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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第2章 レジスタンス内紛編
52/207

第52話「決着……そして」前編

 九回裏ワンアウト満塁、勇次郎が放った会心の一打は、沖縄の空に綺麗な放物線を描き、レフトスタンドに飛び込んだ。


 勇次郎の逆転サヨナラ満塁ホームランが飛び出し、スコアは6対5、二軍の劇的勝利が決まった。

「うおおおお!」

 二軍ベンチは大興奮、皆がベンチを飛び出した。


 そんなベンチの興奮を余所よそに、勇次郎はゆっくりと冷静にベースを回った。

 二塁ベースを踏む時、二遊間を守る明智と蜂須賀は勇次郎を見つめた。

(紅白戦とはいえ、一軍から二ホーマーか……とんでもねえヤツだな)

 しかし、ふたりとも晴れ晴れとした顔をしていた。


 そして、黒田は真っ青な顔でレフトスタンドを見つめ「バカな……そんなバカな……」と、うわごとのように呟いていた。


 勇次郎がホームインすると、待ち構えていた二軍メンバーが勇次郎を出迎えた。

「すごい! すごいぞ! 織田!」

「何でそんなに冷静なんだよ!? もっと喜べよ!」

 皆の荒っぽい祝福を受けて勇次郎は照れ笑いした。それから、ベンチ前に向かうと、今川監督が笑顔で待っていた。

「よっしゃあ! よくやった! 勇次郎!」

 今川監督は右手を上げて、勇次郎とハイタッチを交わした。


 スタンド裏では、お偉いさん方が拍手をしている。

 二軍勝利を見届けたひとりの重役が大阪の本社にメールを打った。内容は「紅白戦二軍勝利、今川監督続投決定」だ。


 一方、負けた一軍ベンチでは、土田コーチが「お、終わった……これからどうしよう……」と泡を吹いていた。

 ベンチ内の選手たちも、あまりに劇的な幕切れに呆然としているが、ただひとり、柴田だけが拍手をしていた。

「織田くん! ナイスバッティングだ!」

 そして、笑顔でベンチ内を見渡した。

「どうした、みんな? レジスタンスにまたひとり、素晴らしいスラッガーが誕生したんだぞ! こんな、めでたいことはないぞ!」


 やがて、一軍の選手たちが肩を落としてベンチに戻ってきた。その中にサヨナラホームランを打たれた三好の姿を見つけた柴田は真っ先に三好に駆け寄り声をかけた。

「三好……最後の一球は失投だったな。もっと厳しく内角を攻めるべきだった」

 柴田は優しく声をかけた。三好はうつむいている。

「でもまあ、仕方ないな。本当の勝負球はその次の外角のスライダーだったからな」

 その言葉を聞いた三好は、ベンチにいた柴田が自分の配球の意図を汲んでいたことに驚き、そして嬉しくなった。

「今日打たれたことを教訓にしろよ。そうすれば、お前はまだ成長できる」

 三好は目に涙をためて頷いた。


 バシッ!

 その時、黒田がベンチにグラブを叩きつける音が聞こえた。

「何が……何が、まだ成長できるだ!? 打たれたら何にもならないだろうが! 敬遠してればこんなことにはならなかった! 負けたのはお前のせいだ!」

 黒田が三好を指差した。


 すると、柴田が神妙な顔で黒田の前に立った。

「負けたのは三好のせいじゃない……一軍メンバー全員の責任だ」

「ふざけんな! ホームランを打たれたのは三好! 織田と勝負させたのはアンタだろうが!」

 黒田が詰め寄るが、柴田は一歩も引かない。

「……そんなに、あの織田勇次郎を警戒しているなら、なぜ敬遠を繰り返した? 俺から見れば、まだアイツは穴だらけだ。少しくらいリスクを犯しても色々なコースを試してみるべきだった。違うか?」

「う……」

「情報が少ないから、三好は考えに考え抜いて勝負して打たれた。それ以上もそれ以下もない」

「柴田さん……」

 三好は目元を拭っている。

「それに何故、先頭バッターの前田に故意に当てた? 何故、毛利のバントを警戒しなかった? ランナーを溜めたのは誰だ? 誰かに責任を被せると言うなら、お前も同罪だろう?」

「く、くっ……」

 黒田は何も言い返せない。

「負けたのは全員の責任だよ。それが野球さ……」

 柴田が慰めるように黒田の肩に手を置いた。しかし、黒田はその手を振り払った。


「認めねえ……認めねえよ……」

 そして、ブツブツとうわごとのように繰り返すと、ベンチから去っていった。


 黒田が去るのを見届けると、柴田は明智に話しかけた。

「明智……今川監督とはあれ以来、話してないだろう?」

「は、はい……」

「じゃあ、俺が間に入るから、一緒に話しに行こうか?」

 そう言うとニッコリ笑った。


 その頃、二軍ベンチは勝利の余韻に浸っていた。皆は興奮して九回の攻撃を振り返り、毛利や前田も笑っている。

 そんな歓喜のベンチ内で、由紀はぐっすり眠るネネを優しく抱き寄せて皆の喜ぶ顔を見ていた。

 そんな中、柴田が明智を連れて、二軍ベンチにやってきた。


「監督、こいつ、監督に言いたいことがあるみたいですよ」

 柴田に促され、明智が頭を下げた。

「監督……この前はすいませんでした」

「あ、あ──……いやいや、俺のほうこそ殴って悪かった……」

 今川監督も深々と頭を下げた。

「いえ……それは、俺が悪かったから……」

「バカ言え! 暴力は何があってもいかん! 本当に悪かった!」

「いや、殴られても、仕方ないくらいのことをしてますから……」

 お互い謝るふたりを見て、柴田が笑いながら提案した。

「まあまあ……これじゃあ、キリがないから、これで終わりにしましょう」

 そう言って右手を差し出す仕草をしたので、明智は今川監督に右手を出すと、今川監督も手を出して握手をした。ふたりは照れ笑いした。


 ふたりの手打ちを見届けると、柴田はスヤスヤと眠っているネネに近づいた。

「ほう……これが一軍バッターを手玉に取った、羽柴さんか? とんでもない球を放るっていうから、どんな娘かと思ったが、可愛い女の子じゃないか」

 すると、柴田の言葉を聞いた勇次郎が憎まれ口を叩いた。

「そうですか? 中身は化け猫みたいなヤツですよ」

 

「織田くん、言い過ぎですよ。羽柴さんはそんなガサツな女性じゃありません」

「そうですよ、ちょっと自分が羽柴さんに相手にされないからといって、拗ねないでくださいよ」

 憎まれ口を叩いた勇次郎に、毛利と前田が食ってかかった。

「え? 何でいつの間にふたりともコイツ側に付いてるんですか?」


 その時、勇次郎はふと背後に人影を感じた。嫌な予感がして振り返ると、いつの間にか北条が後ろに立っていた。

「ほう……言うなあ、織田。ネネとバッテリーを組んでいる俺はいわば親も同然、娘をバカにされて父親は黙ってはおらんぞ」

 北条は笑顔で勇次郎の首にヘッドロックをかけた。

「ちょっ……! 何で北条さんまで……! や、止めてくださいよ!」

 勇次郎は北条の腕をタップする。

 その姿を見た二軍ベンチは爆笑に包まれ、明智も笑顔を見せた。


「さあさあ、引き揚げるぞ。今日はここまでだ」

 今川監督が号令をかけた。そこで、皆はネネがまだ寝ていることに気付いた。


「……ああ、ネネはよく寝てるから、起こさないように誰かが運んであげんといかんな。おい勇次郎、ネネをおんぶして宿舎まで運んでやれ」

 今川監督がそう言うと、ヘッドロックをかけられた勇次郎は「え? 何で俺が?」と、北条の腕をタップしながら驚いた。

「今日のMVPだからだよ、頼んだぞ」


「織田くん、嫌なら代わりますよ」

 前田と毛利が笑いながら言う。

「い、いや、監督命令だから従いますよ」

 ヘッドロックを解かれた勇次郎は、ネネの前でしゃがみ込んだ。

「全く……素直じゃないんだから。本当はネネをおんぶできて嬉しいんでしょ」

 由紀はネネを勇次郎の背中に移しながら話しかける。

「冗談言わないでくださいよ。誰がこんなオンナ……あ、あれ?」

「どうしたの?」

「い、いや……軽いな、って思いまして……」

「はあ? 当たり前でしょ、女の子なんだから。あなた、ネネのこと何だと思ってんのよ?」

 由紀は呆れたように笑った。


(そうだよなあ、女なんだよなあ……あまりのすごいピッチングに忘れていた。一軍を無失点に抑えて、高熱を出しながら熱投して……それなのに軽いな、本当に……こんな小さな身体で、コイツはあのマウンドに立っていたんだ……)

 勇次郎はネネの小さな身体と温もりを背中に感じ、しみじみと今日の試合を振り返った。


 勇次郎はネネを背負って宿舎まで歩いていく。その周りを皆が囲んだ。皆、笑顔だった。

 ネネは勇次郎の背に顔と手をつけて、ぐっすりと眠っている。


「お姫様、王子様の背中はいかがですか?」

 由紀がクスクス笑いながら話しかけた。

「う……う──ん……」

 ネネは声を上げた。寝言のようだったが、ネネが何と答えるか、皆が聞き耳を立て、勇次郎はなぜか鼓動が早くなるのを感じた。


「……お腹すいた」

 その色気も何もない言葉に、皆、大笑いした。


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