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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第3章 プロの洗礼編
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第68話「卒業」

 福岡アスレチックス戦の翌日、ネネは簡単な荷物だけ持って、福岡空港から中部国際空港行きの飛行機に乗り込んだ。

 三月一日は高校の卒業式だったのだが、オープン戦があり出席できなかったので、一日遅れで卒業証書を貰いに行くのが目的だった。


 朝一番の飛行機に乗り込むと窓側に座った。飛行機が離陸して、機体が安定するとバッグからホテルで作ってもらった明太子入りの大きなおにぎりを取り出して、パクパクと食べ出した。


 ネネが座る列は三列で一番真ん中が空いていて、通路側に年配のサラリーマンが座っていた。

 サラリーマンは制服を着て、おにぎりを食べるネネを見て、受験生かな? と思い、おにぎりを食べる姿に癒され、クスリと微笑むと福岡のスポーツ紙を広げた。

 一面は福岡アスレチックスのオープン戦の記事で『アスレチックス、怒涛の追い上げをみせる』と、六点差を終盤よく追いついた。という内容だった。


 そして、新聞を裏返すと、そこには一面、ネネの写真が大きく載っていた。

 柳原から三振を奪い、ガッツポーズしている写真で『レジスタンスの羽柴寧々、女性初のプロ野球選手として、アスレチックス戦に初先発。五回を投げて一失点の好投』と書いてあった。


(ほ─、話題のこの女ピッチャー、アスレチックス相手にいい内容だな……)

 記事を読んでいたサラリーマンだったが、新聞の写真のネネを見て、ふとあることに気付いた。

(あれ……? この娘、どこかで見たような……?)

 新聞を下げて窓側の女の子に目を向けた。女の子は大きなおにぎりの二個目を美味しそうに頬張っている。

(え? え? ええ!?)

 サラリーマンは慌てて新聞と窓側の女性を見比べた。


 ネネが二個目のおにぎりを食べ終わり、ペットボトルのお茶を飲んでいると視線に気付いた。

 通路側に目を移すと、年配のサラリーマンがニコニコしながら、新聞に映るネネの写真を指さした。

(あ……あ──!)

 ネネは恥ずかしくなり、照れ笑いをした。


 飛行機は午前十時に中部国際空港に着いた。そこから電車に乗り、高校の最寄り駅に向かう。

 せっかくだから実家に寄ったら? と由紀から言われたがネネは断った。

 シーズンが終わるまで家には帰らない、と誓いを立てていたからだ。


 高校には十二時前に着いた。

 玄関を通り校長室へ向かうと、校長先生たちが笑顔で出迎えてくれて、スポーツ新聞を見せてくれた。

 地元のスポーツ紙の一面はTレックスの記事だが、裏面にはネネの写真がバーンと載っていた。

 それから、形ばかりの卒業証書の授与を行うと、先生たちからサイン攻めにあった。


 校長室を出ると野球部の部室に向かった。部室を覗くと野球部の後輩たちがいて、ネネを見つけると大騒ぎになった。

「あ! 羽柴先輩!」

 皆が駆け寄ってくる。

「みんな、元気だった──?」

 ネネはニコニコしながら部室に入った。

「羽柴先輩、昨日の試合見ましたよ! アスレチックス相手にナイスピッチングっす!」

「そうそう! あの柳原を三振に取ったピッチングには、しびれました!」

「ははは……」

 後輩たちから褒められて、ネネは照れ笑いした。


(懐かしいなあ……初めは同好会だったのに、雅治とふたりで人数を集めて部にして、マネージャーやりながら練習も手伝って……大会は一回戦負けだったけど、楽しかった思い出ばかりだよ)

 ネネは感慨に浸り、部室を見渡した。


「羽柴先輩、俺、久しぶりに羽柴先輩の球が打ちたいっす!」

「あ、何言ってんだよ。俺も打ちたいよ!」

「俺も、俺も!」

 後輩たちがネネに群がってくる。


「何、言ってんだよ。ネネは昨日投げたばかりだぞ」

 すると、いつの間にか部室の入り口に幼馴染の石田が立っていて、皆を諌めた。

「雅治……」

 石田はネネが高校に来ると聞いたので、待ち合わせしていたのだ。


 石田は東京の大学の野球部のセレクションに落ちて、結局、地元の大学に入学した。

 今後はこの大学の野球部で東海リーグを戦っていくことになる。


「ネネ、悪かったな。せっかく練習を手伝ってくれてたのに」

「ううん、こっちこそ、後半はほとんど手伝えてなかったし、こちらこそゴメンね」

 ネネが手を合わせて謝る。


 そんなふたりのやり取りを見て、後輩たちはニヤニヤしていた。

 石田がネネに好意を持っているのを知ってたからだ。


「雅治、少しくらいなら全然投げれるよ、キャッチャーやってよ」

 ネネは腕をグルグル回した。

「わ──い、やった──!」

 後輩たちは我先にグラウンドに向かていく。

「……いいのか?」

 石田は心配そうにネネを見つめる。

「うん」


 ネネは持ってきたジャージに着替えて、スパイクを履くと、グラブを持ってマウンドに立った。

「いいか、お前ら、ひとり一球だからな!」

 石田が皆に注意をする。

「準備はいい? じゃあいくよ──」

 ネネは笑顔を見せて振りかぶった。


「羽柴先輩、やっぱすげえな! 手元で球がグッと伸びるよ!」

「いやあ、コレはもう末代まで自慢できるよ!」

 後輩たちにひと通り投げたが、皆、喜んでいる。

(良かった……みんな喜んでくれて)

 何だかんだいっても、可愛い後輩たちだ。ネネもニコニコしている。


 しかし、後輩たちが喜んでいる一方で、石田はネネの球に衝撃を受けていた。

 ネネの球は自分が受けたことない次元の球になっていた。

 ネネは半分くらいの力で投げると言っていたが、それでもキレがすごい。ボールが途中から加速してミットに飛び込んでくる。

 もう自分の知ってるネネじゃない。石田はさみしくなった。


「どうしたの? 雅治?」

 ぼんやりしている石田の顔をネネが覗き込んだ。

「あ、ああ……ネネ、ちょっと頼みがある……」

「ん?」


 そして、石田がヘルメットを被り、バッターボックスに立った。キャッチャーはいない

 石田の頼み事というのはネネに『一球だけでいい、全力で投げてほしい』というものだった。

 ネネは石田の願いを了承した。

 また後輩たちはネネの全力投球を見れることになり色めき立った。

 一方でバットを構えた石田はある決心をしていた。それは『ネネの球を打てたら告白しよう』ということだった。


「じゃあ、いくよ──、雅治──」

 ネネは振りかぶり、石田はバットを握りしめた。

(……こい!)


 ネネの左足が高く上がった。軸足となる右足はヒールアップし、右腕がムチのようにしなると、指先から弾丸のような球が放たれた。

 ボールはど真ん中に飛んでくる。

 石田はバットを振ろうとしたが、途中でボールが消えた……いや、見失った。


 ガシャン!

 気がつくと、ネネのボールは真後ろのバックネットに突き刺さっていた。

(え? ええ!?)

 石田は目の前で起こった出来事が信じられなかった。バットを振るどころではない。ボールの伸びが凄すぎて、ボールを途中で見失ったのだ。

(こ……これが、今のネネの実力……?)


「は……はははは!」

 石田は突然笑い出し、その姿にネネや周りの後輩たちは呆気にとられた。

 もう笑うしかなかった。いつも一緒に野球をしていたネネは自分の想像を超える力をつけていた。石田はずっと笑い続けていた。


「……本当にここでいいのか?」

 高校の最寄り駅で石田がネネに確認した。

「うん、ここから名古屋駅に出て、新幹線で大阪に帰るよ」

 石田との勝負の後、ネネはこのまま大阪に帰ると言ったので、石田は見送りに行く、とついてきたのだ。後輩たちは気をきかせて、ふたりきりにしてくれた。


「え──と、次の電車は……」

 ネネは時刻表を見て、次の電車を確認している。石田はそんなネネの横顔を見つめた。

(ダメだな……野球じゃあ、もうネネには叶わないな。これじゃあ、告白なんて、夢のまた夢だ……)

 石田は苦笑した。


「あ、そろそろ電車が来そう。じゃあ雅治、私、行くね!」

 ネネは改札口に歩いていく。

「あ……ネネ!」

 石田は右手を上げて「頑張れよ!」とエールを送った。

 ネネは笑顔でブンブンと手を振ると、ホームへと続く階段を上がっていった。


(ネネはプロの世界で、一体どこまで上がっていくのだろう……?)


 石田はネネの姿が見えなくなっても、ネネが上がっていった階段をずっと見つめていた。


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