤スカウトから話を聞いたかもしれないが、キミの入団テストの前に事前テストをしたいと言ったのは私の提案だ。悪かったね」

 杉山コーチはネネに右手を差し出した。

「い、いえ……」

 ネネは自分も右手を差し出して握手をした。

 杉山コーチはネネの右手に触れると、一瞬、何かを感じたような表情をしたが、すぐに元の顔に戻った。


 杉山由伸、今年で六十五歳。

 投手としては現役時代に通算150勝を達成。引退後は各球団で投手コーチとして辣腕を振るうが、投手を全面的に守るという方針のため監督とは衝突が絶えず、扱いにくいコーチとして、ここ数年は現場から離れていた。

 しかし、その指導法に間違いはなく、担当したチームの防御率は確実に改善している。

 その手腕を見込んで、今川監督は杉山を来季のレジスタンスの投手コーチに抜擢したのであった。


「キミの入団テストとは、今から一週間後に球団が指名した選手と一打席の勝負を行うことだ」

 杉山コーチがいきなりテストのことを切り出したので、ネネは驚き息を呑んだ。

(そうなんだ。それが私の入団テストなんだ……)

「その選手に勝てば、キミはテストに合格。晴れて、レジスタンスと育成契約を結ぶことになる」

「あの……ちなみに勝負する相手は誰なんですか?」

 ネネが対戦相手のことを尋ねるも、杉山コーチは首を振った。

「それはまだ言えない。だが間違いなく一軍クラスのバッターだ。そして今のキミでは恐らく歯が立たない」

 歯が立たない、とハッキリ言われたネネは悔しくなり、唇をギュッと噛んだ。

「それで、そこの伊藤スカウトから頼まれたんだよ。一週間でいいから、キミを鍛えてほしいとね」

(え? 伊藤さんが?)

 ネネが伊藤スカウトに目を移すと、伊藤スカウトは照れた様子でうつむいた。

「たが、私はどんな実力か分からない人間、ましてや女性に教えるなど、時間の無駄だと考えている。それで事前にキミの身体能力をテストしてもらったんだ」

「そ、それで、その結果は……?」

「伊藤から聞いただろう。事前テストは合格だ」

 その言葉を聞いたネネはホッと胸をなでおろした。

「その結果を踏まえた上で、私からの最終テストだ」

 杉山コーチはネネにボールを渡した。

「キミが本当にプロでやっていける力があるのか、その資質をテストさせてもらう」


 ネネはグラブをはめて、杉山コーチとキャッチボールを始めた。

 杉山コーチの最終テストは『マウンドから杉山コーチに向けて全力投球をすること』。そして、その投球内容を見てテストの合否とする。というものだった。


 キャッチボールが始まると、杉山はネネの動きをじっと観察した。

 投球フォームは滑らかで、スムーズな動きをしていた。そしてボールは……。

(なるほど、確かにいいものを持っている。奇麗な縦のスピンが効いたボールだ。あの伊藤が推すだけのことはある)

 杉山はネネのボールを受けながら、そう感じた。

(しかし、それだけではない。さっき握手したあの手の感覚……あれは毎日ボールを握っていないと身に付かない感覚だ。もっと言えばプロの野球選手が持つ感覚に近かった。だがなぜだ? なぜただの女子高生があの手の感覚を持っているんだ?)

 疑問を感じた杉山は、ボールを投げながらネネに問いかけた。


「……羽柴さんが野球を始めたきっかけは何だったのかな?」

「きっかけですか? え、え──と……」

 ボールをキャッチしたネネは少し考え込んだ。

「……お父さんの影響ですね」

 そう言うと、笑いながらボールを投げ返した。

「お父さん?」

(なるほど……プロ野球選手になる子の父親には野球経験者であることが多く、英才教育を受けてることもある。もしかしたら、この娘の父親もそれなりに名の通った野球選手だったのかもしれない)

「じゃあ、羽柴さんのお父さんは名の知れた野球選手だったのかな?」

 そう尋ねるとネネは「いいえ、全然」と笑いながらボールを投げ返したので、杉山は驚いてボールを取り損ねた。

「え?」

「名の知れたどころか、野球部ではずっと補欠だったみたいで、名選手とは言い難いです」

 そう言ってネネはクスクスと笑った。

「え? じゃあ、何でお父さんは羽柴さんに野球を教えたんだい?」

「教えたっていうか……お父さんは子供とキャッチボールをするのが夢だったみたいで、私が女でも気にせず、子供の頃からボールを握らせてたみたいなんです」

「……」

「お父さんは一度も私に野球を強要したことはありません。私が勝手に野球を好きになりました」

「そうか……」

 杉山は納得したかのようにボールをキャッチすると続けて質問をした。


「……あと、羽柴さんは硬式球に慣れているみたいだけど、硬式経験者なのかな?」

「はい! 中学の頃、地元のシニアチームに所属していましたから、硬式球には慣れてます!」

 ネネは元気よく答える。

「そこでは、ピッチャーをしていたのかな?」

 杉山の問いかけに対し、ボールを受けたネネの動きが一瞬止まったが、すぐにボールを投げ返した。

「いえ、外野手でした。控えでしたけど……」

 ネネは笑顔で答えるが、その笑顔には少し陰があった。

「この球で外野手の控え? エースまではいかなくても、控えの投手なら十分務まるはずだと思うが……」

 杉山がそう尋ねると、ネネは「監督から言われました。同じ能力なら、背が高い男子の方を使うって……」と答えた。

「『嫌ならやめていいぞ』って言われて、唯一与えられたポジションは外野でした」

「……そんな境遇でも野球はやめなかったの?」

「はい! だって私、野球が大好きですから!」

 ネネは笑顔でボールを投げ返した。


 杉山はネネの言葉を聞いて自分が恥ずかしくなった。なぜなら自分もそのシニアのコーチと同じだったからだ。女が男に交じって野球ができるわけがない……。そう頭から決めつけ、色眼鏡でネネを見ていた。

 と同時に杉山コーチは気付いた。ネネと握手した時に感じた手の感触は、野球が好きで好きで仕方がない、という人種と同じ感触だったことに。

 ネネは幼い頃から、女性が野球をすることで差別や好機の目に晒されてきた。だが、それでも野球をすることをあきらめなかった。

『野球を愛する者の手』

 それが、杉山がネネに感じた違和感の正体だったのだ。


 一方で、杉山が黙りこむのを見たネネは慌てて話題を変えた。

「あ! でもライトでは結構試合にも出てたんですよ! ランナーとか刺したりして『レーザービームのネネ』とか呼ばれてました!」

 そう話すとケラケラ笑った。


(不思議な娘だ……)

 杉山はネネの無邪気な笑顔を見て素直にそう感じた。

(女性なのに『プロ野球の選手になりたい』なんていうから、我が強いイメージがあったが、話してみるとそんなことはなく人懐っこくて愛嬌がある。敵意を持って接していたが、気が付いたらあの娘のペースだ……)

 自然に笑みがこぼれた。


 杉山はネネの肩が温まるのを確認すると「さあ、もういいだろう、投げてみなさい」と、ネネをマウンドに立たせ、自分はキャッチャーのポジションに座った。

 しかし、防具を着けない杉山を見たネネは戸惑いの表情を浮かべた。

「あ、あの……キャッチャーマスクと防具は……?」

「は?」

 キョトンとした顔をする杉山の元に、伊藤スカウトがキャッチャーの防具を持ってきた。

「おいおい、大袈裟だ。いらないぞ防具は」と、杉山コーチは拒否したが、いいから、いいから……と、伊藤スカウトは杉山に防具を強引に着けさせた。

 杉山がキャッチーの防具を装着するのを確認したネネは安心した顔で微笑み「じゃあ、いきま─す」と振りかぶった。


(本当に不思議な娘だな。自分が試されているのに逆に相手の心配をするなんて……俺はまがいなりにも元プロ野球選手だぞ。ボールを取り損ねるわけないじゃないか)

 そう微笑ましく感じた杉山コーチだったが、ネネのピッチングフォームを見て、顔色が一変することになった。


 ネネは大きく振りかぶり、左足を高く上げると右足をヒールアップした。

 そのフォームに無駄はなく、しなやかな動きだった。想像以上にダイナミックなフォームに杉山は目を奪われた。

 そして、次の瞬間、短いテイクバックから弾丸のようなストレートが投げ込まれた。

(は、速い!)

 想像以上に速いボールが投げ込まれ、杉山は慌ててミットを合わせようとした。

 だが、ミットの動きより早くネネの投げたボールは唸りを上げてホップした。


 バシッ!

 ボールは杉山の構えたミットを弾き、キャッチーマスクに当たって地面に転がった。杉山はあまりの衝撃にその場に尻もちを付いた。


 また、その投球を見ていた伊藤はブルっと震え、水間と真澄は言葉を失った。三人にはまるでボールが、肉食獣のように獲物に飛びかかったかのように見えた。


「だ、大丈夫ですか!?」

 ボールを捕り損ねた杉山を心配して、ネネがマウンドから駆け寄ってきた。


(な、何だ、今のストレートの軌道は? ボールが浮いた……?)

 杉山は呆然として立つことができなかった。次いで足元に転がるボールを見てゾッとした。

(キャッチャーマスクをしていなかったら、このボールが顔面にめり込んでいたかもしれない……)

 心配しているネネを横目に杉山は立ち上がると、その姿をまじまじと見つめた。

(こんな小さな身体で、どうしたらあんなボールを投げれるんだ……?)


 近年、日本人の体格は年々良くなり、合理的且つ効果的な練習により高校生でも150キロ台のボールを投げる時代になっている。

 しかし、杉山が現役の頃はスピードよりもボールのキレを重視したピッチャーが多くいた。そういったピッチャーの球速は時に140を満たないこともあったが、スピンが効いたボールは手元でグンと伸びて、球速以上に打ちづらかった。


 杉山はネネを懐かしい眼差しで見つめた。

(身体全体をバネのように使い、スピードとボールのキレで勝負するピッチャー。間違いない……この娘は近代プロ野球では絶滅したオールドピッチャーだ……)


「羽柴……色々聞きたいことがある。そのピッチングスタイルはどこで覚えた? あとボールはどう握っている?」

 我に返った杉山はネネを質問攻めにした。

「え? えっと……ピッチングスタイルは独学です。それと握りはこんなカンジで……」

 ネネはその質問に淀みなく答えていく。


「テストは合格みたいですね」

 ふたりの姿を見ながら、水間が伊藤スカウトに笑いかけた。

「はい、良かったです。それにしても、杉山コーチがあんなに興奮するとは予想外でした」

「本当……それと羽柴さんは不思議な娘ね。あの娘を見ていると、なぜだか応援したい気持ちになってくるわ」

 真澄も微笑んでいる。

「それがあの娘の本当の魅力。そしてプロ野球選手として大事な要素です」


 伊藤スカウトは、杉山から質問攻めになっているネネを見てにっこり微笑んだ。


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