第53話「決着……そして」後編
ネネが目を覚ますと、見知らぬ天井が見えた。一瞬、自分がどこにいるのか混乱したが、少し経つとホテルのベットに寝ていることが分かった。
窓からは西日が差し込み、陽が落ちかけていた。身体を動かそうとすると全身に痛みが走った。どうやらひどい筋肉痛のようだった。
(え? ええ!? 何で私、ベッドで寝てるの? 試合は……試合はどうなったの?)
ユニフォームではなく、パジャマを着ているのを確認したネネは記憶を呼び起こした。
(え─と……八回表に毛利さんがスーパーキャッチをして無得点だったでしょ……それから、ベンチで前田さんが謝って……)
サーッと青ざめた。
(そ、その後の記憶が全然ない……も、もしかして、そのまま試合終了して、負けちゃったとか……?)
すると、突然、部屋のドアが開く音が聞こえた。入り口に目を移すと、由紀が部屋に入って来るのが見えた。
「あ──ネネ! やっと起きたね!」
「ゆ、由紀さん……し、試合は……?」
由紀はニッコリ笑う
「二軍が勝ったよ、6対5で! 九回裏に織田勇次郎が逆転満塁ホームランを打ったの!」
「え? え──!? スゴイ!」
「お──い、みんな、ネネ起きたよ。入ってきたら?」
由紀が声をかけると、ユニフォームを来た二軍メンバーたちがぞろぞろと部屋に入って来た。
「羽柴さん、良かった──。目を覚まして!」
「ネネ、大丈夫か?」
毛利や前田、北条たちの姿が見える。みんなが心配して声をかけてくる。
「試合が終わっても、目を覚さないからみんな心配してたんだよ。ネネ、丸一日眠り続けてたんだよ」
由紀が心配そうに話す。
「え? え──!? じゃあ、今日は試合が終わった後の次の日!? 私、どれだけ寝てたのよ!?」
よくそんなに寝たもんだ……と、ネネは我ながらびっくりした。
それから、ネネの部屋は二軍メンバーが試合の展開を語る場と化した。九回の攻防を聞いてネネは更に驚いた。
(私が寝てる間に、そんなことがあったんだ……)
「あれ? それで勇次郎は?」
「皆で、ネネのお見舞いに行こうって誘ったけど、付き合いが悪く来なかったわ」
「そうなんだ……」
「今川監督も続投が決まり、土田コーチは二軍でもう一度、勉強し直すことになるみたいよ」
話もひと段落着いた後、北条が一枚の紙を出した。そこには今川監督が書いた新しい一軍メンバーの名前があった。
「俺たち二軍メンバーは約束通り、全員一軍に昇格している。それと、一軍メンバーも入れ替わりはあったが、一部はそのままみたいだ」
ネネはメンバー表に目を通した。
(一軍は総勢40名か……明智さんに蜂須賀さんの名前がある。主要なメンバーはやっぱり一軍なのね……ん? んん?)
「え? これって?」
ネネがある名前を見つけて、思わず声をあげた。
「黒田さんの名前がある……」
「ああ」
「何で? あれだけチームを掻き乱したのに、何で?」
ネネの疑問を受けて、北条はある出来事を語り出した。
それは一軍対二軍の試合が終わった日の深夜のことだった──。
ホテルのロビーを黒田が荷物を抱えて歩いていた。今にも外に出ようとしたところ、その黒田に声をかける人物がいた。
「こんな、夜更けにどこに行くんだ?」
今川監督だった。黒田は思いもかけない声を聞き、立ち止まった。
「……アンタか、何のようだ? 退団届は提出した。俺がいなくなって、さぞかし満足だろう」
「退団届ってコレか?」
今川監督は退団届をヒラヒラさせた。
「な……何でアンタがそれを持ってるんだ!?」
「土田コーチから貰った。自分では手に余るってな」
黒田は歯軋りする。
「だから何だ? 最後の最後まで俺を馬鹿にしやがって……」
「お前の義理の親父には報告したのか?」
「ああ、今日の試合内容を聞いて、引退を勧められたよ。嫁にもだ。もう限界だろうってな」
「でも、辞めることはないだろう? 球団スタッフの道もあるだろ?」
「……アンタ、本当に性格が悪いな」
黒田は元監督だった義理の父親のことを話し出した。
義理の父は監督を退いた後、球団幹部に名を連ねていたが、体調不良を理由に昨年末から球団から身を引いていた。
つまり、黒田にはもう義理の父の後ろ盾や権力はなかった。そのため、その事実を隠すため、土田コーチをそそのかして、今川監督解任を目論んでいたのだ。
「だが、それも失敗した。もうこの球団に俺の居場所はない……じゃあな」
「おいおい、ちょっと待てよ」
今川監督はある「モノ」を投げて、黒田は反射的にキャッチした。それはファーストミットだった。
「……何だコレは?」
「お前が昔、守ってたファーストのミットだよ。なあ、それを付けて、心機一転、ファーストで頑張ってみないか?」
「は、はあ? アンタ、馬鹿じゃないのか!? 俺はアンタを追い出そうとしたんだぞ!? しかも、レジスタンスを牛耳っていた最大のガンだぞ!」
「ああ……一軍ベンチでの話は土田から全部聞いた。手段はともかく、勝ちにこだわる執念は素晴らしいな。俺は評価するぜ」
「……」
「黒田……仲良しクラブじゃチームは勝てない。レジスタンスには、お前みたいな勝ちに拘る選手が必要なんだ」
「俺は……俺は勝ちになんか拘ってなんかいない……この球団で権力がほしくて、やっていただけだ……」
「そうだとしても、それ以上に勝ちに拘っていただろ? それと、お前をそうさせたのは俺の責任だ」
「馬鹿言え……あれだけのことをして負けたんだ。今更、どの顔下げてチームに残れって言うんだ?」
黒田は目を落した。
「やり直せばいいだろう? それともお前、こんな中途半端に野球を辞めていいのか?」
黒田はファーストミットを見つめた。ミットを見ていると、ただがむしゃらに歯を食いしばり、練習をした日々が浮かび上がる。
「辞めたくねえよ……こんな風に辞めたくねえよ……でも、もう終わりだよ。俺はチームに必要ねえよ……」
「……黒田さん、そんなことを言わないでください」
聞き慣れた声がして、黒田は顔を上げた。ロビーの奥からふたりの男が現れた。それは、明智と蜂須賀だった。
「黒田さん…俺たちもイチからやり直します……また一緒にここで頑張りましょう」
ふたりは笑顔を見せている。
「ほら見ろよ、お前を慕ってるヤツはまだいるんだぜ」
今川監督も笑った。
「お前ら……」
黒田の目には涙が浮かび、今川監督を見つめた。
「監督……俺、ここにいても、いいのか?」
「ははっ、いてもいいも何も、あとはお前次第だよ」
今川監督は笑いながら、退団届をビリビリと破った。
以上の経緯から黒田はチームに残ったという。そして、黒田は次の日、頭を丸めて、皆の前で今までのことを謝った。
今川監督の元、イチからやり直すらしく、必死でファーストの守備練習をしている。今までが今までなので、皆も距離を置いているが、元々は練習熱心で真面目な黒田だ。徐々にその距離は縮まっていくだろう、と北条は話してくれた。
(そうなんだ……)
ネネは感慨深げに天井を見上げた。
(凄いなあ、結局、最後は上手くまとまっちゃったよ。あの監督、何だかんだ言っても凄い人だなあ……)
そして、笑みを浮かべた。
「い……痛ったあ……」
一連の話が終わり、解散した後、ネネは由紀の手を借りてホテルの廊下を歩いていた。
丸一日、寝ていたのでお腹が空き、食堂に向かっているのだが、身体中が筋肉痛で歩くたびに全身が痛んだ。
「ネネ、大丈夫?」
「うん、大丈夫、大丈夫」
ネネは痛みを堪えて必死で笑顔を作った。
そして、エレベーター前に来ると扉が開き、中から織田勇次郎が現れるのが見えた。
「あ……勇次郎……」
「おう、目が覚めたか」
先程、ネネの部屋に来てなかったから、会うのは試合以来だ。
「い……痛たた……話、聞いたよ、逆転サヨナラホームラン打つなんて、すごいね!」
ネネは廊下の壁に手を支えながら話す。
「た、大したことね─よ」
勇次郎はネネから顔をそらして口を開いた。
「そんなことないよ! みんなから話を聞いたけど、あの場面でホームラン打つなんて、ホントすごいよ! さすが勇次郎だよ!」
ネネは無邪気に喜んでる。
「べ、別に」
勇次郎はずっと顔を背けている
「勇次郎……ありがとう。二軍を救ってくれて……勇次郎のおかげで監督も助かったし、みんな一軍に上がれたよ!」
ネネは感謝の言葉を素直に伝えるが、勇次郎は顔を逸らして無愛想に「別に」を繰り返してる。
(……あれ? この子、口では素っ気ない態度だけど、実はめっちゃ照れてるじゃん)
由紀は無愛想な態度の勇次郎を見て、そう思った。褒められて嬉しいはずなのに必死で照れ隠しをしている、と。
(純情なのか、不器用なのか、素直じゃないのか……ネネも鈍感だから、勇次郎の素っ気ない態度の裏に気付いていない……)
由紀の心に、おせっかい心がムクムクと湧き上がった。
「ねえ、試合が終わった後、寝てるネネを織田勇次郎がおんぶして、ホテルまで運んだのよ」
由紀がネネに耳打ちした。
「え? え──!?」
ネネはまさかそんなことがあったとは思ってなかったので、恥ずかしさのあまり顔が赤くなった。
「わ、私、いびきとか歯軋りとかしてなかった? ご……ゴメンね、試合で疲れてるのにそんなことさせて……」
ネネの恥ずかしがる姿を見て、由紀はニヤニヤした。
(さあさあ、織田勇次郎はどんな反応をするかなあ?)
しかし……。
「か、監督命令だから従っただけだ。それより重くていいトレーニングになったぜ」
勇次郎の憎まれ口を聞いた由紀はズッコケた。
(な、何? その反応……小学生かよ、この男……)
「な……何よ、その失礼な言い方わあ!」
ネネは烈火の如く怒り「最っ低! 大っ嫌い!」と言い、エレベーターに乗り込むと、勇次郎にアカンベーをした。由紀も慌てて後に続いた。
ネネは怒りのあまりそっぽを向いているが、由紀はエレベーターの扉が閉まる直前に、勇次郎がまるで捨てられた仔犬のような悲しそうな顔をしているのを見た。
「ホント、サイテ──! あ──! ムカつく! 何よあの無神経男! 褒めて損した!」
プリプリ怒るネネを見て、由紀はクスリと笑った。
「……何よ? 由紀さんまでニヤニヤして──!」
「ううん、ふたりとも小学生みたいで面白いなあ、って思って」
「へ?」
「何でもないわよ。さ、食堂に行きましょう」
エレベーターが開くと、由紀はネネの身体を支えて廊下に出た。
以上を持って、第二章「レジスタンス内紛編」完、となります。最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。
第三章では、開幕前のオープン戦の話を展開しようと思っていますが、面白い! と思ってくれたり、続きを読みたい! と思ってくれたら、ブックマークや評価等をしてもらえると励みになりますので、よろしくお願いします。




