第55話「エースの憂鬱」中編
勇次郎を呼び止めたネネは、ふたりで海が見えるテラスに座った。この前、紅白戦の前に話していたテラスだ。海は真っ暗で見えないが、波の音は聞こえてくる。
「……と、いうわけなのよ」
ネネは投手陣の派閥のことを話し、勇次郎はそれを黙って聞いていた。
「野手陣はどんなカンジなの?」
「野手陣は黒田さんが人が変わったかのように謙虚になり、明智さんや蜂須賀さんもヤル気があって良い雰囲気だ」
「そうなんだあ……」
「まあ、元々、野手陣は黒田さんを筆頭にしてたから、派閥とかはないんだけどな」
それを聞いたネネはうらやましそうな顔をした。
「集団となれば多かれ少なかれ派閥がある。仕方ないんじゃないのか?」
「うん……でもね、私、出来る限り投手陣はひとつになりたいのよね」
ネネはペットボトルを手にしながら話す。
「勇次郎は部員が大勢いる聖峰高校にいたでしょ? 何か皆がひとつにまとまる方法、知らないかな?」
「そうだな……まあ、ありきたりだけど、よくやったのは、練習や試合後に焼肉屋とかに皆で言って、言いたいこと話したり、意見交換したとかかな……」
「それよ!」
ネネは手をパンと叩いた。
「美味しいものをみんなで食べて、言いたいこと言って、わだかまりを無くすのよ! ありがとう勇次郎! 私、柴田さんに提案してくる!」
「お、おい……相手はプロ、大人だぜ、高校生とは違う……」
呆気に取られる勇次郎を尻目に、ネネはホテルの中にダッシュで走っていった。
(思ったら、即、行動か……アイツらしいな)
勇次郎は苦笑いをした。
「柴田さん! 柴田さ──ん!」
ネネはラウンジでコーヒーを飲んでいた柴田を見つけると、大慌てで駆け寄った。
「どうした? 羽柴」
「あの……ちょっと、お願いがありまして……」
ネネはニッコリと笑った。
翌日、投手陣の練習が始まるが、その練習前に選手を集めて柴田が口を開いた。
「あ、あ──……突然だが、本日、投手陣の親睦を深めるため、夜に食事会を開くことにした。全員参加で頼む」
投手陣から「ええ……?」という声があがる。
「監督にも話してある。今日は早目に練習を切り上げて、六時に今から言うステーキ店に集合してくれ」
皆が戸惑う中、ネネだけはニコニコして、柴田の話を聞いていた。
そして、練習後、柴田とネネは少し早めに食事会を行うステーキ店に到着していた。
「柴田さん、今日はありがとうございます」
「あ……全然いいよ。それより羽柴、店の予約とかしてもらって悪いな。有名な店なのか?」
柴田はお店の外観を見る。オシャレでカフェのような店構えだ。
「はい、インスタやSNSで調べました。芸能人とかも来るみたいだし、ステーキも美味しい店みたいです」
ネネはスマホを片手にニコニコしてる。
「そっか……娘もよくインスタとか言ってるけど、オジさんは意味がよく分からないよ」
柴田は苦笑する。
「え? 柴田さん、娘さんがいるんですか?」
「ああ、上が高校三年生で四月から大学生。下が四月から高校生になる娘がふたりいるよ」
「え──! 私と同い年なんですね! あと、下の娘さんも私の妹と同い年ですよ!」
「そ、そうか……ウチの娘も羽柴みたいに気さくに話せればなあ……」
「何かあったんですか?」
「いや、下の娘はいいんだが、上の娘とはちょっと距離があってね……最近は全然話をしないんだ」
「そうなんですか……」
「こんなこと言うのも申し訳ないんだが、娘たちと話せるような話題があったら、教えてもらえないかな?」
「はい! 私で分かることなら、いつでも聞いてください!」
ネネはニコニコしながら、胸をドンと叩いた。
「ありがとう。あと……今日は悪いな。投手陣の親睦のために、色々と骨を折ってもらって。本当は俺が率先して、こういう場を設けないといけないのに……」
柴田は少しうつむいて話した。
「もう知ってると思うが、投手陣は長い間、ふたつの派閥に分かれている。俺はリーダーとして、まとめないといけない立場なのに、実際には穏便に事を済まそうとしているだけだ。情けないよ……」
「大丈夫ですよ! 柴田さん!」
ネネは再び、ドン! と胸を叩いた。
「そんな派閥問題も今日までです! この食事会を通じて、投手陣はひとつになりましょう!」
やがて、指定した時間になると、皆がゾロゾロと集まり出した。各自、店内に入り、予約席のテーブルに着くが、やはりグループに分かれて座っている。
朝倉、三好たちの元黒田グループ。
朝倉と同い年、第2エースと言われる松永の反黒田グループ。
そして、ネネたち下剋上グループだ。
「今日は投手陣の親睦を深める会だ。何か思うことがあれば、遠慮せずに話してくれ」
柴田の乾杯で親睦会が始まったが、次の日も練習があるせいか、アルコールを飲む人は少数で、あとはコースのスープとサラダを黙々と食べていて、会話も盛り上がってるとは言えなかった。
「羽柴……大丈夫かな? 全然、会話がないが……」
ネネの隣に座る柴田が心配そうに声をかけてきたが、ネネは「大丈夫です! メインはこれからですから!」と、サラダとスープを食べながら胸を張った。
前菜を食べ終わる頃になると、店員がメニュー表を持ってきた。
メニューには巨大なステーキの写真が載っていて、100グラムから1キロまでステーキの大きさを選べる趣向になっている。
「さ、さあ、みんな好きな量を選んで食べてくれ」
柴田が声を出す。
(肉は誰しも好きなはず。こうしてみんなで美味しい肉を食べれば、みんな幸せになって会話も弾むだろう)
ネネはそう思い、ニコニコしているが、なぜか皆、相手の出方を観察しだした。どうやら、どれくらいの量を相手グループが食べるのか、牽制しているようだった。
「俺たちは1キロステーキを食べるぜ。これくらい食べないと威厳が保てないからな」
沈黙を破ったのは朝倉だった。
「まあ、お前らには、そんな量を食べる根性はないと思うが……」
そして、松永たちを挑発する。
「何? ふざけんなよ、1キロくらい余裕だよ。お前らこそ、無理してんじゃねえよ」
松永が受けて立つ。
「なあ、お前ら? みんな1キロステーキでいいな?」
松永は張り切っているが、他のメンバーたちは、皆、え? という顔をした。朝倉のグループも同じだ。
「わ──、みんなすごい! ねえ、私たちも1キロステーキ頼もうよ」
ネネが無邪気に笑いながら同意を求めると、前田たちも、え? という顔をした。
「何言ってんだ。お前らがそんなに食えるわけないだろう」
朝倉がネネを見て挑発的な笑みを浮かべた。
「え? 全然、食べれますよ」
「お前なあ……女のくせに、俺たちより食えるわけないだろうが?」
今度は松永が噛み付いてくる。
「食べれますよ。何なら誰が一番ステーキを食べるか勝負します?」
ネネは、フフンといった笑みを浮かべると、挑戦的な顔でふたりを見た。
「勝負ねえ……面白えじゃねえか……」
「ああ、調子に乗るのもいい加減にしろや。後悔させてやるぜ」
朝倉、松永、ネネの三者の間で火花が散った。
楽しいはずの食事会は、いつしかフードバトルに変わろうとしていた。




