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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第3章 プロの洗礼編
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第54話「エースの憂鬱」前編

 ネネが目覚めてから二日後、身体の痛みもとれたネネは初めて練習に参加することになった。


 キャンプでは練習前に円陣を組み、日替わりで挨拶と声出しをするのが恒例だ。

 練習参加初日、挨拶も兼ねてネネが声出しをすることになった。皆の視線を浴び、ネネは円の輪の中央に立つ。

「は、羽柴寧々です! 今日から練習に参加します! よろしくお願いします!」

 ネネは帽子を取って頭を下げた。


 パチパチパチ……。皆の拍手を浴びる。

(き、緊張したあ。皆の前で話すのは、やっぱり苦手だなあ……)

 大役を終えたネネがほっとしていると、ひとりの大きな男が近づいてきた。


「この前の試合では話す機会がなかったな。黒田だ。改めてよろしく」

 それは頭を丸めた黒田だった。試合の時とはまるで別人のようで、温和な表情をしていた。

「は、はい! こちらこそ、よろしくお願いします!」

 黒田が差し出した右手を見て、ネネも右手を差し出し握手をした。


「ははっ、マウンドとは違って、意外と謙虚なんだな。蜂須賀だ。よろしく」

「俺は面識あるが、改めてご挨拶だ。これからよろしくな。明智だ」

 蜂須賀と明智もやって来たので、ネネは握手をして、頭を下げた。

 三人とも笑顔を見せていた。


「ネネ、それじゃあ、投手陣のところへ行こう」

 杉山コーチが呼びに来たので、ネネは投手陣の前で挨拶をした。

 入れ替わりはあったが、一軍の投手陣は総勢で二十人いた。紅白戦で同じメンバーだった、前田、大谷、荒木の姿が見えたので、ネネはホッとした。


 キャンプ中、野手陣と投手陣は別メニュー。投手陣はまず全員、ストレッチから始める。

「羽柴さん、一緒に組もうよ」

 前田が声をかけてきたので、ネネが「はい」と返事をしようとしたら、別の男性が声をかけてきた。


「ああ、前田、悪いけど今日は羽柴さんと組ませてくれ」

 それはレジスタンス投手陣リーダーである柴田だった。通算198勝、43歳、最年長のレジスタンスのレジェンド。ネネもその名前は知っているくらい有名な選手だ。


 そして、ネネと柴田が組んで、ストレッチが始まった。まずは地面に座り込んだネネが開脚し、柴田が背中を押した。ネネは身体が柔らかいから、身体がペタッと地面に着いた。

「身体が柔らかいなあ、羽柴さんは。ピッチャーにとって良い条件だよ」

「は、はい、ありがとうございます……」

 ネネは緊張しながら言葉を返す。

「この前の紅白戦、良いピッチングだったよ」

「あ、ありがとうございます!」

 柴田が一軍の黒田を諌めてくれたことは、皆から聞いている。

「柴田さん、ありがとうございます。九回裏に勇次郎と勝負しろ、って言ってくれたみたいで……」

「ん? ああ……まあ、大したことじゃないよ」

 柴田はニッコリと笑った。


 ある程度、身体をほぐしたらストレッチを交代する。今度は柴田が開脚し、ネネが背中を押す番だ。

 ネネは柴田の後ろに回ると、背中の背番号「11」をじっと見つめた。


「どうしたの? 羽柴さん」

「あ、いや……私、1月1日生まれだから『11』って好きな数字なんです」

「はは、そうなんだ。じゃあ背番号、交換しようか?」

「え? いいんですか? やった──!」

 ネネが無邪気に笑うと、横から「おい、お前! ふざけたこと言うな!」と怒号が飛んだ。


 見ると、メガネをかけた神経質そうな細身の男がストレッチをしながら、ネネを睨んでいた。

「レジスタンスの背番号『11』は特別なんだ! お前みたいな何の実績もないルーキーが簡単に付けていい番号じゃないぞ!」

「おいおい、松永、冗談だよ。そうムキになるなよ」

 柴田が苦笑いしながらフォローする。


 ネネに怒鳴った男は、松永茂樹という名前の選手だった。大卒で今年五年目、背番号は「17」、昨年はエース朝倉に次ぐ9勝を上げている。


「いやいや、柴田さん、冗談にも程がありますよ。レジスタンスの11番はエースナンバーなんだから、もっと自覚してくださいよ」

「何だお前、その言い方は? エースの俺に喧嘩売ってんのかよ?」

 松永の発言に対して、今度は違う選手が噛み付いてきた。

 それは、背番号「18」、エースナンバーを背負い、一軍対二軍の試合に先発していた朝倉だった。


「喧嘩なんか売ってねえよ。ただレジスタンスのエースナンバーは『11』番って言ってるだけじゃねえか」

「それが喧嘩を売ってるって言うんだよ。背番号『18』は、どの球団でもエースなんだよ!」

 朝倉と松永は一触即発となり、お互い、睨み合った。


「ちょ……ちょっと待った、ふたりとも! 俺が悪かったよ、変な話をして。さ、落ち着いて、ストレッチをしようじゃないか」

 柴田が慌ててふたりの間に入った。ネネはそのやり取りを呆気に取られて見ていた。


 ストレッチの後はランニング、キャッチボール、投手連携、とキャンプメニューは続いていく。

 午後からはブルペンでピッチングということで、昼ご飯を食べに投手陣は全員ホテルへ戻った。


 昼はビュッフェ形式で好きな料理を取る。ネネは喜んで料理を山盛りにして、前田、大谷、荒木、と知った顔が座るテーブルに向かった。

 ネネが席に座ろうとすると、柴田がお盆を持ってひとりでテーブルに座るのが見えた。ネネはその姿を見て、席から立ち上がると柴田の元へ向かった。


「柴田さん」

「ん? ああ、羽柴か」

「柴田さん、私たちのテーブル空いてますよ。一緒に食べましょう」

 ネネはニコニコしながら、柴田を自分たちのテーブルに誘ったが「ハハ……いいよ、いいよ、大丈夫。若い子のテーブルにおじさんが行くと会話に困るから、僕はここでいいよ」と柴田は笑顔で断った。


「羽柴さん、どうしたの?」

 ネネが席に戻ると、前田が尋ねてきた。

「柴田さんがひとりだったから、テーブルに誘ったら断られちゃった」

「……気を使ってるんじゃないかな?」

 荒木が口を開く。

「うん、自分が入ると皆が会話に困るって言ってた」

「……いや、それは言い訳だよ。ほら周りを見てごらん」

 荒木に言われてネネは周りを見渡した。


(あれ?)

 そして気付いた。投手陣が自分たちを含めて、三つのグループに分かれていることに。

 ひとつは朝倉や三好のグループ。その中には紅白戦で見た選手もいる。

 もうひとつは、先程背番号の件で噛みついてきた松永のグループ。

 それと、自分たち元二軍のグループだった。


「見ての通りだよ。レジスタンスの投手陣は元々、朝倉さんたちの黒田派と、松永さんたちの反黒田派に分かれてたんだ」

「え? でも、この前の紅白戦で、その垣根は無くなったんじゃ……」

 荒木はため息をつく。

「いやいや、野手陣はどうか分からないけど、投手陣に限っては、まだわだかまりはあるよ。人の感情って、そう簡単に割り切れるモンじゃないしね」

「そうなんですか?」

「ああ、しかも朝倉さんと松永さんは入団した時期は違うけど、歳は一緒。お互いバリバリに意識していて、仲もあまり良くないんだよ。それにまたひとつグループができたしね」

「え? 他にもグループができたの!? どこ、どこ?」

 ネネは周りを見渡した。すると、大谷が笑いながら自分たちが座るテーブルを指した。

「羽柴、ここだよ。二軍から上がった俺たちのグループさ」

「え? えええええ!?」

 ネネは思わず声を上げた。

「わ、私たちもグループのひとつになってるの?」

「勿論だよ。しかも羽柴は一軍メンバーを抑え込んだから、朝倉さんや松永さんはかなり警戒していると思うよ」


「柴田さんはどのグループにも所属せずに中立の立場で投手陣を見守ってきた。そこに、もうひとつグループができたから、心配になって羽柴に接触したんじゃないかな?」

 荒木はそう推理する。

「柴田さんがこのテーブルに来ないのは、三つのグループの均衡が崩れるのを恐れてだと思う」


(そ、そんな……)

 ネネはひとりで食事をする柴田。それから朝倉と松永のテーブルを見た。

(間違ってるよ。同じチームなのに、派閥があって投手陣がバラバラなんて……)


 午後からはブルペンで投球練習があったが、ネネは荒木から説明された投手陣の派閥のことが頭から離れなかった。

 そして、その日の練習が終わり、夜、ホテルに併設しているコンビニに飲み物を買いに行くと、偶然、勇次郎に会った。


「あ……勇次郎」

「お、おう、身体はもう大丈夫みたいだな」

 勇次郎は前に憎まれ口を叩いたこともあり、軽く挨拶を交わすと、そそくさと部屋に戻ろうとしていた。

 だが、そんな勇次郎の服の裾をネネは掴んだ。

「な、何だよ……?」

「ねえ、ちょっといい? アンタに相談したいことがあるの」


 ネネは勇次郎をじっと見て口を開いた。


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