第69話「ニシエヒガシエ」
三月、プロ野球のオープン戦は毎日のように各地で開催される。
日程の半分が終わり、レジスタンスのオープン戦の順位は何と三位。また、セリーグだけで言えば二位の好成績を残していた。
戦力の見極めが多く、主力もまだ本調子でない中であり、この順位がこのまま本番のペナントレースに反映されるわけではないが、最下位が指定席のレジスタンスにとっては嬉しい結果であり、ファンたちも喜んでいた。
レジスタンスが好調なのには理由がある。
それは、ルーキーの羽柴寧々と織田勇次郎だ。
ネネはアスレチックス戦の後、二試合、中継ぎで登板していずれも無失点。
また織田勇次郎も好調をキープし、打率、打点、ホームランともに打撃十傑のベストスリーに名を連ねている。新人にしては有り得ない数字であり、ふたりのルーキーの活躍に刺激され、他のメンバーたちも相乗効果で結果を残していた。
そして、オープン戦も半分を経過したことで、どのチームもメンバーの固定化に入り、開幕に向けたオーダーを決めていく。
それはレジスタンスも同じで、北海道で行われる、対「北海道ブレイブハーツ」戦で、ある程度の戦力の見極めをしようとしていた。
三月中旬、試合に向け、レジスタンスナインは一路、飛行機で北海道へ飛んだ。
その機内、広報の由紀は隣に座っているネネがスマホを見て、ため息をついているのに気付いた。
「どうしたの、ネネ? 珍しくため息なんかついちゃって。何か悩み事?」
「悩み、ってことじゃないんですけど……」
ネネが苦笑いする。
「高校時代の野球部のチームメイトで幼馴染の男の子が、私が先発する明日の試合を見に来るって言ってて……」
その幼馴染とは、ネネの同級生の石田雅治のことだった。
「え? 名古屋から北海道までわざわざ?」
「いえ、卒業旅行も兼ねて北海道に行くみたいで、そのついでにオープン戦を見に来るみたいなんです」
「へえ……でも、それが何でため息なんかついてるの?」
「はい……相手は昨日札幌に着いたみたいで、今日の夜ごはんを一緒に食べに行かないか? って誘われてるんです……でも明日、私、先発だからコレってあまりよくないですよね……」
「キャ──! 積極的! そんなにネネに会いたいのね! ねえねえ、その人の写メとかないの?」
由紀はノリノリだ。ネネはスマホから写真を探す。
「えっと最近だとこれかな……?」
由紀はスマホを覗き込んだ。そこには見るからに純朴なそうな顔のユニフォーム姿の男性がネネと一緒に映ってる。
その写メを見た由紀はあることが気になった。ふたりの距離が近いのだ。ネネは顔の横でピースサインをしていて、もうひとりの男はネネと肩を組んでいる。
「え……? この人とお付き合い……してるわけ?」
「いえ……単なる友達ですけど。何でですか?」
「いや、だってめっちゃ親密なカンジじゃん。肩まで組んでさ?」
「あ、ああ……気にしてなかったけど、そうだね。でも雅治……あ、この人、雅治っていうんだけど、私のこと女として見てないから、いつもこんなカンジだよ」
ネネはサラッと答える。
(ど、どんだけ鈍感なのよ、この娘……?)
由紀がネネの鈍感さに呆れた時だ。
「え? ネネの彼氏だって? どれどれ」
後ろの席に座っていた明智がネネのスマホを取り上げた。
「か、彼氏じゃありません! 返してください──!」
ネネがスマホを取り返そうとするが、明智は面白がって、そのスマホを上に上げた。その時、弾みでスマホが手から落ちて、後ろの席に座っていた勇次郎の膝下に落ちた。
勇次郎はネネのスマホを手に取った。ネネと石田がふたり仲良く映ってる写真が見えた。
ネネが慌てて勇次郎の席に来ると、勇次郎は無愛想な顔でスマホを渡した。
「あ、ありがと……」
ネネはスマホを胸に抱えた。すると、勇次郎が口を開いた。
「その男……練習試合でキャッチャーやってたヤツだな?」
勇次郎の言葉にネネは嬉しそうな顔をした。
「え!? 覚えてたの? そう! キャッチャーやってた人! 石田雅治っていうの。勇次郎が覚えてたって聞いたら、喜ぶよ!」
「お前の球を捕れなかったヤツだろ? あまりにヘタだったから覚えてたんだ」
しかし、勇次郎はいつもの口調で憎まれ口を叩いた。
「何、言ってんのよ!」
いつものようにネネが怒ってくると思った勇次郎だったが、何も言ってこなかった。
それを不思議に思って、ネネの顔を見ると、ネネが今まで見たことがないくらい悲しい顔をしていた。
「な、何だよ?」
その悲しげな表情を見た勇次郎はひどく動揺した。
「ひどい……」
「え?」
「勇次郎から見れば、そう見えるかもしれないけど、私にとって雅治は小学生の頃から何でも話せる親友なの。そんなひどいこと言わないで……」
そう言うと、ネネは悲しげな表情のまま自分の席に戻り、窓の外に目を移した。
勇次郎がネネを目で追うと、ネネの隣に座っている由紀が怒りの形相で自分を睨んでいるのが見えた。
そうこうしているうちに、飛行機は札幌新千歳空港に着いた。
機内から降りた選手たちは荷物受取場で自分の荷物が出てくるのを待っていた。
勇次郎がネネの姿を探すと、ネネは北海道銘菓の看板を見ていた。ネネの元へ行き、ひとこと「さっきは悪かった」と、そう言えば済むことなのに、勇次郎は変なプライドがあり、謝ることができない。そんな勇次郎に由紀が近寄ると、声を掛けた。
「ちょっといい?」
口調からして由紀は怒っていた。
「あのねえ、男の嫉妬は見苦しいよ」
「な……! 何ですかそれ!? 嫉妬なんかしてませんよ!」
勇次郎は必死で否定する。
「ネネの友達に酷いこと言って……大方、ネネが男友達と仲いいのが気にいらないんでしょ?」
「ち、違いますよ! あの化け猫のことなんか何とも思ってないです!」
由紀はため息をついた。
「またそうやって憎まれ口を叩く……あなたねえ……ネネは本当良い娘よ。可愛くて性格もいいし、チーム内でも人気がある。それなのに、あなたはネネにいつも突っかかって……」
由紀の言葉に勇次郎は黙り込んだ。
「それにこのままだと、あなた、ずっとネネと気まずいままよ。それでもいいの?」
「べ、別にあんな女と話さなくても、全然平気ですよ」
勇次郎はそっぽを向いた。
(全く、図体ばかり大きくて、中身は小学生か、この男……)
その時、由紀の頭にある考えが閃いた。
「ねえ、あなた、今夜予定あるの?」
「今夜ですか? いや別に……」
「だったら、ちょっと私に付き合いなさいよ」
「は?」
戸惑う勇次郎を見て、由紀は意味ありげな笑みを浮かべた。




