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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第3章 プロの洗礼編
67/207

第67話「背番号41対41」後編

 オープン戦、対福岡アスレチックス戦も中盤に差し掛かった。

 スコアは6対1とレジスタンス、五点リード。そして、ネネは本日の最後の回である五回の裏のマウンドに立った。


 その頃、皆より遅れてアスレチックスベンチに戻る松尾に拍手が飛び、キャッチャーの長瀬が声を掛けた。

「ナイスピッチです。松尾さん」

「長瀬、ありがとう。お前のリードのおかげで満足のいくピッチングができたよ」

 松尾は頭を下げ、その姿にチームメイトたちは一様に驚いた。

 なぜなら、松尾は人付き合いが悪く、人に頭を下げる姿を初めて見たからだった。

 自分よがりだった松尾が素直に長瀬のリードに感謝しているのを見たアスレチックスベンチは活気付いた。


「さあ、みんな!」

 キャプテンの城崎がパンパンと手を叩いた。

「松尾さんがいいピッチングをしてくれて、相手の流れを止めてくれたわ! 試合はまだこれからよ。今からあの小生意気な小娘を引きずりおろすわよ!」

「おう!」

 全員がマウンドに立つネネを睨んだ。


 アスレチックスは三番からの好打順。しかし、この回が最後のネネは全力投球でバッターを圧倒。ホップするストレートで三振を奪うと、四番の城崎を迎える。


 その城崎に対しても、ネネはテンポ良くツーストライクまで追い込んだ。

「ちょっと、ちょっと……何かさっきより、球の勢いがあるんじゃない?」

 城崎は、グイグイと押してくるネネのピッチングに戸惑い、北条に話しかけた。

「この回がラストだからな。全力でいかせてもらうぜ」

「フン……と言っても、この私をストレートだけで抑えられると思ってるワケ?」

「ああ、思ってるぜ」

 そう言いながら、北条はあるサインを出した。

「あらそう。それなら、打ち砕いてやるわ」

 城崎はグッとバットを構え直した。


 打ち気にはやる城崎。そんな城崎に対してネネはウイニングショット、懸河のドロップを投じた。

 踏み込む城崎の肩口にボールが飛んできて、城崎は一瞬戸惑う。するとボールは急に減速すると、大きく弧を描いて北条のミットに収まった。


「ストライク!」

 見逃し三振。城崎は打席で呆然としている。

「な……何? この変化は……? カーブ? いえ……縦のスライダー? それより何よ!? ストレート勝負とか言っときながら変化球を投げさせるなんて、この嘘つき!」

「おいおい、誰もストレート勝負なんて言ってないぞ」

 キャッチャーマスク越しに北条はニヤリと笑った。

「き、キ──! 悔しい!」


「いいぞネネ!」

 怒りながらベンチに戻る城崎を横目に北条がネネにボールを返す。

 ボールを受け取ったネネはニッコリ笑うと、振り返り「ツーアウトォ!」とバックに声を掛けた。


「あ──! 悔しい!」

 ベンチに戻った城崎はヘルメットを放り投げた。

「珍しいですね。城崎さんが見逃し三振なんて」

 長瀬が笑いながら声を掛ける。

「仕方ないじゃない。腕の振りが全く同じなんだから……アレは厄介だわ」

 城崎は口を尖らせてプリプリしている。


「ははは、天下のアスレチックス打線を相手に全く大したオンナだよ。でも、このまま勝ち逃げはさせたくないなあ、準備はどうだ、柳原?」

 久保監督が振り返り、ベンチに座っていた男に声を掛けた。

「大丈夫、いけますよ」

 その返事を聞いた久保監督はベンチを出る。


 アスレチックスドームにアナウンスが響く。

「福岡アスレチックス、代打のお知らせです。バッター永井に代わりまして、柳原篤人、背番号9──」


「ワ──ッ!」

 アスレチックスドームが歓声に包まれる。


(ポッと出のルーキー、しかも女にアスレチックスがこのまま終わってたまるか、覚悟しろよ、羽柴寧々)

 アスレチックスの久保監督は腕組みして、打席に向かう柳原を見た。


 ブンブン……。恐ろしい風切り音をなびかせながら、柳原が左バッターボックスに入った。

(おいおい、まさかコイツまで出てくるとはな)

 予想外の男の登場に北条はタイムを掛けて、ネネの元に向かった。


「ツーアウトだが、集中しろよネネ。ある意味、アスレチックスで一番危険なバッターだ」

 ネネはコクリと頷く。

 柳原篤人、普段は三番を打つ天性のホームランバッター。昨年は45本のホームランを打っている。

 今日は試合に出ていないが、四番を打つ外国人ストロベリーとのコンビは驚異的だ。

「柳原はメジャーリーガーばりの豪快なアッパースイングが武器のホームランバッターだ。恐らく、お前に恐怖心を植え込むのが目的だろう」

 ネネは素振りをする柳原のスイングを見た。マウンドまで風を切る音が聞こえてきそうだった。

「でも逃げるなよ、真っ向勝負だ。アイツを抑えて、気分良く終わらせるぞ」

 北条の言葉にネネはコクリと頷いた。


(とは言ってみたが……)

 キャッチャーポジションに戻った北条は打席に立つ柳原を見つめた。

(ネネのストレートは回転数が多い、そういうストレートはパワーヒッター且つ極端なアッパースイングと相性が悪い……さあ、どう攻めるか……)

 北条は悩んだ末にサインを出した。

 初球は変化球「懸河のドロップ」を選択。ネネは頷いてドロップを投じた。

 鋭い回転がかかったドロップはストライクゾーンに落ちて、まずワンストライク。

 しかし、柳原はバットを振らない。


(恐らくストレートを待ってるな、コイツ……それならお望み通り、投げさせてやるよ)

 北条は外角低目にストレートのサインを出した。但しボール一個分、ストライクゾーンから外れるコースに。

 北条のサインに頷いた。ネネはゆっくり振りかぶると、指示されたコースにストレートを投げ込んだ。

 しかし、柳原のバットが恐ろしいスピードで一閃し、そのボールを叩いた。


 カキン!

 快音を残して、打球はレフト方向に飛んだ。飛距離は充分だったが、打球はレフトのポール左を巻いてスタンドに着弾した。

「あああ〜……」

 ドームにため息の声が響く。


(危ねえな……ちょっとでも中に入ってたらホームランだぞ。しかし、やっぱりコイツとネネは相性が悪いな)

 北条は冷や汗をかいてネネを見た。

(さて、どうするか……)

 しかし、ネネは全くひるんでいない。目は光り輝いていた。北条にはそれが強打者との対決を楽しんでいるように見えた。

(フッ……それなら、このコースはどうだ?)

 北条が出したサインにネネは首を縦に振った。


 ネネは振りかぶった。

『気持ちが入ったボールは打たれない』

 先程の北条の言葉が頭に浮かぶ。

(そうだ。さっき松尾さんが示してくれたじゃないか。私も松尾さんに負けてられない!)

 指先に力を込める。

(いけえ!)

 弾丸のようなストレートが、真ん中高めに飛んでいく。


 松岡がバットを強振した。

 しかし、ネネの球の勢いのほうが一枚上手だった。ボールはホップしてミットに飛び込んだ。

「ストライク、バッターアウトォ!」


 ネネはマウンドでガッツポーズ。

 柳原を空振り三振に仕留めて、見事にノルマの五回を投げ切った。

 また、バックスクリーンのスピードガンには「141キロ」とネネの自己最速をマークする表示が輝いていた。


 そして、この回でネネは降板する。

 日本一のアスレチックス打線を相手に、五回を投げ、球数60、被安打3、三振7、四球0、自責点1。

 これが、女子プロ野球選手、羽柴寧々が初登板で残した成績だった。


 ……その後、試合はアスレチックスが怒涛の反撃を見せ、終わってみれば6対6の引き分けで試合は終わった。

 初回以降は点を取れなかったこと。それと中継ぎが打ち込まれたことは反省点だが、日本一のアスレチックス相手に引き分けたことは、レジスタンスナインにとっても大きな自信になった試合でもあった。


 試合が終わり、ネネはドームを後にした。

 選手通用口を出てバスに乗り込むため、外の道を歩いていると、ひとりの少女の視線に気付いた。その少女はアスレチックスのユニフォームを着ているが、ネネをじっと見つめていた。


 少女と目が合い、ネネはニッコリ微笑んだ。すると、少女が「あのお……」と話しかけてきたので、ネネは「どうしたの?」と声をかけた。

 すると、少女は硬式ボールとサインペンを出して「サイン……」とつぶやいた。と、途端にその少女の父らしき人が走ってきた。


 「こ、コラ! ダメだぞ、羽柴選手、疲れてるんだから!」

 と、父親は少女を注意したが、その様子を見たネネはニッコリと笑った。

「私のサイン? いいよ。このボールにすればいいのかな?」

 ネネはボールを手に取った。

「すいません。コイツ、今日初めてドームに来たんですけど、羽柴選手が投げるのを見て、アスレチックスより羽柴選手のファンになったみたいで……」

 少女の父親は苦笑いする。

「そうなんだ……ありがとね」

 ネネが少女に笑いかけると、少女は真っ赤になってうつむいた。


「ね……ネネちゃん……」

 少女はもじもじしながら、ネネに話しかけた。

「なあに?」

「私もネネちゃんみたいに、プロ野球選手になりたい……なれるかな?」

 うつむきながら少女は声を絞り出した。

「はは……コイツ、ケーキ屋さんになるのが夢だったのに、今日の試合を見てプロ野球選手になりたい、って言い出したんです」

 父親が少女の頭に優しく手を乗せる。

 ネネはニッコリと笑った。

「なれるよ、きっと。一緒にグラウンドに立てたらいいね」

 ネネは今日の松尾との投げ合いを思い出した。そう……決して無茶な夢じゃない、と。


「ねえ、お名前教えて」

「ひ……陽菜ひな……」

「陽菜ちゃんか、可愛い名前だね」

 ネネはボールにペンを走らせた。


「はい」

 ネネは陽菜にボールを手渡した。

 そのボールには「ヒナちゃんへ 一緒にグラウンドに立とうね ネネ 41」と書かれている。

 ネネのメッセージを見た陽菜の顔がパァッと明るくなった。


「お──い、ネネ、バスが出ちゃうぞ──」

 バスの中から声がかかる。

「あ……ゴメンなさい、行きますね」

 ネネは立ち上がると、陽菜の頭を優しく撫でて、バスに向かって走り出した。


 そして、あの日……ネネが松尾の背中を見ていたように、陽菜もネネの背番号41の背中をずっと見ていた。


 夢はこうして繋がれていく。

 ネネは改めて、プロ野球選手が皆に夢を与える職業だと感じた。


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