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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第3章 プロの洗礼編
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第61話「夢みる少女じゃいられない」後編

 ベンチ裏に現れた松尾はめんどくさそうに口を開いた。

「石川、誰だよ、俺に会いたがってるやつは?」

「あ、あの女です」

 石川がネネを指さしたので、ネネは松尾の前に出て深々と頭を下げた。


「れ、レジスタンスの羽柴寧々です……松尾さん、試合前にすいません……」

「羽柴寧々?」

 松尾は、誰だそれ? という顔をしたので、石川が「女性初のプロ野球選手ですよ」と耳打ちした。


 その言葉を聞いた松尾は気だるそうに口を開いた。

「で? その女子プロ野球選手様が俺に何の用だよ?」

「は、はい……」

 ネネはサインボールを松尾に差し出した。

「何だ、こりゃあ?」

「……覚えていないと思いますが、私、幼い頃に松尾さんからサインをいただきました」

 松尾はそのボールを手に取った。そこには、自分が書いたメッセージが書かれている。

「私……その時、プロ野球選手になりたいって言ったんです。そうしたら、松尾さんは笑わずにそのメッセージを書いてくれました……」

 ネネは松尾を見つめた。

「その時のお礼がどうしても言いたくて……松尾さん、その節は本当にどうもありがとうございました」

 ネネはもう一度、深々と頭を下げた。


 何も言わずに、ただボールを見つめていた松尾だったが、しばらくして、ようやく言葉を発した。

「覚えてねえなあ、こんなの書いた記憶なんてねえぜ」

「え?」

 ネネは驚き顔を上げた。

「それにお前がプロになろうが、俺には何の関係もないだろうが」

 ネネは優しかった松尾のあまりの変貌ぶりに言葉を失った。

「もし俺が書いたとしても、こんなモンは社交辞令だ。真に受けるなんて、バカかお前は」

 松尾はサインボールをポイと投げ捨てた。


「あ……」

 ネネは投げ捨てられたボールを追いかけた。

「お、おい、アンタ!」

 それを見た明智が松尾に掴みかかった。

「ちょ、明智さん、マズイっすよ!」

 それを見た石川が止めに入る。

「何だ、その態度は!? アンタ、ネネがどんな思いで会いにきたのか分かんないのかよ!」

 明智は怒りを露わにした。

「何だ? お前には関係ないだろうが」

 松尾は明智の手を振り払うと、ベンチに消えていった。石川は明智に頭を下げて後に続いた。


 明智が舌打ちして、ネネを見ると、ネネは床に捨てられたボールを両手で大事に包み、しゃがみ込んでいた。

 背番号41の背中がさみしそうに見えて、明智は「おい、ネネ、大丈夫か?」と声をかけた。振り返ったネネは苦笑いを浮かべた。

「はは……社交辞令って言われちゃいました」


 レジスタンスのベンチに戻ったネネは、サインボールを大事にバッグに入れた。

(……やっぱり噂は本当だったんだ)

 そして、以前、父親が話していたことを思い出した。


 松尾の全盛期は20代前半だった。チームのため中継ぎ、抑えとフル回転した。

 その結果、肩を壊し、いつしか一軍から離脱した。しかし、松尾は技巧派として再出発を図ろうとしていた。

 その矢先、トレードが発生した。

 松尾は故郷の愛知県を離れて、遠く離れた福岡に移籍することになった。

 その後、中継ぎが主戦場となったが、成績は芳しくなく、松尾は野球の情熱を失っていった。というのが父親が話してくれた話だった。


(この目で見るまで信じられなかったけど、やっぱりショックだなあ……)

 ネネはあの日、幼い頃の自分に優しい言葉をかけてくれた松尾と、先程の松尾があまりに変わり過ぎていて、悲しくなった。


「ネネ、本当に大丈夫か?」

 明智が声をかけてくれる。

「はい、心配かけて、ごめんなさい! 大丈夫です!」

 ネネはにっこり笑った。


 午後二時の試合開始に合わせて、アスレチックスドームには続々と観客が入ってきた。

 パリーグの絶対王者、福岡アスレチックス。その初陣を皆、楽しみに球場に足を運んでくるのだ。

(ダメダメ、集中しなくちゃ……例え敵地とはいえど、私にとっては一軍での初めての登板。しっかりしなくちゃ)

 ネネは両手で頬をパンパンと叩いた。


 試合開始30分前には、両チームの先発投手の名前がバックスクリーンに映し出される。

 アスレチックスの先発は、昨年12勝を上げている中堅ピッチャーの山口。

 そして『レジスタンス羽柴寧々』の名前も映し出され、ドーム内にどよめきの声が上がる。

 オープン戦とはいえ、女性初のプロ野球選手が登板するのだ。それも、日本一のチーム、福岡アスレチックス相手に……。

 本当に女性がプロで活躍できるのか?

 それとも滅多打ちにあうのか?

 アスレチックスドームに詰めかけた観客たちは、様々な思いでスコアボードを見つめていた。


 続いてアスレチックスの先発メンバーがアナウンスされた。

 オープン戦の開幕戦ということもあり、主力はほぼ出場していないが、他のチームなら一軍クラスの選手の名前が並んだ。選手層の厚いアスレチックスならではのオーダーだった。


 時計の針は刻一刻と進む。

 ネネの初登板の時間が近づいてきた。




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