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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第3章 プロの洗礼編
66/207

第66話「背番号41対41」前編

 ブルペンの松尾に声がかかる時より時間は少し遡る。

 四回裏のアスレチックスの攻撃。九番キャッチャー長瀬の打順だったが、長瀬はバットを一度も振らず、見逃し三振に倒れた。


「長瀬さん、どうですか? 羽柴寧々の球は?」

 ベンチに戻った長瀬に石川が尋ねてきた。

 実はアスレチックスベンチでネネの評価が分かれていた。ある選手は「大したことない」と言い。ある選手は「オンナとは思えない球を投げる」と言う。


「……アイツは四種類の球を投げ分けてるな」

「は? 二種類ですよね? ストレートとカーブの」

「そのストレートとカーブが二種類あるんだよ」

「どういうことですか?」


 長瀬の見立てはこうだった。

 ストレートは伸びて浮く球と伸びずに沈む球の二種類。

 そして、カーブは鋭く大きく曲がって落ちる球と曲がりが少ない球の二種類。合わせて四種類ということだ。


「伸びて浮くストレートと大きく曲がるカーブは三振を取る決め球。沈むストレートと曲がりが少ないカーブはカウントを取ったり、タイミングを外す見せ球だ。しかも、この球種を打者によって使い分けている。だから、各バッターの評価が違うんだろう」

「じゃあ、長瀬さんの時は……?」

「初めは伸びるストレートで押してきたが、打つ気がないとみるやいなや、沈むストレートをコーナーに投げてきやがった」

「じゃあアイツ、オンナのくせにそんな老獪な投球術を身につけてるってことですか?」

「いや……これは恐らくキャッチャーのリードだろう」

 長瀬はグラウンドの北条を見た。

「あのキャッチャー……北条さんのリードは別格だ。十二球団の二軍も含めた選手全員のデータが頭に入っていると言われている」

「そ、そうなんですか!?」

「ああ……それと、あの羽柴寧々って女、クセが全くねえ。ストレートもカーブも腕の振りが全く一緒だから、球種が読めねえんだ」

「それなら、何で沈むストレートを投げるんですかね? 浮くストレートなら、三振取れるのに」

「浮くストレートは多投できない何か理由があるんだろうな。だから、沈むストレートやカウントを稼ぐカーブを織り込んでいると思う」

 長瀬はスコアボードを見つめた。回は四回裏、スコアは依然、6対1、レジスタンスリードだ。

「恐らく、今日アイツの投げる回は五回までだろう。てことは、最後の五回はすべて全力投球で来るはずだ」


 ……長瀬の推理は当たっていた。

 以前、紅白戦でネネの身体に異変が出たように、全力投球できるのは限度がある。

 そのため、わざと握りを変えて沈むストレートや落差が小さいカーブで球数を抑えていたのだ。全て北条の目論見通りだった。


 そして、ネネは四回裏のアスレチックスの攻撃を無失点に抑えた。

 ここまで球数は50、被安打3、三振5、四球0、自責点1、という内容。

 アスレチックス相手にルーキーとして充分合格の内容だ。


 また、ネネの好投はドームに詰めかけたアスレチックスファンにも衝撃を与えていた。

「アスレチックス相手にやるじゃないか」

「ストレートも140キロ程度だけど、空振りが多い。キレがあるんだろう」

「まさか、女性がプロの男連中相手にここまで良いピッチングをするとはな」

 と、概ね高評価の声が観客席から聞こえてくる。


 そんな状況の中、試合は五回の表に入り、レジスタンスの攻撃となる。その時、ピッチャー交代のアナウンスが入った。

「福岡アスレチックス、ピッチャー交代です。山口に代わりまして、松尾、背番号41」


 アナウンスを聞いたネネは慌ててグラウンドを見た。一塁ベンチから出てきた松尾がゆっくりとマウンドに歩いていた。

(松尾さんだ!)

 ネネがこの試合で任された回は五回まで。憧れの松尾と一イニングだけだが、投げあえることになり、ネネの胸の鼓動は高鳴った。


 マウンドに立った松尾はキャッチャーの長瀬とサインの打ち合わせに入るが、長瀬は松尾の様子がいつもと違うことに気付いた。松尾の顔に精気が戻り、目は光り輝き、闘志がほとばしっていた。


「長瀬……頼みがある」

 松尾が口を開く。

「何ですか?」

「今日はストレート主体で勝負したい」

「……なぜです?」

「俺に憧れていたヤツが見ている。ヤツの前で小手先のピッチングはしたくないんだ」

 その言葉を聞いた長瀬はため息をついた。

「……それは羽柴寧々ですか?」

 松尾は無言で頷く。

「長瀬、頼む」

「三振に拘らなければ……それと、俺のサイン通りに投げてもらえますか?」

「分かった」

 松尾は了承した。


(……見ていろ、羽柴寧々)

 松尾の瞳にかつての闘志の炎が宿った。


 この回は二番蜂須賀からの打順だった。

 その蜂須賀に対し、松尾はストレートで丁寧にコーナーを突き、ツーストライクまで追い込んだ。

 そして最後は伝家の宝刀、SFFスプリットフィンガーファーストボール

 ストレートと思い、手を出した蜂須賀は打ち損じてセカンドゴロだ。


 迎える次のバッターは三番明智。

 松尾は明智の得意な内角を避けて、外角のコーナーギリギリにストレートを集めて、ツーストライクまで追い込む。

 そして、最後はアウトローに全力のストレート。明智は踏み込んで打つものの、打球に勢いはなく、センターフライに打ち取られた。


 最後に投じたストレートは135キロ。

 お世話にも速い球ではないが、スピード以上にキレがあり、明智も驚いた顔をしていた。また松尾のテンポあるピッチングにスタンドから拍手がおこった。


「ネネ、よく見とけよ、松尾のピッチングを」

 ベンチで北条がネネに話しかけた。

「スピードがない分、制球力と球のキレで勝負している。また長瀬のリードも抜群だ。蜂須賀と明智の苦手コースを上手く突いている」


 ツーアウトまでこぎつけて、次のバッターは四番、織田勇次郎だ。

 松尾は勇次郎に対しても、ストレートをコーナーに集めてストライク先行のピッチングで、ツーストライクに追い込んだ。


「ネネ、何であのボールが打てないか分かるか?」

 北条が問いかける。

「いえ……分かりません」

「気持ちが入っているからだ。根性論と笑うかもしれないが、気持ちが入っていなければ160キロの球でも打たれるし、気持ちが入っていれば130キロの球でも打たれない」

「はい……」

 ネネはマウンドに立つ松尾を見つめた。

 体型が変わった。ストレートの球速は落ちた。でも、バッターに強気で向かっていく姿勢は変わらなかった。あの日、幼い頃に見た松尾がそこにいた。


 カウントは2-2。

 長瀬のサインに二度首を振り、やがて納得したかのように頷いた松尾は外角に球を投じた。勇次郎は踏み込んで球を叩いた。


 カキ──ン!

 ドームに快音が響き、打球はレフト方向に舞い上がった。

 だが、フェンス手前、打球は失速し、レフトがボールをミットに収めた。

 レフトフライでスリーアウト、チェンジだ。一塁ベースまで走った勇次郎は珍しく顔をしかめ、悔しそうな表情を見せた。


「気持ちが入った良いボールだったな。ほんの少しだがストライクゾーンから外れている。松尾の気迫が勇次郎にバットを振らせた」

 北条はレガースを着けながらネネに向かって話す。

「さあ、予定通りの五回だ! 全力で締めるぞ!」

「はい!」

 北条に背中を叩かれ、ネネはマウンドに駆け出した。


 ネネがダッシュでマウンドに向かうと、アスレチックスドームの観客がどよめいていた。なぜなら、この回を投げ終えた松尾がまだマウンドにいたからだ。


「松尾さん……」

 ネネが声をかけると、松尾は帽子で顔を隠した。

「さっきは……」

「え?」

「さっきは悪かったな……」

 ネネから顔をそらしながら、松尾が謝った。

「い、いえ! こちらこそ、試合前にすいませんでした!」

 ネネは頭を下げた。


「……いい球を投げるな」

「え……?」

「お前のピッチングを見て、昔を思い出したよ。ありがとう」

 松尾は顔を上げると、ネネに笑顔を見せた。その笑顔は十二年前にネネに見せた笑顔と全く一緒だった。


「それだけ言いたかった。じゃあな、頑張れよ」

 そう言うと、松尾はマウンドを降りてベンチに帰って行った。


(見ててくれた……松尾さんが自分のピッチングを見て、褒めてくれた……)

 ネネは胸が熱くなった。


 そして、ネネは昔、サインをくれて立ち去る松尾を見ていたように、ベンチに帰る背番号41番の背中をずっと見つめていた。


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