第62話「新生レジスタンス発進」
3月1日、全国で一斉にオープン戦が開幕。
試合開始時間にばらつきはあるが、大阪レジスタンス対福岡アスレチックス戦は午後二時に試合が開始される。
場所は敵地「福岡アスレチックスドーム」だ。
ただ、昨年セリーグ最下位のレジスタンスとパリーグ一位であり日本シリーズ優勝チームの福岡アスレチックスという対戦カードでは、あまりに実績と戦力の差が激しく、両チームのこの試合に賭ける意気込みにも温度差があった。
アスレチックスは主力を温存して、若手にチャンスを与える「見極め」的なスターティングメンバーを揃えたが、対照的にレジスタンスはこのまま開幕を迎えてもよいのではないかというくらいの「実戦的」なベストメンバーを揃えてきた。
レジスタンスのスタメンは以下の通りだ。
1番、毛利、センター
2番、蜂須賀、セカンド
3番、明智、ショート
4番、織田、サード
5番、黒田、ファースト
6番、斎藤、ライト
7番、島、指名打者
8番、浅野、レフト
9番、北条、キャッチャー
という新オーダーだ。
足が速い毛利と蜂須賀を一、二番に置き、出塁率を上げる。
三番から六番は、明智、勇次郎、黒田、斎藤、と四番候補を並べ、指名打者には打撃の天才、島。その後に安定したバッターの浅野を置く攻撃的なオーダーだ。
いずれにせよ、昨年までは見られなかったレジスタンスの新しい試みだった。
そして、午後二時、審判の合図がかかり試合が始まった。
一回の表はビジターであるレジスタンスからの攻撃。トップバッターはイップスを克服した毛利だ。
普段は小心者の毛利だが、グラウンドに出ると人が変わる。
「しゃあ!」
毛利は大声を出し、自分を鼓舞すると打席に向かった。
レジスタンスが攻撃中、ネネはその裏の守りに備えて、ベンチを出て北条とキャッチボールを始めた。
三塁側スタンドはアスレチックスファンで占められている。応援するチームが守備のターンということもあり、観客はネネのキャッチボールに注目した。
「あれが、噂の羽柴寧々か……」
「本当に投げるんだな、女なのに」
「意外に小さいんだな」
「結構、可愛い顔してるじゃん」
「あれ? いい球、投げるなあ」
観客席からは様々な声が聞こえてくるが、ネネは集中して、黙々とキャッチボールを続けた。
アスレチックスの先発はローテーションの一角を担う山口、昨年は12勝をあげている。
山口が大きく振りかぶって第一球を投げた。ストレート。だがコースは甘い。
カキン!
毛利が振り抜いたバットは、快音を残し、打球はセンター前へ飛んだ。
ワアア……!
レフトスタンド、レジスタンス応援席から大歓声が上がる。
続くバッターは、二番の蜂須賀だ。
一塁上では毛利がリードをとる。毛利はかつてパリーグにいたため、その足はかなり警戒されている。
山口は牽制を繰り返すが、一瞬のスキをつき毛利は果敢に走る。
先発キャッチャーは明智の後輩の石川。矢のような球を二塁に投げるが、毛利はタッチより早く二塁ベースに到達した。
盗塁成功、レジスタンスはいきなりノーアウト二塁と先制のチャンスだ。
それを見た今川監督がサインを出す。蜂須賀はサインを確認して頷く。
ピッチャー山口の初球、二塁ランナーの毛利が走る。虚を突かれるバッテリー。そして、蜂須賀はボールを叩きつける。
蜂須賀が打った打球は一、二塁間を抜けていく。スタートを切っていた毛利は一気にホームへ駆け抜ける。
この間、山口が投げたのはわずか二球、電光石火のような攻撃が決まり、レジスタンスが鮮やかに先取点を奪った。
(す、すごい……毛利さん、蜂須賀さん、紅白戦の時よりもレベルが上がっている)
ネネはキャッチボールの手をとめると、手を叩いた。
ノーアウト一塁で次のバッターは三番、「ナニワのプリンス」こと明智だ。レフトスタンドから黄色い声援が飛ぶ。
蜂須賀は一塁上で大きくリードをとる。蜂須賀も毛利に劣らず足は速い。
何度かの牽制のあと、蜂須賀は果敢に走り、毛利に続いて盗塁を決め、ノーアウト二塁となる。
「まったく、ウロチョロしやがって……」
打席で明智がそう呟くが嬉しそうだ。
「明智さん、もう勘弁してくださいよ」
キャッチャーの石川が話しかけてくる。
「いつも、この時期は流す程度だったじゃないですか? そんなに飛ばしたら、本番のペナントレースで、バテちゃいますよ」
「ははっ、確かにそうだな。だがな、今から全力でいかないと、俺も尻に火がついてるからな」
「え? 明智さんを脅やかす選手なんてレジスタンスにいませんよね?」
「いるんだな、それが。今年のレジスタンスにはよ」
そう言いながら、明智は山口の投じた外角のスライダーをジャストミート。打球はぐんぐんと伸びて、センターのフェンスに当たる長打コース。蜂須賀は悠々とホームへ。打った明智も二塁へ向かい。いきなり2対0とリードを奪った。
キャッチャーの石川は明智のバッティングを見て呆然としていた。
(あのコースは明智先輩の苦手なコースだぞ……それを完璧に打つなんて……)
どよめくアスレチックスドーム。そこにアナウンスが入る。
「大阪レジスタンス、四番サード、織田勇次郎」
レフトスタンドからは大歓声。満を辞して、ゴールデンルーキー、織田勇次郎が打席に入った。
勇次郎の登場を見て、ネネはキャッチボールをやめてグラウンドを見つめた。
勇次郎は少し表情が固いようだが、ゆったりとバットを構えている。
山口の初球は外角に外れるスライダー。一瞬、バットが動きかけたが、悠然とボールを見送る。
(ちょっと待てよ。コイツ、何て落ち着き振りだ……)
石川は驚いた。
(自分は公式戦初めての打席は足が震えて止まらなかった。それなのにコイツは……本当に高卒ルーキーかよ? サバ読んでんじゃねえのか?)
そして、先程の明智の言葉を思い出す。
『今から全力でいかないと、俺も尻に火がついてるからな』
(コイツか……? あの明智先輩に火を点けたヤツは……!)
危険だ。今、叩いておかないとコイツは危険だ。
石川はそう感じ、自分の全能力を賭けて勇次郎を抑えようと決めた。
二球目は外角低めのストレート、これは決まりワンストライク。
三球目は緩いスライダー、勇次郎はバットを振るが、バックネット裏へのファールとなる。
(カウントは1-2、次の球が勝負だな)
石川はピッチャーにサインを送った。
(さあ、山口さん、全力で頼みますよ!)
石川が腰を落とし、ミットをど真ん中に構えた。
山口の四球目が投じられる。勇次郎は踏み込んだ。しかし──。
ワアアアア!
球場に悲鳴にも似た声が響いた。
山口が投げた球は勇次郎のインハイ……いわゆる内角高めに飛び、勇次郎は身体を捻って避けたのだが、勢いあまって倒れ込んでいた。
避けなかったら、顔か肩に当たりそうな勢いだった。
(悪く思うなよ、ゴールデンルーキーくん)
石川はマスクの下でほくそ笑んだ。
(これもプロの洗礼だよ。高校生の投げる球より遥かに勢いもあるだろう?)
勇次郎はユニフォームの汚れを手で払うと、ゆっくりと立ち上がった。
(冷静を装っているが、内心はプロの内角球に恐怖を感じてるはずだ。次の一球でお前は終わりだよ)
石川は外角のサインを出した。
「いいぞ──! 山口──、そんな生意気なルーキー、潰しちまえ!」
ネネの背後、三塁側から野次が飛んだ。それを聞いたネネはムッとして勇次郎に向かって叫んだ。
「コラ──! 勇次郎、びびってんじゃないわよ! いけ──! 打て──!」
ネネの声は勇次郎に届き、勇次郎は微かな笑みを浮かべた。
(……うるさいんだよ、デカい声で。誰がびびってるって?)
そんな勇次郎の笑みを見た石川は不気味さを感じた。
(何だコイツ? 舐めてんのかよ?)
カウントは2-2、サインを確認した山口は五球目を投じた。
外角、ストライクゾーン、ギリギリに落ちるスライダーだ。
(コイツの頭にはさっきの内角球が残ってる。普通なら踏み込めず手打ちになるか、空振りするコースだぜ)
石川は勝ちを確信し、ミットを差し出した。だが……。
勇次郎は左足を思い切り踏み込んだ。そして、外角に逃げるスライダーを思い切り振り抜いた。
カキ──ン!
快音を残して打球は右中間に舞い上がった。
(ば、バカな……あの外角球に臆せず踏み込んだ?)
石川は打球を見つめた。右中間にグングンと伸びていき、やがてボールは右中間スタンドで跳ねた。
追加点となるツーランホームランだった。
(う、嘘だろ? 右バッターがこの広いアスレチックドームの右中間最深部まで飛ばすなんて……しかも高卒ルーキーで……)
石川は青ざめ、ピッチャーの山口も打球の行方を見て呆然としていた。
(織田勇次郎……噂に違わぬスーパールーキーだ……)
「初打席がホームランだと!? 何て奴だよ、お前!」
「右バッターであそこまで飛ばすかよ!?」
レジスタンスベンチ前では、勇次郎が手荒い祝福を受けた。
(すごい……勇次郎はやっぱりすごい! 公式戦初打席でいきなりホームランを打つなんて!)
歓声が飛び交うアスレチックドーム、勇次郎のホームランを見たネネは鳥肌が立っていた。
(憧れの人から冷たい態度をとられたからといって、落ち込んでた自分が恥ずかしい……)
「勇次郎は結果を出したぞ。さあ、次はお前の番だな」
北条がネネに声をかける。
「はい!」
ネネは元気よく返事をした。




