表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第3章 プロの洗礼編
59/207

第59話「過去からの復讐者」後編

 見るからに不快なオーラをまとう男、それが長濱を見たネネの第一印象だった。


「よく来たな、斎藤。羽柴寧々も連れて来て、ご苦労だった」

 長濱はニヤニヤと不快な笑みを浮かべている。

「長濱……詩織はどこだ?」

 斎藤が詩織の行方を尋ねると、長濱は側の男に合図した。

 しばらくすると、部屋の奥から怯えた様子の詩織が男に腕を掴まれて現れた。


「詩織!」

「ま、誠くん!? それと羽柴さんも!? 何でここに? 長濱くん、何でこんなことするの!?」

 ふたりの姿を見た詩織は驚きを隠せない。


「ほう、本当に記憶を失っているみたいだな」

「記憶? な、何、それ……」

 長濱はゴソゴソと荷物を漁ると、中から一本のサバイバルナイフを取り出した。

 そのナイフを見た詩織は目を見開き、頭を抱え出した。

「い……痛い……あ、頭が……」

「ククク……見覚えがあるはずだぜ、このナイフには」

 長濱はナイフを詩織に向けて笑みをこぼした。


「あ、あああああ!」

 突然、詩織が絶叫した。

「はっはっは! どうやら思い出したようだな、あの素敵な夜を!」

「あああ! あああ!」

 詩織は頭を抱えて泣き出した。


「な……長濱あ!」

 斎藤は長濱に飛び掛かろうとしたが、その前に屈強な男たちに取り押さえられた。

「……動くな。二度と野球ができない身体になるぞ」

「く……くっ!」


 そして次に長濱が合図をすると、違う男がネネの身体を拘束した。

「は……羽柴!」

「ちょ……何すんのよ!? は……離しなさいよ!」

 ネネはバタバタと暴れた。

「気の強いオンナだな。だが俺はお前に興味はない。お前に興味を持っているのは、隣の部屋にいる組長だ」

「え……?」

「や、やめろ! 羽柴は関係ない、離せ!」

「連れて行け」

 長濱に命令された男は、暴れるネネを無理矢理、部屋の外に連れ出した。


「な、長濱あ……!」

 斎藤は長濱を睨んだ。

「なぜだ? なぜ今頃になって、こんなことをする?」

「……お前、人が一番絶望する瞬間って知ってるか?」

「な、何を言ってるんだ?」

「幸せの絶頂にいるときに、奈落の底に突き落とされるのが、一番絶望する瞬間なんだよ。俺は詩織が沖田と結婚するのを待ってたんだ。それが一番絶望を与えられるって、知ってたからな」

 長濱はクククと笑う。

「それと、斎藤……お前には詩織との楽しい時間を邪魔された借りがある。お前にも償ってもらうぜ」

「だ、だったら、なぜ羽柴まで巻き込む? アイツは関係ないだろう」

「あの女か? それは組長が羽柴寧々にご執心だからだ。生の姿を見たくて、わざわざ沖縄に来るほどな……そうしたら、お前が羽柴寧々とつるんでるじゃねえか。それで、良い機会だと思って、組長への手土産にしたんだ。ははは!」

 長濱は下卑た笑い声を上げた。

「さあさあ、隣の部屋で何が起こるのかな? 組長はあの女を気に入っている。きっとタダじゃすまないと思うぞ」


「な、長濱……」

 斎藤が力なく声を発する。

「あん?」

「お、お願いだ。俺はどうなってもいい。羽柴は……羽柴にだけは手を出さないでくれ……」

「何だお前、あの女に惚れてるのか?」

 長濱がバカにしたように笑う。

「違う……アイツは女だがものすごい球を投げる。ピッチャーだった俺には分かる。だから頼む……アイツの未来を壊さないでくれ……」

 斎藤は頭を下げた。

「そうかお前、俺に腕を切られてピッチャーやれなくなったもんな」


 その言葉に、泣いていた詩織がピクッと反応した。

「え……? ま、まさか、誠くんの腕の怪我って……」

「何だ、知らなかったのか? お前を助けた時にできた傷だよ」

「や、やめろ……長濱……それ以上、言うな……」

「見せてやれよ! 名誉の勲章をよ!」

 長濱は斎藤に近づいて、左腕の袖をまくった。斎藤の左腕には大きな傷が走っていた。


「あ……あああ……!」

 その傷を見た詩織は更に涙を流した。

 高校時代……詩織は斎藤に「ガラスで利き腕を切るなんてドジね」と笑いながら言った。斎藤は笑っていたが、実はその傷は自分のせいだった。そして、その怪我が元で斎藤は投手生命を絶たれたのだ。


「ご、ごめんなさい……誠くん、わ、私のせいで……あああ……!」

「ち、違う……詩織、お前のせいじゃない……」

 斎藤は必死で詩織に呼びかけた。


「ははは……愉快、愉快。ついでに良いことを教えてやる。お前らは、もうプロ野球の世界にはいられないぜ」

 長濱はそう言って、斎藤にスマホの画面を見せた。そこにはある写真が映っていた。

 それは、ホテルのロビーで案内役の男と話す斎藤とネネの写真だった。

「ククク……この写真が出回ったら、どうなるかな? 俺ら暴力団と接触を持った時点で、お前らは終わりだよ」

「あ、ああ……」

 その写真は決定的だった。プロ野球選手は暴力団との付き合いを固く禁じられている。例え自分たちが否定しても、この写真は暴力団との付き合いを肯定する証拠となることは明白だった。

 絶望した斎藤の心は折れ、その場に崩れ落ちた。


 一方、ネネは違う部屋に連れて行かれていた。部屋は長濱がいた部屋より大きかった。


「組長、羽柴寧々を連れてきました」と男が声をかけると「ご苦労」という声が聞こえて、奥からツエを付いた老人が現れた。その傍には真っ黒な服を着た付き人らしき男もいた。

 老人の身長はネネと同じくらいだが、目付きが鋭く、獲物を狙う鷹のような光を放っていた。和服を着ていて、かなり高齢のように見えた。


「……キミが羽柴寧々さんかね?」

 老人が口を開いた。低く落ち着いた声だった。

「私は組長の千野だ。部下たちが荒っぽい真似をして悪かったね」

 側近の黒服が椅子に座るように促したので、ネネは椅子に座った。組長も座ったので、ネネと組長はテーブルを挟んで対峙することになった。


 組長はネネの顔をじっと見つめてきた。それは何かを観察しているような目付きだった。

 沈黙に耐えきれず、ネネが口を開いた。

「わ、私に何の用ですか?」

「……ちょっと、君のことが気になってね」

 組長は更にネネの顔をじっと見た。

「それで、わざわざ沖縄まで来たんだよ」

 ネネは大きく深呼吸すると、大きな声を上げた。

「そ……それなら、何で斎藤さんや詩織さんを巻き込んだんですか!? 用があるなら私だけ呼べばいいじゃないですか!?」

「オマエ、組長に何て口を聞くんだ!」

 近くにいた黒服が声を荒げたが、組長は、よいよい、というように右手を上げた。

「あれはアイツが勝手にしたことだ。それにワシはキミに会うつもりはなかった」

「だったら、尚更、何で……?」

 組長はネネの質問には答えず、席を立つとネネに近寄って、更に顔を覗き込んだ。

 何をされるか分からない恐怖があったが、ネネはキッと組長を睨みつけた。


「似てるなあ……」

 ネネの顔をじっと見ながら、組長は納得するように声を発した。

「実に似ている……生き写しとはまるで、このことだ……」

「だ、誰にですか?」

「ワシの昔の知り合いだよ。キミはその人にそっくりなんだ。だから気になってね……」

 ネネの頭に「?」が浮かぶ。組長はネネをじっと見ている。ネネは意を決して口を開いた。

「……さ、斎藤さんたちをどうする気ですか?」

「それはワシには関係ない。長濱が決めることだ」

 ネネは膝の上に置いた両拳をギュッと握りしめると、大きく息を吸った。


「お願いです……」

 ネネは組長の目を見つめた。

「私ができることなら何でもします……その代わり……斎藤さんと詩織さんには危害を加えないでください……」

 ネネの言葉は丁寧だったが威厳があった。堂々とした物言いだった。


 ネネの言葉に組長は少し驚いた顔をしたが、そのまま元の席に戻った。

「……ちょっと聞いてもいいかな?」

「は、はい……」

「『羽柴』という名字は珍しいが、お父さんの故郷はどこなのかな?」

「お父さんですか? え、えっと……北海道です。おじいちゃんが酪農をやってます」

「……北海道?」

 組長はなぜかその言葉に激しく反応した。

「み、身内に関西の人はいないかな?」

「関西の人ですか? 亡くなってますが、おじいちゃんのお母さんが関西の人だったと聞いています……」


 ガタッ! その言葉を聞いた組長は動揺し、椅子から落ちそうになったので、黒服が慌てて駆け寄って身体を支えた。

「ひ、ひいおばあちゃんのことで、何か覚えていることはあるかい?」

(ひいおばあちゃんのことで? え、えーと、えーと……)

「ひいおばあちゃんは、私が小さい頃に亡くなったから、覚えていることがなくて……」

「何でもいいんだ。どんな些細なことでもいい」

 組長は必死な顔をしている。すると、ネネはふと、あることを思い出した。


「あ……石投げ……石投げです!」

「え?」

 組長は身を乗り出した。

「私、子供のころから、石投げをしてたんですけど、そのコツはおじいちゃんから習ったんです。なるべく平たい石を風に乗せるように投げろって……おじいちゃんはその投げ方をひいおばあちゃんから習ったって言ってました」

 その言葉を聞くと、組長はガタンと音を立てて、椅子から立ち上がった


「石投げ……平たい石を風に乗せるように投げる……? お、おおお……! やっぱり……やっぱりか! キミはあの人の血筋の娘か……!」

 組長は突然呻き声を上げると、次に両手で顔を覆った。

「こ、こんなことがあるのか? こんなことが……!」

 組長の異変に黒服が駆け寄ると、組長は何かを耳打ちした。すると、黒服は頷き、部屋から出て行った。


(え? え?)

 ネネも組長の異変に困惑した。すると、組長はネネを見つめながら問いかけてきた。

「羽柴さん……ひいおばあちゃんの名前は分かるかな?」

「ご、ゴメンなさい。分かりません……」

 ネネは申し訳なさそうに答えた。


「ルイ……」

「え?」

「『ルイ』、それが、キミのひいおばあちゃんの名前だよ……」

 組長の声が震えている。

「わ、私はね、幼い頃、キミのひいおばあちゃんに命を救われたんだ……」

(ひ、ひいおばあちゃんが組長の命を救った?)

 ネネは驚きで声がでない。

「さっき、キミが言った言葉、誰かのために自分を犠牲にする義侠心……まさか、遥か昔にあの人が言った言葉を、また聞くことになるとは思わなかった……」

「そ、そんな……人違いじゃないですか?」

 組長は首を振った。

「いいや、間違いない……キミはその女性にそっくりなんだよ……顔も、その性格も、そしてピッチングフォームも……」

(ピッチングフォーム? ひいおばあちゃんも野球をやってたの?)

 まさかの話にネネは驚いた。


 しばし沈黙が続いたが、急に組長が席を立つと、静かにネネに歩み寄った。

「羽柴さん、頼みがある……」

「な、何でしょう?」

「手を……ワシの手を握ってくれないか……?」

「え?」

「頼む」

 組長が右手を差し出して頭を下げた。ネネは戸惑いながらも組長の右手を両手で包みこむように握った。

 組長は「うん……うん……」と何かを懐かしむようにうなずいた。


 暫くすると組長は顔を上げた。心なしか晴れ晴れした顔をしていた。

「さて……私の頼みを聞いてもらったからには、キミの頼みも聞かないと不公平だな」

 組長はパンパンと手を叩いた。部屋に黒服が入ってきて、組長が何か耳打ちをした。

 黒服は頷くと、ネネを立たせて一緒に隣の部屋に戻るよう促した。


 ネネは何が起こったのか、さっぱり分からなかった。だが、千野組の組長とひいおばあちゃんとの間には何かがあった。そして、そのおかげで助かったことは理解できた。


 ネネは部屋を出る時、振り返り、もう一度組長を見た。組長はじっとネネを見つめていた。

(悪い人じゃないのかもしれない……)

 そう思うと、ネネの顔に自然と笑顔が浮かんだ。ネネの笑顔を見た組長は再び驚いた顔を見せた。

 ドアを閉めるときに組長の姿が目に入った。組長は両手で顔を押さえていた。ネネはそのままドアを閉めた。


 ネネが斎藤たちのいる部屋に戻ると、開口一番、黒服が言葉を発した。

「全員、帰っていいぞ」

「は、はあ!?」

 長濱が驚いた声を出した。斎藤もその言葉に唖然とした。

「今日この場では何もなかった。お前らと俺たちの間には何も関係はない。以上だ」

 黒服は皆に向かって言った。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 一体何が?」

 すると、黒服は長濱の胸ぐらを掴んだ。

「組長命令だ。今後一切、コイツらには関わるな」

「え!?」

 そして、長濱のスマホを取り上げると、床に捨てて、革靴で踏みつけ破壊した。

「そして、もうひとつ……羽柴寧々だけでなく、そのチームメイトにも関わるな。そうでないと、今度はお前を消すことになる」

 長濱は、ひ、ひいい……と言葉を発し、その場に座り込んだ。


「聞いていただろう、早く出て行け」

 黒服の言葉を聞いた斎藤は詩織を抱き抱え、ネネと一緒に部屋を出た。

 ネネの身に何かあったんじゃないかと斎藤は心配したが、ネネは「大丈夫」と答えた。

 斎藤は何があったのか分からなかったが、ネネの様子から、組長とネネの間で何かがあり、そして助かったに違いないと確信し、ネネに感謝した。


 三人がホテルから抜け出し、詩織の泊まってるホテルに着くと、沖田がロビーで待っていた。

 詩織の無事を確かめた沖田は詩織を抱きしめた。

「行こう」

 そんなふたりを見届けた斎藤は、ネネに声をかけてホテルから立ち去った。


 玄関でタクシーに乗り込もうとすると、背後から「誠くん!」と詩織の声が聞こえた。

「誠くん……ゴメンなさい……私……私、ずっと勘違いしてて……」

 記憶が戻ったことで詩織は動揺していた。目に涙が見える。そんな詩織に斎藤は笑いかけた。

「どんな理由があろうとも、お前のことを一番大事に思っているのは沖田だよ、今も昔も」

「でも、私……誠くんにひどいことを……」

 斎藤は首を横に振った。

「俺のことは気にするな。結構、楽しいよ、今は」

「誠くん……」

「じゃあな、幸せにな」

 そう言って、斎藤とネネはタクシーに乗り込んだ。


「ありがとうな、羽柴、助かったよ」

 車内で斎藤がネネに頭を下げた。

「い、いえ全然……それより斎藤さん……私、気になったんですけど、もしかして、斎藤さん、詩織さんのことが好きだったんじゃあ……」

 その答えの代わりに、斎藤は微かな笑みを浮かべ、窓の外に目を向けた。


 長い夜は終わった。

 ふたりを乗せたタクシーはホテルに向かって走って行った。


 





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ