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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第1章 プロ野球入団編
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第6話「羽柴寧々、大阪へ」

 ドラフト会議から二週間経った11月初旬の某日。

 ネネはスーツケースを持って、新大阪駅のホームにいた。伊藤スカウトから、入団テストを行うので大阪に来てほしい、との連絡を受けたからだ。

 ただテストは一日で終わらないので、一週間は大阪に滞在できる用意をしてきてほしい、と言われたことが、どうにも不可解であった。

 学校にはレジスタンスの入団テストのことは言わずに、就職活動で大阪に行くと説明したら、特に詳しいことは聞かれず休みを了承してもらった。

 しかし、一週間かけて入団テストとは一体何をするんだろう?  

 伊藤スカウトに尋ねるも、そこは機密事項、と詳細は教えてもらえなかった。


 不安な気持ちで改札口を出ると、待ち合わせの場所に伊藤スカウトがいた。

「やあ羽柴さん、待ってたよ」

 伊藤スカウトの車で、今回のテストの場所であるレジスタンス二軍練習場に向かった。二軍練習場は少し郊外にあるので、車で移動するのが便利らしい。


 市内から車で走ること30分。ようやく二軍練習場に到着した。練習場は想像していた以上に立派だった。

「去年リニューアルしたんだ。設備も充実してるから、たまに一軍選手も練習に来たりするんだよ」

 伊藤スカウトが内部を案内してくれる。

「女子更衣室はないけど、今日から一週間は誰も来ないから、ここを使って」

 そこは選手用の更衣室で、運動のできる服に着替えるように指示された。

 ネネは用意してきたトレーニングウェアに着替えると室内練習場に入った。練習場は広く設備が充実していた。


 ストレッチをしていると、伊藤スカウトの他にもうひとり、眼鏡をかけた男性が入ってきた。

「こちら、大阪の大学でスポーツ選手の身体能力を研究している水間さん」

 伊藤スカウトが紹介する。

「よろしくお願いします」

 ネネはペコリと頭を下げた。水間の年は30代くらいで、手にタブレットを持っていた。

「じゃあ早速だけど、キミの基礎体力を見させてもらおうか」

 水間の指示で、身長と体重を測ったり……と身体測定が始まった。

 そして、身体測定が終わると、短距離走、長距離走、遠投と基礎体力を調べるために、様々な体力テストが行われた。

 テストが終わるたびに、水間はその結果をタブレットに打ち込んでいった。


 午後四時にテストはすべて終了した。

 ネネがクールダウンのためストレッチをしていると、伊藤スカウトが今度は恰幅のいい女性を連れてきた。

「こちら、スポーツ選手をメインにマッサージ業をしている真澄さん。今日は彼女のマッサージを受けて終了だよ」


 シャワーを浴びて汗を流すと、真澄のマッサージを受けた。

 初めて受ける本格的なマッサージは一日の疲れを癒してくれた。


 真澄のマッサージが終わると、ネネは再び伊藤スカウトの車で市内に戻った。

 本格的な入団テストは、明日からやるのだろうか? 

 その疑問を尋ねるも、まだ話せない、と言われた。モヤモヤした気分のネネを乗せた車は市内に入ると、宿泊するビジネスホテルに到着した。

 伊藤スカウトは、ネネに球団から支給されたプリペイドカードを渡し「これで好きなものを食べなさい」と伝え、明日は九時に迎えに来る、と言い残すと車を発進させた。


 ホテルにチェックインし、部屋に入ったネネは急に不安になった。

 ひとりでホテルに泊まるのは初めてだし、また明日から何をするのか全く分からない。シングルベッドに横たわると、お腹がグ─ッと鳴った。

(まあ、考えても仕方ないか……)

 切り替えが早いところがネネの長所だ。とりあえず、先程貰ったプリペイドカードが使える店をスマホで検索したら、ホテルの目の前のドーナツ店がカードを使える店だった。


 ドーナツ店に飛び込み、カードの限度額を調べてもらったら、何と十万円分の金額がチャージされていることが判明した。

 ネネは体型の割に大食漢。特に甘いものは大好きだ。欲望の赴くままにドーナツを次から次へとお盆に乗せて、計20個のドーナツを平らげた。


 そして、ネネがドーナツを食べている頃……。二軍練習場には四人の人影があった。

 伊藤スカウト、ネネの体力測定を行った水間、ネネをマッサージした真澄、そして、見た目が六十代くらいの白髪の男性の四人だった。

 四人はミーティングを行っているようで、まずはタブレットを片手に、水間が本日測定したネネのデータを説明し始めた。


「羽柴寧々、17歳、来年の1月1日に18歳になります。右投げ右打ち、身長は158センチ、体重は……」

 ネネの身体的特徴を説明している。

「大きな基礎疾患なし、健康状態は良好です」

 水間の説明が終わると、白髪の男性が手元のタブレットを操作しながら尋ねた。

「……つまり、この羽柴寧々はいわゆる日本人女性の一般的標準体型であり、恵まれた体格を有しているわけではない、ということだな?」

「はい、そうです」

 白髪の男性は、タブレットを無造作に机に置いた。

「男のプロ野球選手でも小柄な選手はいる。だが、やはりプロでやっていくなら、最低でも身長は170センチはほしい。男と比べて身長も低い、体重も軽いし、力もない。この娘がプロでやっていくことは無理だろう」

 白髪の男性はネネのプロ入りに否定的な意見のようだ。すると水間がタブレットを操作した。

「いえ、一概にそうとは言えません。このデータを見ていただけますか?」

 一同、再び手元のタブレットに目を落とす。

 そこにはネネの体力テストの結果が表示されていた。水間が説明を続ける。

「今、表示されているのは、羽柴寧々のデータを基に過去に私が収集したプロの女性アスリート達のデータと比較したグラフです。いかがですか? 基礎体力については、ほぼ女性アスリートと同等の数字を叩きだしています」

 タブレットを見つめた全員は「あの小さな身体のどこにそんな力が……?」と驚きの声を上げた。

「ちょっと待ってくれ、これはあくまで女性と比較したデータだ。女性の中では高い能力かもしれないが、プロの男性と比べると厳しいだろう」

 白髪の男性はあくまで否定的な意見を押し通す。すると水間は再び機械を操作した。

「……では、これはいかがでしょう?」

 そこには、また違うデータが映し出された。

「水間さん、これは……?」

 伊藤スカウトが尋ねる。

「羽柴寧々の遠投や心肺機能……その他、諸々のデータをプロ野球選手の平均値と比較したデータです」

「え! こ、これって……?」

 今度はマッサージ師の真澄が声を上げた。

 体力的な部分は男性より劣っている箇所もあるが、中には平均値を超えている項目も存在していたからだ。

「こ、これは……!」

 その内容を見た白髪の男性も絶句した。

「見ての通り、遠投や長距離走のデータはプロの野球選手の中でもトップクラスです」

 水間は微笑みながら説明を続けた。

「要約すると、この羽柴寧々という女性は、肩が異常に強く、心肺機能、足腰の強さ、そして基礎体力もプロのアスリートと同等クラス、ということです」


 すると、白髪の男性がネネの叩き出した数字に納得がいかない様子で声を上げた。

「なぜだ? なぜこんな数字が? 一般的な女性と体格は変わらないのに……」

「あ、あの……ひとつよろしいですか?」

 マッサージ師の真澄が口を挟んだ。

「私……職業柄、様々なスポーツ選手の身体をマッサージしたことがあります。男女含めて、それこそ何百人も……」

 真澄はこの業界では知る人ぞ知るマッサージのプロで、海外アスリートのマッサージの経験もある。

「あの娘の身体ですが……私、あんな筋肉、初めて触りました」

「と、言うと?」

 水間が興味津々で尋ねる。

「異質なんです。筋肉が……あまりにしなやかで弾力があり、とても人間の筋肉とは思えませんでした。まるで動物……そう、ネコ科の肉食獣のような筋肉の付き方でした」

「成程、あの娘の筋肉が特殊であれば、体型が一般の女性と同じでも、体力テストで男性顔負けの数値を叩きだしても、おかしくないってわけか……」

 水間が口を開き、真澄は静かに頷いた。


「どうでしょう? これなら貴方のコーチを受ける資格は十分にあると思いますが……」

 伊藤スカウトが白髪の男性に話しかけると、男はタブレットを置き、静かに立ち上がった。

「分かった。明日、羽柴寧々と会わせてくれ、それからこの話は考えることにする」


 ……そして、翌日の午前九時。

 ホテルの玄関前にネネが立っていると、時間通りに伊藤スカウトが迎えに現れた。

 ネネは野球道具を持って伊藤の運転する車に乗り込んだ。


「昨日はよく眠れた?」

 車に乗り込んだネネに伊藤が話しかける。

「はい、ぐっすりと! あ……そうだ、伊藤さん、ホテルの朝御飯があまりに美味しそうだったから勝手に食べちゃいました。ごめんなさい」

 ネネは愛嬌ある顔で両手を合わせて、ごめんなさい、のポーズをした。その無邪気な仕草に伊藤は思わず微笑んだ。

「いいんだよ、美味しかった?」

「はい、とっても!」

 ネネは助手席でニコニコと笑った。


 車は市街を抜けて郊外へ向かう。その道中、伊藤スカウトはネネに話しかけた。

「……羽柴さん、とりあえず、第一段階のテストは合格したよ」

「え? 昨日、何かテストなんてしましたっけ?」

 ネネはキョトンとした。

「昨日の身体測定や体力テスト……もっと言えば、マッサージまで含めて入団テストだったんだよ」

「え、え──! 何ですかそれ!? 入団テストは一週間後じゃなかったんですか?」

 ネネは驚きの声を上げた。

(まさか、もう入団テストが始まっていたなんて……)

「その入団テストのための、事前テストだったんだよ」

「ええ? どういうことですか?」

 だが、伊藤スカウトはそれ以上の説明はせずに車を練習場へと走らせた。


 二軍練習場に着いたネネはモヤモヤした気持ちで、昨日と同じように着替えてグラブを持ち室内練習場に向かった。今日はグラブを忘れないように、と指示があったからだ。

 室内練習場に入ると、そこには四人の人物がいた。

 伊藤スカウトに水間に真澄……そして、昨日はいなかった白髪の男性だった。

 白髪の男性はレジスタンスのユニフォームを着ている。

(あれ? 昨日はいなかった人がいる。ユニフォームを着ているってことは、チームの関係者かな?)


 ネネが疑問に思っていると、白髪の男性が話しかけてきた。

「キミが羽柴寧々さんだね?」

「は、はい……」

 白髪の男性は右手を差し出した。


「来季からレジスタンスの投手コーチを務める杉山です。よろしく」


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