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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第3章 プロの洗礼編
57/207

第57話「過去からの復讐者」前編

 レジスタンスの春季キャンプは、基本、五勤一休。つまり五日間練習して、一日休むというスケジュールだ。

 そんな貴重な休みの日、ルーキーはキャンプ地周りの観光地に訪れて広報活動をすることが多い。ちなみに今年のレジスタンスの場合だと、織田勇次郎と羽柴寧々がその役割を担っている。

 特にネネは女性ということもあり、愛嬌と見栄えもいいのでマスコミ受けがいい。そのためキャンプが始まってから、ネネの休みは広報活動で忙殺されていた。

 ネネの体調を考慮して由紀は反対していたが、そのおかげでレジスタンスの広報活動は、他の球団の追随を許さないくらい成功していた。


 そして、二月も中旬も過ぎ、キャンプも半分経過した休みの日、球団はネネに完全休養日を与えることにした。

 その休み前日の練習終わり、ネネは由紀と一緒にホテルまでの道を歩いていた。


「ネネ、ごめんね。ずっと休みを取らせてあげれなくて……」

 由紀はすまなさそうに謝る。

「全然、大丈夫だよ」

 ネネはニッコリ笑う。

 ネネの広報活動で、広報部での由紀の評価も上がっているという。いつも親身になり、世話をしてくれる由紀の評価が上がることにネネは喜んでいた。


「明日は完全休養日だけど、どうする? ホテルでゆっくり休んでもいいし、観光とか買い物とか行きたいなら、車を出すよ」

「え? い─よ。由紀さんも休みないじゃん。明日はゆっくりしなよ」

「私は全然大丈夫。個人的には免税店にショッピング行こうと思ってたから……」

「あ! じゃあ、私も行きたい!」

「じゃあ、一緒に行く?」

「うん! 楽しみ──!」

 ふたりでワイワイ話しながら、ホテルに着くとロビーにある男がいて、ネネに話しかけてきた。


 その男は斎藤誠。ポジションは右翼手ライト、寡黙な職人タイプのプレイヤー。無口なため人と話すことはほとんどない。

 外見はまさに反社系。またどんなに暑くても長袖を着用しているため、噂では腕に刺青が入っていると言われている。


「羽柴……ちょっといいか?」

 斎藤は低い声でネネに話しかけてきた。どちらかと言えば社交的なネネだが、斎藤の醸し出すオーラがあまりに恐ろしく、何気にひと言も話したことはない。

「な、何でしょう……?」

 ネネは警戒しながら口を開く。

「……明日、俺と少し付き合ってくれないか?」

(え!? な、何なのいきなり?)

「あ、明日はちょっと予定があって……」

 ネネは警戒しながら答える。

 嘘ではない。先程、由紀と買物に行く約束をしたばかりだ。

 だが斎藤は「頼む……二時間、いや一時間でもいいんだ」と圧のある声で頼んでくる。


「あ、あの〜斎藤さん、どうしても明日じゃないといけない理由があるんですか?」

 たまらず由紀が助け船を出した。

「あ、ああ……実はな……」

 斎藤はうつむきながら、ポツリポツリと理由を話し出した。


 そして、時間は流れ、翌日の昼──。

 キャンプ地近くの海辺にあるオシャレなレストランにネネと斎藤はいて、四人がけのテーブルに並んで座っていた。

「悪いな、羽柴、今日は完全オフの日で、浅井さんとの約束もあったのに……」

「大丈夫ですよ」

 ネネはニッコリと笑った。


 しばらくすると、男女のカップルが店内に入ってきた。男性は色黒でがっしりした体型。女性は対照的に色白で細身、ストレートの黒髪の清楚な美女だった。

「おう、悪いな誠、せっかくのオフなのに」

 斎藤の姿を見つけた男性が笑みを浮かべて近寄ってきた。

「誠くん、久しぶり! あ、あ──! 羽柴さんだ!」

 男性の後ろに付いていた女性がネネを見つけると喜びの声をあげた。

「嬉しい! 羽柴さんに会えるなんて! 私、羽柴さんのこと応援してるんです!」

 女性は満面の笑みでネネに話しかけてきた。

「あ、ありがとうございます」

「もっとゴツい人かと思ったけど、細くて可愛い〜」

(……か、可愛い? そんなこと言われないから照れるなあ)

 ネネはえへへ、と笑った。

「誠くん、ありがとう! 羽柴さんに会えるなんて思ってなかったから、めちゃ嬉しいよ!」

 女性が斎藤に笑いかけると、斎藤は無愛想に「ああ」と言い、目をそらした。


 斎藤と知り合いらしきこの男女は、斎藤の高校時代の友人だった。

 男の名前は沖田優吾、女性は野原詩織。高校時代、沖田は野球部のチームメイトで、詩織はマネージャーだったという。また沖田と詩織は高校時代から付き合っていて、この夏に結婚するというのだ。


「羽柴さん、ごめんなさい……今日はオフなのに時間をとってもらって」

 詩織が頭を下げて謝る。

「あ……全然いいですよ。明日にはふたりとも東京に帰っちゃうんですよね」

 ふたりとも野球が好きで、毎年プロ野球の春季キャンプを見に来るのが恒例らしいが、今年は結婚の準備や仕事が忙しく、一泊二日の弾丸キャンプ巡りとなり、レジスタンスのオフ日と重なったため練習を見る機会がなく、詩織が落ち込んでいると聞いたので、斎藤がこの席を設けたのだった。

 特に詩織はネネのことが気になっていたから、こうして会えたことに興奮を隠せず、大喜びしていた。


 海辺のオシャレなレストランで会食は続く。そんな中、話題は斎藤の高校時代の話題になった。

「え? 斎藤さん、高校時代はピッチャーだったんですか?」

 斎藤の意外な過去を聞き、ネネは驚いた。

「そうだよ、俺とバッテリーを組んでたんだ」

 沖田が懐かしむように話す。

「最後の夏の予選は結構期待されてたのよ」

 詩織が笑いながら言うが、斎藤は苦笑いしていた。

「何かあったんですか?」

 ネネが首を傾げる。

「夏の予選前に、誠くんが利き腕をガラスで切っちゃったのよ」

「え!?」

「それで誠くんが投げることができなくて、一回戦はボロ負けだったのよ」

 詩織がクスクス笑う。

「ああ……あの時は泣くほど悔しかったけど、今は笑い話だな」

 沖田がそう言うと、斎藤の口元が緩んだ。

 ネネはふと斎藤の利き腕である左手を見た。斎藤は今日も長袖を着ていた。


 食事も終わると「今日は結婚祝いで俺が払うよ」と斎藤が席を立った。

「羽柴選手、今日は本当にありがとうございます。レジスタンスの練習は見れなかったけど、羽柴選手に会えて、とても良い思い出になりました」

 詩織が深々と頭を下げた。

「いえいえ、全然、大丈夫ですよ」

「あの……誠くん、皆と上手くやってますか?」

 詩織が心配そうに尋ねてくる。

「あの人、顔は怖いし無口で威圧感があるから、話しかけづらいって、結構、ポツンとしちゃうんです……」

「ああ、高校時代もそうだったな」

 沖田が苦笑いする。ネネも昨日までは斎藤とひと言も喋ってなかったから、少し苦笑いした。


「でも誠くん、見た目は怖いけど、本当はすごく優しいんですよ。ああ見えて、いつも周りを気配りしてるし」

 斎藤のことを話す詩織は優しい目をしていた。

「それと……安心しました。今日こうして羽柴さんと一緒に来てくれて。誠くん、レジスタンスで皆と仲良くやってるんだなあ、って思いました」

「そうそう、誠が話してたんだよ『羽柴はすごい。女性とは思えないくらいすごい球を投げる。今年のレジスタンスは期待できる』って」

 沖田も嬉しそうに話す。


(え……あの斎藤さんが、私のことをそんな風に見ててくれてるんだ)

 ネネは斎藤の意外な一面にまた驚くとともに、自分のことを褒めてくれたのを嬉しく感じていた。


「羽柴さん、これからも誠くんと仲良くしてあげてください」

 詩織は深々と頭を下げた。


 ……その頃、会計をしている斎藤を離れた席からじっと見ている男たちがいた。

 その中でも、小柄で目付きが悪い男が特に斎藤を凝視していた。まるで監視しているみたいで、危険そうな雰囲気を醸し出していた。

 その男は次にテーブルで談笑する詩織とネネの姿に目を移すと、不気味な笑みを浮かべた。



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